夜の煌めき
これは夜の世界でのお話。
深夜三時の新宿、眠らない街で唯一静寂を感じられるこの時間。人通りの減った靖国通りを歩きながら、さっきまでの出来事を反芻していた。
呼び出しは、いつも突然だ。
「今から銀座これる?」
深夜一時過ぎ。慣れないバイト終わりに携帯を見ると、MちゃんからのLINEが入っていた。場所は銀座。時間は“今から”。眠気と疲労が溶けかけた脳を一気に現実に引き戻した。
前に会ったのはたしか、一週間くらい前だったろうか。大学の講義に出て、バイトをする毎日。その合間を縫って、たまに彼女から呼び出される。
当時の俺は、銀座に詳しくなかった。高級店が立ち並び、スーツ姿の男たちが夜の蝶と戯れる街。そんなイメージしかなかった。だから正直、誘われるたびに少し戸惑いもあった。
でも、Mちゃんのことが気になっていたのは事実だった。
初めて会ったのは、共通の友人の紹介だった。煌びやかなルイヴィトンのピアスをつけ、整った顔立ちと色白の肌。どこか浮世離れした彼女に、俺は自然と惹かれていた。
あの夜も、そんな彼女からの一言で全てが動き出した。
── 銀座に向かう途中、俺はなぜかそわそわしていた。期待と不安がない交ぜになって、鼓動だけがやけにうるさかった。
―― 銀座某所、午前二時。
到着した俺を待っていたのは、Mちゃんとその連れの女性。二人は笑いながら、カフェのテラス席でワインを飲んでいた。
「おそーい!」と軽くふくれっ面で言うMちゃん。俺は謝りつつ席につくと、ワインを一口すすめられた。
「今から友達の店に行くから、ついてきてよ」とMちゃんが言った。
そこから始まった、夜の銀座の冒険。クラブのVIP席、カラオケ、深夜のラーメン屋……。全てが、大学生活では味わえない非日常だった。
けれど、そんなきらびやかな空間の中で、Mちゃんの横顔はどこか寂しそうだった。笑ってはいるけれど、心のどこかに影があるように見えた。
ふと、彼女が言った。
「こういうの、ずっと続けるのも疲れるんだよね」
その一言に、俺は返す言葉を失った。
⸻
―― 朝焼けの銀座を歩きながら。
帰り道、俺たちは少しだけ静かになった。Mちゃんは俺の隣で、黙って歩いていた。
大学生活と、銀座の夜。
まるで別世界を行き来するような不思議な感覚に包まれながら、俺は思った。
―― あの子は、どこまでが本当の顔なんだろう。
そして俺は、どこまで彼女に踏み込んでいいのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は始発を待つ駅のベンチに腰を下ろした。
⸻
―― 駅のベンチに座る俺の隣で、Mちゃんは静かにタバコに火をつけた。
細い指がジッポを弾く音が、やけに耳に残った。
「ねぇ、大学って、つまんないでしょ?」
突然、彼女がそう言った。
俺は一瞬、何を返すべきか迷った。たしかに、退屈な講義、バイト漬けの毎日、何者にもなれていない自分への焦燥感。たぶん、俺自身がそれを一番思ってた。
「……まぁ、面白いことばかりじゃないかな」
そう言うと、彼女はクスッと笑った。
「だよね。私も、たぶん行ってたらそう思ってたと思う」
彼女は大学に通っていない。高校を卒業してすぐに銀座で働き始めた。理由は聞いたことがなかったし、彼女も話そうとはしなかった。
けれど、この街で彼女が“戦ってる”のは、いつも伝わってきた。
煌びやかな店、華やかなドレス、美しい笑顔。その裏にある、想像もできないような葛藤や疲労――。
「最近、ふと考えるんだよね」
「何を?」
「このまま歳を取っていったら、どうなるのかなって」
夜明けの空が少しずつ明るさを増していく中、Mちゃんの声はどこか儚げだった。
「銀座って、若さで回ってるから。二〇代前半までが勝負って言われてる。三〇歳になったら、どこに行けばいいんだろうって、たまに怖くなる」
彼女の言葉に、胸が締めつけられた。
俺は、彼女のように夜の世界で生きたことがない。だけど、その言葉の重さだけは、なんとなくわかる気がした。
「でもさ、今はまだその“若さ”の中にいるじゃん」
思わず、そう言っていた。
「……そうだね。今しかできないこと、ちゃんと楽しんでおかないと、だね」
その時、始発の電車がホームに入ってきた。
Mちゃんは立ち上がって、俺の方を振り返った。
「今日はありがとう。また呼んでもいい?」
「もちろん」
俺が答えると、彼女は少しだけ安心したように笑って、電車に乗り込んだ。
ドアが閉まり、車両がゆっくりと動き出す。
ガラス越しに見えた彼女は、俺の方に手を振っていた。
その姿が、朝日に照らされてやけに綺麗に見えた。
⸻
―― あの時から、俺は少しずつ“銀座”に惹かれはじめていた。
それはMちゃんのせいでもあり、彼女の背後に見え隠れする“世界”のせいでもあった。
普通の大学生活では決して触れることのなかった夜の街の論理、言葉、光と闇。
次に彼女から連絡が来たのは、その3日後だった。
「週末、空いてる?」
それは、また一つ深く、銀座の沼に足を踏み入れるきっかけになった。
週末の銀座。再びあのネオンの海に足を踏み入れる。
Mちゃんに呼ばれ、俺は店の近くまで来ていた。
「こっちこっち」
ドアの前で、Mちゃんが笑って手を振る。その隣には、見知らぬ女性がいた。
「この子、うちの店で一緒に働いてるユナ。最近入ったばっかだけど、めっちゃしっかりしてるんだよ」
ユナはすっと背筋を伸ばし、軽く頭を下げた。どこか品があり、冷静で理知的な雰囲気を纏っている。
「初めまして。大学生なんですよね? Mから話、ちょっと聞いてます」
「よろしく。あ、俺は――」
名乗りかけたところで、Mちゃんが被せてきた。
「この人、最近ちょいちょい私とアフターしてくれるの。変わってるでしょ?」
「そういうの、下手したら面倒なことになるって、教わらなかった?」
ユナはMちゃんにそう言って、ふっと笑う。軽口のようで、どこか本気も混ざっている。
「でもこの人は大丈夫。何もしてこないし」
「へぇ、珍しいタイプ」
俺は軽く苦笑いするしかなかった。
その後、三人でバーに移動した。個室の薄暗い空間で、Mちゃんがウィスキーを頼み、ユナはジントニックを選んだ。
「大学生活って、楽しい?」
ユナが静かにそう尋ねてきた。
「楽しい時もあるけど……正直、何してるのかわからなくなることもある」
「ふーん、意外と誠実な答え」
「あなたは?」
「私はね……夢があってこの街に来た。でも、今はその夢が何だったのかも、ちょっと思い出せなくなってきてる」
ユナの視線はグラスの底に落ちていた。
「それでも、辞められないの。お金も、人間関係も、客の期待も。ぜんぶ麻薬みたいに絡みついてきて」
Mちゃんが言う。
「ユナって、マジで真面目すぎるんだよ。もっと楽にやればいいのに」
「楽に生きたら、私、多分すぐ終わる」
静かに、それでも確かな声でそう言ったユナの目が、一瞬だけ俺を射抜いた。
その時、Mちゃんがぽつりと言った。
「ねぇ、三人でどっか行かない? 朝までやってるジャズバー、知ってるの」
その提案は、まるで現実を一瞬忘れさせてくれる魔法のようだった。
気づけば俺は、ふたりの夜に、深く巻き込まれていこうとしていた。
午前一時すぎ、ジャズバーのカウンター席。
Mちゃんとユナ、そして俺。低くうねるウッドベースの音が、グラスの氷と一緒に空間を冷やしている。
「この雰囲気、好きかも」
ユナが呟く。Mちゃんは隣で少し酔いがまわったのか、俺の肩にもたれかかっていた。
その時だった。
「……あれ、Mじゃん」
低く響く声が、背後から聞こえた。
振り向くと、黒のスーツに金時計。よく手入れされた髭。隣には、明らかにモデル上がりのような女。
Mちゃんの身体が、わずかに硬直するのがわかった。
「……あれ、ショウさん……」
「何、最近出勤してねーのに元気そうじゃん? その男、誰?」
Mちゃんが口を開く前に、ユナが立ち上がった。
「店とは関係ない人間に口出しするの、やめたほうがいいですよ」
「は? 新人か? 空気読めよ。俺がどんだけあの子に金使ったと思ってんだ」
Mちゃんが立ち上がり、少し震える声で遮る。
「ショウさん、今日はプライベートなんで……お願い、帰って」
その瞬間、ショウの目が一変した。
「ああ、そう。そういう感じになったんだ。じゃあ覚えとけよ、“自由”には代償があるってこと」
言い捨てて、彼は女を引き連れて店を出ていった。
店内の空気が、ぐっと冷たくなる。音楽が流れているのに、鼓膜には何も届かないようだった。
Mちゃんは何も言わず、ただグラスを手に取って飲み干した。氷がガラスを打つ音が、痛いほど静かだった。
「……ごめんね。巻き込んじゃった」
そう言った彼女の横顔には、銀座の“夜”に生きる女の顔があった。俺が今まで見たことのない、強さと脆さが混ざった眼差し。
ユナが俺の方を見て、小さく言った。
「こういうのが、この世界の現実。優しさで突っ込むと、すぐ呑まれるよ」
俺は黙って頷いた。
だけどもう、完全に引き返せないところまで来てしまっていた。
―― 午前二時すぎ、ジャズバーの奥のソファ席。
ショウが去った後、しばらく誰も口を開かなかった。ピアノの音だけが、空っぽになったグラスの底を優しく撫でている。
Mちゃんは煙草に火をつけ、スーッと吸い込んでから天井に吐き出した。
「……ああいう人って、銀座にはいっぱい居るよ。店に来なくなった途端、急に“お金を返せ”って言ってきたり」
その口調は淡々としているのに、指先の震えが止まらないのがわかった。
「返せるわけ、ないんだけどね。見返りじゃないって最初は言うくせに、みんな同じ」
ユナが氷を弄びながら、低く問いかけた。
「それでも、店に戻るつもりはないの?」
Mちゃんは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。
「うん。ああいう人と関わってる限り、自分の人生なんか、持てない。わかってるんだ、本当は」
「怖くないの?」俺が無意識に聞いた。
彼女はその問いに、少しだけ微笑んだ。
「怖いよ。すごく。……でも、それ以上に、自分で選ばないことのほうが、怖いの」
その瞬間、ユナがなにかを言いかけたが、言葉にはならなかった。
バーカウンターのマスターが近づいてきて、静かに囁いた。
「外に、さっきの男……まだ車停めてますよ。助手席の女は先にタクシーで帰ったみたいです」
Mちゃんの顔色が一瞬で変わった。
「マスター、裏口、使わせてくれる?」
「どうぞ」
俺たちは会計を済ませ、裏口からひっそりと店を出た。
ビルの非常階段を降り、深夜の銀座の裏路地を歩く。車の音も、人の声も、何も聞こえない。
Mちゃんの足が途中で止まった。
「……あいつが本気出したら、私、どこまでも追いかけられるかも」
ユナが振り向く。
「だったら、逃げない方が強い」
その言葉に、Mちゃんが息を呑んだのがわかった。
「……そうだね。逃げてたのは、私かも」
どこかで自分自身に言い聞かせるように、彼女はもう一度歩き出した。
その後ろ姿は、少しだけ、昨日までのMちゃんとは違って見えた。
―― 銀座の裏通りを抜けた、始発直前の空気。
歩道にうずくまるようにして、Mちゃんがコンビニのコーヒーを飲んでいる。少し離れたベンチに、私は腰を下ろした。
「……ねぇ、ユナちゃん」
Mちゃんが、ふいに言った。
「“価値”って、どうやって決まるんだろうね。金額? 客の数? それとも……笑顔を向けられる回数?」
私は答えられなかった。
何度も自分に問いかけてきた言葉だったから。
銀座に来たばかりの頃、私はその問いの答えが「どれだけ男に愛されるか」だと思っていた。
“この子、可愛いよね”って言われることが価値。
“この前のお客、指名入れてくれた?”って聞かれるのがステータス。
――だけど、ある日ふと気づいた。
笑顔の奥に、歯を食いしばってる子がいる。
派手なドレスの裾を握りしめて、帰り道で泣いてる子がいる。
キラキラしてるように見えて、その光が目を焼く。
心が追いつかないまま、体だけが大人になっていく。
私はMちゃんの隣に座り、少し笑った。
「私も、今でも自分に価値があるのかわかんないよ。時給で見たら、すごく“高く売れてる”のかもしれないけど……自分の価値って、本当はそんな数字で測れるもんじゃないよね」
Mちゃんがこちらを見て、弱く微笑んだ。
「……やっぱり、ユナちゃん、変わったね。前はもっと、“勝ち気な子”って思ってた」
「うん。勝ち気だった。勝たないと、自分が消えちゃいそうで」
ほんとは、ずっと怖かった。
誰かの記憶の中に、“安い子”として残るのが。
けれど、それを変えてくれたのは、こうして夜の中で泣いて、笑って、生きようとしている“仲間”たちだった。
Mちゃんがゆっくり立ち上がった。
「……もう少しだけ、ちゃんと自分を見つけてみるよ。逃げないで」
その背中は、まだ頼りないけれど、確実に夜の街の“呪い”をほどこうとしていた。
そして私もまた、彼女のその姿に、少しだけ救われた気がしていた。
――昼下がりのカフェ。窓際で、Mちゃんが履歴書を見つめていた。
「職歴欄、空白ばっかりで恥ずかしいな……」
そう言って、Mちゃんはぎこちなく笑った。けれど、どこか前より顔が明るく見えた。
「でも、やってみたい。最初はバイトでもいいから。昼に太陽浴びて、ちゃんと“夜以外”の時間に生きてるって感覚……忘れたくないから」
履歴書の字はまだ震えていたけれど、あの夜コンビニ前でうずくまっていた彼女とは違っていた。
私は、その姿を見届けるように黙っていた。
嬉しい気持ちと、取り残されるような寂しさが同時に胸に押し寄せる。
私はまだ、夜の世界に残っている。
理由は明確じゃない。ただ――自分の輪郭を、まだこの街の中で探しているのかもしれない。
――数日後。私は「俺」と、クラブの外で煙草を吸っていた。
「Mちゃん、昼職始めたらしいよ」
「聞いた。……辞めないで済むかどうかは、あの子次第だけどな」
そう言いながら、「俺」は空を仰いだ。銀座のネオンが、灰色の空を照らしていた。
「でも、あの子、本気だったよ。目が変わってた」
「……ユナは?」
不意に問われ、私は少し詰まる。
「私は……まだ。まだここにいる。たぶん、もう少し、自分の価値を見つけるまで」
「夜じゃなきゃ、見つからないのか?」
その言葉は、優しさでもあり、挑発でもあった。
私は煙草を一本吸い終えるまで黙っていた。
「わかんない。でも、夜にいたから出会えた人もいるし、夜を知ったからこそ、朝がありがたくなる気もする」
「……そうか」
「俺」はそれ以上何も言わず、ポケットからライターをしまった。
まるで、その沈黙が答えを代弁してくれているかのようだった。
――MちゃんのLINEが届いた。「初出勤、なんとか終わった!」
画面の向こうで笑うスタンプが、少しだけ眩しい。
私はその笑顔に、心から「よかったね」と思いながらも、自分がまだ暗い夜に包まれていることを思い知る。
でも、それでいいのかもしれない。
夜がなければ、星は見えない。
そして、星の光が誰かの道しるべになることもある。
私は、今日もドレスのチャックを上げる。
自分の価値は、まだ途中――それでも、探し続ける意味がある。
「俺」が控室の前を通りかかり、目が合った。何も言わず、少しだけうなずいた。
その一瞬に、確かに“言葉にしない何か”があった。
――朝九時。Mちゃんは、受付カウンターの制服に袖を通していた。
背筋を伸ばして笑う。それだけで汗がにじむほどの緊張感。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
慣れない敬語と、営業スマイル。
キャバクラの接客とは違う“正しさ”が求められる世界。
昼の世界には、「嘘」が許されない。
肩書きも、言葉も、過去も。隠せない場所がそこにはあった。
お客様に軽く舌打ちされた帰り道、Mちゃんは電車の窓に映る自分を見ていた。
「昼って、こんなに自分が無力に思えるんだ……」
それでも、前を向こうとしていた。夜に逃げなかった自分だけは、裏切りたくなかった。
――その頃、ユナは銀座の裏通りで「俺」と並んで歩いていた。
「最近、Mちゃんとは会ってる?」
「少しだけ。なんか……痩せたみたいだった」
「頑張ってるんだろうな、あの子」
ユナは口をつぐんだ。
“私も頑張ってる”とは、なぜか言えなかった。
夜の世界に残ったことが、少しずつ言い訳に聞こえる日がある。
けれど、そこにしかない“温度”を、ユナはまだ手放せずにいた。
「俺もさ、昔夜の仕事してたの知ってた??」
「えっ?」
「でも色々あって疲れちゃってさ辞めたんだ。ユナはこれからもずっと夜の世界で生きていくの?」
その問いに、ユナは一瞬だけ立ち止まった。
夜を選んだ理由を、今までは過去や状況のせいにしていたかもしれない。
でも、自分の意思でここにいるなら――それはもう「選択」だった。
――深夜三時。店の休憩室。
ユナはスマホを見ながら、ふとMちゃんにLINEを送った。
「たまには、銀座に遊びにおいでよ」
すぐに返ってきた返事は、「そのうちね。今は目の前のことがいっぱいいっぱい(笑)」。
文字は軽かったけど、そこににじんでいたのは、“夜に戻らない”という覚悟だった。
ユナはスマホを置き、鏡の前で髪を整えた。
この世界がキラキラしてるだけじゃないってこと。
その痛みも光も、全部自分の一部になっていた。
そして、「俺」との距離も、きっと“選べる”時が来る。
それまでは、自分で立っていたい。依存じゃなく、対等でありたい。
――夜明け前。
ユナは初めて、「俺」にこう言った。
「もし、明日突然この仕事を辞めたら、私のこと見てもらえる?」
「……もう見てるよ。ずっと」
その声は、夜の喧騒の中に溶けていった。
確かなものなんて何もない夜だからこそ、
今、そこにある言葉と想いが、何よりリアルに響いていた。
――数週間後、昼のオフィス。
Mちゃんは書類を前に眉をひそめていた。
「もう少し効率よくできないかな……」と自問しながら、何度もミスを指摘されるプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
昼の世界は、正確さと速さを求めるシビアな場所だった。
「キャバクラとは違う緊張感」と自分に言い聞かせるも、気づけば深いため息が漏れていた。
そんな時、先輩の佐藤さんが声をかけてきた。
「大丈夫?無理しすぎないでね。私も最初はミスばっかりだったから」
Mちゃんは少しだけ救われた気持ちになり、微かに笑みを返す。
だが心のどこかで、夜の華やかな空間と比べてしまう自分がいた。
――一方、銀座の夜。
ユナは「俺」と共に店の裏口で煙草を吸っていた。
「Mちゃん、どう思う?」
「どうって……昼の仕事、向いてると思う?」
「正直、わからない。でも彼女は頑張ってる。俺は夜も昼もやってるけど、どっちも大変だ」
ユナは視線を外し、静かに言葉を紡いだ。
「私も頑張りたい。けど、怖い。ここでしか輝けない自分がいる気がして……」
「怖いのは、どっちの世界でも一緒だよ。でもそれが本当の自分を見つけるってことかもな」
その言葉に、ユナの胸のざわつきが少しだけ和らいだ。
――ある夜の店内。
新人の女の子がこわばった表情でドリンクを運んでいた。ユナはその背中に声をかける。
「大丈夫?無理しなくていいよ」
新人は一瞬はっとして、ほんの少しだけ笑った。
「ありがとう。ユナさんみたいに強くなりたいです」
ユナはその言葉を聞き、心の奥底で自分の選択をもう一度確かめた。
――翌朝、MちゃんからユナへLINEが届く。
「昨日、すごく怒られて落ち込んだ。夜はキラキラして見えたけど、昼の現実もキツい。でも、少しずつ慣れてきたかも」
ユナは返事を打ちながら、自分もまた新しい自分を見つけたいと思った。
「お互い、無理しすぎないでね。自分の価値は、誰かの評価じゃ決まらないから」
「俺」とユナがまた並んで歩く。
「これからも、どんな選択をしても、俺はユナの味方だ」
ユナはほんの少しだけ微笑んで、「ありがとう」とだけ答えた。
夜の銀座は今日も煌めき、彼女たちのそれぞれの道を優しく照らしていた。