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偶然の呪い

診療所の灯りが落ち着いた夜。カルテの山を整理していた誠司の耳に、静かな寝息が届いてきた。二階の部屋では楓とレイが並んで眠っているはずだった。

だが――彼の胸中は決して安らいでいなかった。

(あれは……偶然じゃない)

裏庭で甦った花。季節外れの桜。そして、死にかけていた猫が再び目を開けた。

医者としての知識が、冷徹な答えを叩きつけてくる。生命はそんなに簡単に戻らない。壊れた細胞は、止まった心臓は、二度と蘇らないはずだ。

「……あり得ないんだ」

小さく呟き、机に拳を置いた。だが、その“あり得ないこと”を、この目で確かに見てしまった。

誠司は思い出す。数年前、街を襲った流行り病のことを。医者である自分にすら救えなかった命が、いくつもいくつも消えていった。そして――妹も。

(なのに、どうして……あの子には……)

心の奥に、醜い感情が渦を巻く。「どうしてあの時はできなかった」「なぜ妹じゃなく、あの少女なのか」そんな問いが頭をよぎり、自己嫌悪が胸を焼いた。

レイはただ、子猫に触れただけだった。そこに意図も、努力も、医療もなかった。ただ存在するだけで、命を繋いでしまう。

それはもはや、人間の領域ではなかった。

「……お前は、いったい何者なんだ」

階下のソファに腰掛けたまま、誠司はぽつりと漏らした。返事など返ってくるはずはない。けれど、不思議と背筋に冷たいものを感じた。

そのとき――ふと視線を上げると、廊下の奥にレイが立っていた。

音もなく、影のように。その瞳は相変わらず無表情で、しかし深い湖のように澄み渡っている。

「……眠れなかったのか」問いかけても、レイは何も言わない。ただ、静かに廊下に置かれた鉢植えへと歩み寄る。

誠司が妹のために大事に育てていた、けれどもう半ば枯れかけていた鉢花だった。

レイは膝を折り、そっと花に触れた。

瞬間、ひび割れた茎が柔らかに脈打ち、しおれた花弁に色が戻っていく。まるで息を吹き返すように、鉢植えは一面に花を咲かせた。

その光景に、誠司の胸が強く締めつけられる。

(やっぱり……人じゃない)

でも同時に、理解してしまった。レイは望んでやっているわけではない。その背中は、小さく、儚く、どこか苦しげだった。

「……レイ」

名を呼ぶと、彼女はほんのわずかにまぶたを伏せた。それは――拒絶でも肯定でもない。ただ、その名を受け入れるような、淡い反応だった。

誠司は深く息を吐いた。

(この力は、祝福じゃない。……きっと、呪いだ)

そう思った瞬間、診療所の外を風が吹き抜けた。窓の隙間から入り込んだ夜風が、かすかに鈴のような音を運んでくる。

誠司は立ち尽くしたまま、冷たい感覚に震えていた。“この力の正体を知らなければならない”――そんな予感が、胸に重くのしかかっていた。



どうでしたでしょうか…

少し無理やり進めすぎた感じがしますが…

見離さず呼んでくださるとありがたいです

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