僅かな
春の風が、やわらかに並木道を吹き抜けていく。枝先には季節外れに咲いた桜が、まだ幾輪か残っていて、淡い花弁をひとひら、ひとひらと空へと舞い上げていた。
楓は通学鞄を抱えながら、ふと足を止める。あの日から変わった世界。
ちらりと少女が落ちていた場所を見やる。
わたしが其れを拾った日から、世界が廻り始めた。
もうその時から、季節が一つ巡ったなんて。
あんなに長かったようで、一瞬で溶けたようで、早くて遅い12ヶ月。人々の目に光が戻り、町に笑い声が満ちている――でも、その中に「彼女」はもういない。
けれど、不思議と胸の奥は空っぽじゃなかった。失ったのではなく、確かに「託された」ような感覚が、楓の心を支えていた。
ゆっくりと顔を上げ、青空を仰ぐ。薄い雲の切れ間から、やわらかな光が降り注いでいた。
「……ねぇ、レイ。今もどこかで、笑ってる?」
問いかけるように呟いた声は、風に溶けて消えていく。けれどその瞬間――耳の奥で、かすかな鈴の音が響いた気がした。
はっとして振り返る。だが誰もいない。ただ、並木の間を抜けていく風が、頬をそっと撫でていっただけだった。
楓は目を細め、そっと微笑む。「……ありがとう、レイ」
再び歩き出す。風はなおも涼やかに吹き続け、花弁を舞わせ、世界に新しい春を告げていた。
さて、本当に次で完結です!
長々とありがとうございました!
エピローグまで待っていてくださいね…!




