八話 魔法、触れる
あのゴリラとの激闘から約一ヶ月。
出口は見つからず、未だ光の見えない洞窟生活は続いていた。
神さんに稽古をつけてもらっては、手頃な敵を見つけて実戦。
そうすることで、レベルアップを図っていきながら食糧を確保。
たまに水を飲みにコウモリの居た水源に戻っては、再び稽古、実戦という基本的なルーティンを回し続けている。
自分で思うのもなんだが、慣れというか逞しさみたいなものが身についてきた気がする。
俺自身のレベルも三から四に上がった。
一ヶ月で一レベしか上がらないのかと思ったが、この世界では強い敵であるほど多くの経験値を手に入れられるらしい。
この一ヶ月で戦った魔物達はそこまで強くなかったので仕方ないだろう。
そう考えると一回倒しただけで一レベ上がったあのゴリラはやっぱり相当な強さだったということだ。
食事についても、もはや生肉を噛み切ることへの躊躇いはない。
半魔人間なのが関係してるのか、それともこの世界ではそうなのかは知らないがあれ以来食中毒とかにもなっていない。
そこら辺は神、というかこの世界の理に感謝したい。
しかし、この洞窟での生活にも流石に疲れてきた。
何とか生きていけるぐらいの力はついてきたものの、流石にずっと戦っているのは精神的にもくる。
精神の消耗だけは、空腹を満たすことで、空腹によるSPの消耗は回復できても、それ以上はどうにもならないらしい。
SPがどこまでいったら鬱病と判断されるのか知らないが、鬱病になってもおかしくないレベルだ。
とにかく日光を浴びたい、人と会いたいというのが今の俺の願いだ。
なので、俺は移動範囲を広めようと考えた。
今まではこの水源がある場所を起点にして、何かあっても戻って来られる範囲内で探索をしていたが、結局のところ外への出口は見つけられなかったので、それ以外に道は無い。
そうするに当たっての問題もある。
それは、もしかしたら水源のあるこの場所に戻って来られないかもしれないということだ。
道が迷路のようになってたり、物理的に戻って来られなくなる状況も十分に考えられる。
この洞窟にはモンスターが結構いるので食い物には困らないかもしれないが、恒常的な水を失うというのは不安だ。
そのために俺はこの一ヶ月間、魔法の特訓をしていた。
魔法で水を作れるようになれば、水源を探す必要は無くなるからだ。
そのために体内の魔力を知覚するところから始めたのだが、これがなかなか難しい。
難しいというより、わからないと言った方が正しいか。
SPとHPがそれぞれ精神的、肉体的な体力というならば、MPは霊的な体力とでも言うべきものらしく、全身に満ちる魂の核の部分、身体の中心にあるそれを意識し、五体の、主に魔法を出す手の部分に流すことで基本的な魔法は使えるらしい。
こう聞くと、MPの消費は魂を減らしているのではないかという怖いイメージが浮かぶが、そういう訳ではないとのこと。
とにかく、魔法を使うための初期段階の時点で俺は完全につまづいていた。
ちなみに神さん説明は。
「身体をググッて溜めてそこからバーン! って指先に流し込む! そこからビビビっと出す感じだな」
天才向けの指導法だった。
奇才向けかもしれないが、俺は凡人なので全然参考にはならなかった。
とりあえず、考えつくことはひたすら試した。
瞑想したり、ヨガしてみたり、色々やってみた。
途中で神さんから煽られるのにも耐えながら続けた。
すると一週間くらい経つ内になんとなく身体の真ん中に熱を感じ始めた。
そこから少しずつ少しずつ、感覚というか、認識がハッキリしてきて、さらに二週間くらい経った頃にはぼんやりとした、熱を帯びた丸い球体のようなものがイメージできた。
これが魔力かとわかった時にはめちゃくちゃ嬉しかったし感動したが、そこから身体の先に魔力を通すのもまた大変で、閉じられた管に水を流し込むことで管の穴を広げるような、そんなことを続けて、遂に今日初めての魔法使用に挑むのだ。
「やっとここまできたか。相変わらずセンスねぇなぁ」
ほんっとイライラすることを言うなぁ。俺の血の滲む努力をセンスねぇだけで片付けやがって。
あんたの説明が下手なのも悪いからな?
「うっせ、いいからさっさと教えろ」
「へいへーい。それじゃあ、身体の芯にある魔力を手のひらまで届けるイメージをしろ。ここまでやってきたんだから、もうアドバイスは必要ねーよな?」
「オウよ」
意識を整え、身体の中心にある魔力を手の先に、心臓から血液が流れるのと同じように流し込むイメージを作る。
イメージ、イメージ。
実際にはまだ魔法は使わないからあくまでイメージだ、それでも頭の中で反復する。
うん、準備は出来た。
「ほら、これでいいんだろ?」
「まぁ、及第点ってところだな」
これでも及第点かよ。…こっちは一ヶ月、真面目にやってきたんだが。
「その状態を維持しながら、今から教える詠唱を唱えろ。そしたら魔法は発動する」
詠唱か、一体どんなのだろうか。
長くて難しい、厨二病全開みたいなイメージだが。
……ん?
「おい。なんで今、頭の中で教えたんだよ。ふつーに言ってくれればいいじゃんか」
「いやーだってさぁ、こんな小っ恥ずかしいセリフ一々口に出して言えねーよ」
それは今からそのセリフを言う俺に対しての挑発かこら。
まぁいい、とりあえず詠唱だ。
緊張と高揚で高鳴る心臓を抑えて、神様に教えられた詠唱を唱える。
「宿りし魔力よ、我が掌底に集い、流水となって放たれよ! ウォーターショット」
すると、全身にじんわりとした熱が広がっていくような感覚の後、俺の掌から溢れ出てきた水が放物線を描いた。
「おぉーー!! すげぇぇえー!!!」
勢いはホースから出る水程度だが、確かに水だ!
掌を口に向けて飲んでみる。うん! 味も普通の水だ!
「よっしゃあぁぁ! 魔法大成功!!」
掌から水を垂れ流しながら、心の内に湧き出る喜びを抑えられず、つい踊ってしまう。
神さんがいることなんてお構いなしだ。
俺の一ヶ月に及ぶ修行が実を結んだのだ。
「あーーー。喜んでるとこ悪ぃんだが、そろそろ魔法解いた方がいいぜ」
相変わらずこいつは水を差すーー。
「はぁーー? 何言って……」
次の瞬間、全身に酷い激痛が走った。
「イッッ!! 痛ってぇぇぇぇええ!!」
まるで、高電圧の電流が全身に走ったと錯覚するほどの激痛に、咄嗟に魔法を解く。
腕を見ると、いくつもの赤い線のようなものがくっきりと浮かび上がっている。
いや、よく見ると全身にその線は出来ていた。
「ここに来てすぐの頃に言ったろー? 魔力が限界に近づくと激痛が走るって」
「あぁぁっ、くそっ。確かに言ってたな! にしてもこんな、こんなに痛いのか!?」
そして水を数秒出すことしか出来ないほど、俺の魔力は少ないのか。
全身に出来た赤い線のようなものがある部分から灼熱のような激痛が流れる。
痛みからか、心臓がドクドクと脈を打ち、うるさい。
「痛みが出るのも、体が出す一種の防衛反応のようなもんだぜ? 転んだ時とか擦りむいて血が出た時と同じだ。何せ、魔力が無くなったら死んじまうんだからな」
確かにそうだなと説明を聞いて納得する。
この痛みだったら、魔力が零になるまで間違って使ってしまうなんてことは絶対に起こらなそうだ。
にしても痛すぎるんだけど。
サディストか、それとも高度なマゾヒストが作ったみたいなシステムだな。
「それはわかったけど、いつになったらこの痛みは無くなんの!? ずっーーーと痛いんだけど!」
「なーに、魔力を使わずに数十分すれば、いずれ消えてく」
神さんの言われたとおりに魔力を使わずにじっとしていると、十分が過ぎた頃には痛みは引いていき、その後全身の赤い線と共に完全に消えた。
あーー痛かった!!
これから魔法を使う時は細かくMPを見ていこう。
それにしても、これで俺も魔法使いって言えるのかな?
「魔法使えるようになったのに、魔法使いの職業は獲得出来ねーんだな」
「そりゃあ、この世界の人間にとって魔法の一つや二つ使えるのが基本だからな。ただ走れる小学生のことをマラソンランナーとは言わねーだろ」
それもそうか。
俺はようやく、この世界の人間でいう普通くらいになったってことか。
しかし、俺はこの日の感動をこの先きっと起こるであろうファンタジーの数々を想像しても二度と忘れないだろうと思った。
痛い目にもあったがそれも思い出。やっぱり魔法は素晴らしい。
もしこの洞窟から出れたら、魔法とか習いたいなぁと漠然と思った。
魔法学校とかあるのかわからないけど、お金を貯めて通ってみたいものだ。
住民票とか、身分証がいるんだったら完全に詰みだけど、、そこら辺は出てから神さんに聞けばいいか。
そして俺は、生活の拠点を移しにこの場所から離れることにした。
もう不安はない。
魔法を習得した喜びでなんなら気が楽なくらいだ。
いざゆかん、未踏の地へ。




