プロローグ 潮干運来の回想
俺の名前は潮干運来。先月から青春ド真ん中に位置する高校生となったばかりの十五歳だ。
もっとも、二ヶ月たった今も尚、その青春のそよ風すら感じることは出来ていない。
おっと、みなまで言うな。
そこから先のセリフは俺にしか言うことは許されていない。
こんな事を頭で考えているということは、もうお気づきではあるだろう。
つまらないプライドであり、どうしようもないことではあるのだが。
ーーーようするにぼっちである。
憂鬱な登校時間。
中古であちこちにガタが来ている自転車(駅の近くに落ちてたのをパクった)に跨って学校に向かう最中、よくよく考えてみると今までの人生十五年間において友人どころか人とまともな関係を築けたことがなかったことに気づいた。
結局のところ、俺に友人が出来ない一番の原因は人に好かれることの出来ないこの性格ということは重々承知だ。
自分で思うのはとてもキツイがその点に異論は無い。
しかしだ、そもそもの所、こんな性格になってしまったのは二つの要因がある。
一つ目は家族だ。
物心ついた時には既に母はおらず、ちゃらんぽらんでとてもじゃないが良い親とはいえない父からまともな教育は望めるはずもなく、テレビとの会話で人格形成の土台を過ごした。
その結果がこの喧嘩っ早い性格だ。
もう一つは、一つ目がかなり関係しているが、自分の名前である。
この名前、読み方を変えればアレとも呼べるのだ。
小学生が大好きな下ネタランキングトップ三には入る、そう、アレだ。
俺を産んだ粗大ゴ、父親が病院に行く途中にう〇こを踏んで思いついたらしい。
由来もクソだ。
…違う、このクソはそっちのクソじゃない。
そして迎えた小学生時代で、この二つが見事に噛み合ったのだ。
周知の事実だろうが、まだ生まれて数年の小学生にとって、面白いか面白くないかは時に善悪よりも優先される。
当然、俺の名前は格好のネタとなった。
弄りにいじられ、笑われたものだ。
家庭環境の事でストレスを溜めていた俺にとって、このイジメは精神を病むもの……でもなんでもなかった。
今は勿論反省しているし、後悔でしかないのだが、当時の自分は、自分のことをう〇こと呼んだ同級生のことを殴っていい動くサンドバッグ程度にしか思っていなかった。
片っ端から血祭りにあげ、便所に引きづり回し、う〇この気持ちを分からせてやった。
その結果、周りには誰も居なくなった。
このままではいかんと一念発起し、真面目に勉強をした成果のおかげである程度の進学校にはいけたものの、会話の仕方が拳か蹴りの二パターンしか無い自分に普通のコミュニケーションが望めるはずもなく、高校デビューに失敗した訳だ。
失敗という言葉を使ったのにも理由はある。
それはチャレンジをしたからだ。挑戦なくして成長なし。
何事もスタートラインを踏むことから始まるのだ。
部活に入れば自ずと誰かと仲良くなれるという考えと、某有名バスケットボール漫画の主人公への憧れからバスケ部に入り、清らかな汗水を流すことで友情、努力、勝利を夢見ていた。
それは先週のこと、ある程度先輩と後輩の関係性にある程度の固さがほぐれてきていた中で
一人の先輩が軽く言った一言。
「お前の名前う〇こじゃん」
俺がふと正気を取り戻した時には先輩は俺にバックドロップを決められ泡を吹いて倒れていた。
その人は俺の教育係で一番仲が良い先輩だった。
そこからはまさに悪事、千里を走るというやつだ。
友達一歩手前の関係性は見事に無くなり、努力は灰と化し、勝利は粉々になった。
だが、先輩を恨んでいるとかは全然ない。
手を出した時点で余すところなくこちらが悪い。
それに、悪意や人を蔑むような物言いではなかったと思う。
こういうと周りは、お前は被害者なんだから庇う必要ないよ、とかそういう言葉がでるのだろうが、俺はそう思った。
もちろん、そんな慰めを実際に言われたことは無いのであくまで想像の話だ。
事実、先輩から被害届のようなものは出ていない。
向こうも悪気はないものの自分の言葉で傷つけた負い目のようなものを感じているからだろう。
部活は次の日に辞めた。ここまでやらかしておいて続けられる程の度胸は持ち合わせていたなら、ぼっちにはなっていない。
ここまでが、スタートラインを踏んだと思ったら断崖絶壁に片足持ってかれた男の話だ。
果たして、ここまで高校デビューに失敗したものが現在に至るまでの人類史で居ただろうか。
出来ることなら高校に入る二ヶ月前から、贅沢言うなら生まれる前からやり直したい。
しかし、人生にはセーブデータも無ければリセットボタンもない。この世界において時間は流れはしても戻りはしないのだ。
赤信号を止まる。
漫画やライトノベルであれば、偶発、または自発的に主人公はこの交差点へ飛び込む。
そこから、ある主人公は走馬灯での未練からタイムリープ能力が覚醒し、また、ある主人公は異世界へと潜り込み、波乱万丈、奇妙奇天烈摩訶不思議な物語が始まるのだ。
我々、三次元を生きる人間にはどう転んでも持ち合わせない幸運が無ければ無理な話だ。
「…あ〜やばー。今めちゃくちゃ鬱だわ」
こんな独り言を言うくらいには。
辺りを見ると交通安全のおじさんが不審者を見るような目でこちらを見ていた。
さっきの独り言が聞こえてたらしい……羞恥心から全力で顔を逸らす。
すると、その近くの小学生と目が合った。
前途が明るい希望に満ち溢れる、純真無垢な瞳を笑顔で細め、こちらに向かって手を振っている。
その花のような笑顔は、前途を絶望で閉ざされた高校生を笑顔にし、手を振り返させていた。
これは別に俺がロリコンだとか、幼児が大好物とか、ランドセルを背負った少女の〇っパイを揉みしだく半吸血鬼の高校生が羨ましいとかそういうのとは一切関係なく、純粋なものだ。
この純粋な笑顔が日本で咲く限り、まだこの国は明るいだろう。
「めんどくせーけど、とりあえず生きてみっか」
この約0.1秒後俺は死んだ。
跡形もなくという言葉がギリギリ適応するぐらいには派手に、木っ端微塵に。
死因は空から突如飛来した鉄柱により頭部を砕かれたことによる、外傷性脳損傷。
辺りには俺の頭だったモノが周囲に散乱し、ぐちゃぐちゃになった脳みそやら何やらで真っ赤に染った。
小学校の通学路だったそこは登校中の小学生が悲鳴を上げ泣き出し、パトロールのボランティアをしていた近所の老人でさえも目を背けるほどの凄惨たる現場と化した。
そしてここからが重要だ。
俺は死んだ。これは変えられない事象だし、揺るぎない事実だ。
だと言うのに、こうして俺は思考をすることができ、あまつさえ自分の死亡現場を俯瞰的に見ることができている。
それはここまでが小説や物語における、いわばプロローグであり、ここから先にはまだ続きがあるためだ。
そういうことだ、俺は持ってる側だったのである。




