エピローグ
柔らかな春の風は、優しく町を撫でていく。
咲き残った桜の花弁が光の粒と共に風の中を
舞っていた。
遠くから聞こえてくる子どもの笑い声、鳥たちの囀り、微かに響く鐘の音。
世界は静かに、けれど確かに変わりつつある。
かつて、世界は静かに終わろうとしていた。空は色を失い、大地は息をひそめ、人々の瞳から光が消えていった。
けれど今――世界は、息を吹き返している。名もなき命が芽吹き、また歩き出した日々が、確かにここにある。
舗道に並んだ木々の下を、少女と青年が歩いていた。
彼らは知っていた。
この穏やかな風景が、決して“当たり前”などではないということを。
言葉を発しては居ないが、不思議と歩幅は揃っていて、まるで間に誰かいる様に微妙な
距離を空けていた。
少女は足を止める。ゆっくりと顔を上げ、目を細めて、空を見つめた。その視線の先には、いくつもの雲が流れていた。どこまでも遠く、高く。
青年も立ち止まり、隣に並ぶ。彼の目もまた、遠くを見ていた。その表情に、かすかに浮かぶ微笑は、懐かしさと安堵がまじったものだった。
少女はそっと、口を開く。
「また、会えるのかな……」
青年は何も言わない。けれど、その横顔はどこまでも穏やかで、どこまでも静かだった。
やがて、少女は微笑む。その瞳にはもう、涙も迷いもなかった。ほんの少しだけ淋しさを残しながら、それでも前を向く者の顔だった。
風が吹いた。
柔らかな風。まるで誰かがすぐそばを通り過ぎたような、そんな気配を運ぶ風だった。一瞬だけ、どこからともなく――鈴の音が聞こえた気がした。
其れは涼やかに舞い堕ちた。そして、世界にひとつの春をもたらした。いまも風の中に、其れは在る。
たしかに、そこに――




