表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第七話 僕、デートに誘われました。

 伊静流さんのことが好き? 姫野宮君が?


「昨日、図書室に行ったのも、彼女と話が出来ればなって思ってさ」

「え、ちょっと待って、久栗さんはどうするのさ」


 久栗さんと姫野宮君は幼馴染だ。

 とても距離が近い、恋人と周囲が間違えるぐらいの距離感だ。 

 何もないとは、思えないぐらいなのに。


「どうするも何も、佐保とは単なる知り合いだぞ? 幼馴染って奴かもしれねぇけど、別に恋愛感情なんかないし。むしろ母さん死んでから無駄に母親ぶったりしてさ、ちょっとウザいぐらいだった」


 昨日からの久栗さんの笑顔が、胸にチリつく。


 ――最近、ちょっと怖かったんだ。


 彼女の言葉、嫌われて、姫野宮君から距離を取られることが怖かった。

 だとしたら、やっぱり久栗さんは。

 

「頼んでもないのに毎朝迎えに来たりさ、部屋だって勝手に掃除しようとしたり。アイツには家に来るなって散々言ったんだぜ? なのに心配だからとか言って、勝手なお節介押し付けんなよって話だよな」

「……でも」

「んだよ、もしかして霧暮、佐保のことが好きなのか?」


 好きなのか。

 そう言われると、なんとも言えない。

 可愛いとは思う、優しいとも思う。

 でも、そこに恋愛感情があるかどうかは、まだ分からない。 


「今日一日、仲良さそうにしていたしな」

「あれは、普段の姫野宮君を演じただけで」

「……まぁ、さすがの俺も、学校で佐保のことを邪険になんかできないからな」


 外面って奴か。 

 好きじゃないな。


「はっきり言っておくぜ、俺は佐保のことが好きじゃない」

「……分かった」

「お前は? お前こそ伊静流さんのことをどう思ってんだよ」

「伊静流さんのこと?」


 伊静流早蕨(さわらび)さん。

 同じ図書委員で、同じ本好き。 

 でも、彼女が読んでいるのは小難しい本ばかりで、僕とは趣味が違う。

 一年生同士で組まされているけど、特別何かがあってそうなった訳ではない。

 隣にいて居心地はいいけど、それは言い換えれば意識してないとも言える。

 つまり。


「なんとも思ってない」

「そうか、なら良かった」


 たんっと立ち上がると、勢いそのままに、姫野宮君は思いっきり頭突きをしてきた。

 ゴッッという鈍い音が、空き教室に響き渡る。


「~~っっ! い、痛いよ! なにすんのさ!」

「……、ほら、戻らねぇ」

「はぁ!?」

「戻ってねぇって言ってんの。俺達、諦めるしかねぇんじゃねぇかな?」


 諦める? 

 

「お前は姫野宮入直として、俺は霧暮素直として、生きていくしかないんじゃないのかってこと」


 額から血を流しながら、姫野宮君は両手を制服のポケットに突っ込んだ。

 

「丁度良いだろ? お前は少なからず佐保のことが好きだし、俺は伊静流さんのことが好きなんだからさ」

「そんな、恋愛面だけで決めていい話じゃないよ」

「それだけじゃない」


 血を手で拭うと、姫野宮君は近づき、僕の血も拭い取った。


「あの家には、お前が必要なんだよ」

「……?」

「妹たちの笑顔、久しぶりに見たぜ。俺は買い物も連れて行かなかったし、料理だってしてやらなかった。口を開けば喧嘩して、意味もなく家を荒らしてさ。……まぁとにかくだ、ここで何を言い争っても戻らないものは戻らない、だったら建設的な話をしていこうぜ」

「建設的な話って言っても、それじゃあ姫野宮君の居場所がないみたいじゃないか」


 僕がいる場所は、元々姫野宮君がいるべき場所だ。 

 後悔をしているのなら、元に戻ってやり直せばいい。

 今は戻れなくても、戻れる前提で動いた方がいいと思う。

 

「今の俺の居場所は、以前のお前の居場所だよ」

「……なにそれ」

「お前には出来ないだろ? 母親の無理な仕事を止めたりとかさ」


 母さんの無理な仕事?


「確かに霧暮は料理が出来る、家事もこなす、そこいらの主婦なんか目じゃないぐらいにな。でもな、それじゃあ母親のデスマーチを止めることが出来ない。美味しいご飯を作り、洗濯を代わりにし、夜中の三時に帰って来ても朝の七時には起こし、仕事に行ってこいとお前は言う」

「確かに、そうだけど。でも、そうじゃないと生活が」

「お前の母親、死ぬぜ?」


 ……母さんが、死ぬ。

 

「お前の優しさは、母親を殺す優しさだ」


 何も、言い返せなかった。

 毎日夜中に帰宅し、朝は普通に家を出る。

 朝食はほとんど食べずに、昼だって食べているのか分からない。

 渡したお弁当がそのままだった事だって何回もある。

 そんな生活が、まともなはずがない。

 

「俺なら止められる。働き方がおかしいと気付かさせてやることが出来る。リビングで寝かしたりなんかしねぇ、必ずベッドで寝かせて、無理のない働き方だけで生きていかせる事が出来る」

「姫野宮君……」

「とにかく、入れ替わっても悪い事ばかりじゃねぇって事だ」


 実際に母親を亡くしてしまっている彼の言葉は、妙な説得力があった。

 まるで本当に、母さんが死んでしまうんじゃないかって、そう思えてしまえる程に。


「さてと、昼休みも残り少ねぇし、まずは秘密の共有といこうか」

「秘密の共有?」

「ああ、俺だけが知っている人間関係とかな。そういうのを把握しておかないと、入れ替わりがバレちまうだろ? バレたら最後、互いに元の場所に強制的に戻らされちまう。最悪の場合、病院行きだってあり得る。中身が入れ替わったなんて、普通ねぇからな」


 病院行きはともかくとして、元の場所に強制的に戻らされる可能性は充分にある。

 その場合どうなってしまうか……久栗さんに罵倒され、真冬ちゃんに変態扱いされる。

 あれ? もしかして、この秘密を重視しないといけないのは、僕の方なんじゃないか?

 

「分かった、僕も全部明かすよ」

「お、どうした急に乗り気になって」

「昨日、妹さんの下着類とか、全部洗濯しちゃってね」

「……ああ、なるほど」


 どうやら理解してくれたらしい。

 とはいえ、僕の方に特異な人間関係があるはずもなく。

 スマホに記録された電話帳には、母さんとバイト先のみが記録されているだけ。

 図書委員ツールとしてグループLIMEに登録もしているけど、それは何かあれば姫野宮君に流せばいい。


 僕の方は簡単だったけど、姫野宮君の方はかなりのボリュームだった。

 まず陽キャ集団の一人一人について。

 このグループ、恋愛関係だけで成り立っているらしい。

 各々が誰かを狙っている状態で、姫野宮君と久栗さんは相談役として在籍しているのだとか。

 何とも面倒な立ち位置にある、ほぼ全員から相談され、それを明かすことが出来ない。

 言い換えれば、全員の秘密を握っている状態とも言える。

 故に、発言力がある、なるほど。


「こんな所か、じゃ、何かあったらすぐに連絡な」


 バスケ部の友人関係なんかもあるらしいけど、それは後からスマホに送ってもらう事にした。

 全部を聞いていたら昼休みが終わってしまっていたかもしれない。

 まったく、どれだけ広い人間関係なんだか。


「長かったね、なんの話をしていたの?」


 教室に戻るなり、久栗さんが僕へと問う。

 久栗さんの恋愛感情は、間違いなく姫野宮君へと向けられているものだ。

 このまま交友関係を続けること自体が、彼女への裏切り行為な気がしてならない。


「別に、大した内容じゃないよ」

「大した内容じゃないのに、昼休み全部使ったの?」

「まぁ、そういうこと。男同士の大事な話って奴だよ」


 でも、今の僕は姫野宮入直だから。

 それに彼の言う通り、戻らない可能性だって大いにある。

 極力現状維持、それを第一に考えないといけない。


 その日は午後も静かに過ごし、部活へもきちんと参加した。

 元の身体だと出来なかったであろうハードな練習も、姫野宮君の身体ならこなすことが出来る。

 バスケとか学校の授業ぐらいでしかしたことなかったけど、結構楽しいかも。


「あ、入直、一緒に帰ろ」


 部活を終えると、久栗さんは僕のことを待っていてくれていた。

 幼馴染だからと、姫野宮君はそう言っていたけど。


 多分、それだけじゃない。


 二人の間には十五年の付き合いがあって、そこで彼女が惚れる何かがあったんだ。

 それは僕には関係のない話だし、そこに付け込んで久栗さんに手を出すのは卑怯だと思う。


 だから、あくまで幼馴染の距離を保持し、それ以上は踏み込まない。

 恋愛になるのだとしたら、今の僕として欲しい。

 そう思ってしまうのは、ワガママなのかな。


「ねぇ、入直」


 そんなことを考えていた時に。

 彼女は、これまでの距離感で、僕に詰め寄ってきたんだ。


「今度のお休み、二人でデートしよっか」

次話『僕、彼女について何も知りませんでした』

明日の昼頃、投稿いたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ