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第六話 僕、驚きました。

 朝五時半に目が覚めるのは、もはや慣れからくるものなのだろう。

 起きた時に真冬ちゃんにしがみつかれていたのは、ちょっと驚いたけど。

 

 というか、姫野宮家って、家族全員同じ部屋で寝るのかな。

 お父さんらしき人まで一緒だったのは、普通に驚いたけど。

 お父さん……病的に痩せているように見える、ご飯、ちゃんと食べてないのかも。


 寝ている四人を起こさないように布団から抜け出して、朝の内に溜めこんであったゴミを全部出した。

 十往復ぐらいしたせいか、ごみ集積場が姫野宮家のゴミで埋まってしまったけど、しょうがない。

 

 次に、ゴミ出し前に回しておいた洗濯機の中の物を、ベランダまで運んで干した。

 女の子の下着が多いから、見えないように隠してあげないといけない。 

 母さんの下着で慣れてなかったら、触れない所だったよ。

 ズボラな母さんに感謝だな。


 次に、キッチンに立って、皆の朝食の準備。

 目玉焼きとハムを焼いたものと、レタスとコーンにマヨネーズを掛けただけのもの。

 それと、昨日の残りの味噌汁を温めて、白米と納豆で朝ご飯はおしまい。

 

「さて、全員起こそうかな……え、あれ?」


 誰もいなかったはずなのに、真冬さんがいつの間にかキッチンの椅子に座って、僕を見ていた。

 なんか嬉しそう、どこかほんのりとした笑みを浮かべているような。

 まぁ、いいか。

 うん、まずは挨拶だ。

 口調は……多分、佐保って呼び捨てなんだから、妹も呼び捨てだろう。


「おはよう、真冬」

「……うん、おはよう」


 どうやら正解っぽい、良かった。

 正体ばれたら大変だもんな、見知らぬ男が朝食を作っていたって、軽いホラーだよ。


「目玉焼きの下にハム……ふふっ、前と一緒」

「前と一緒?」

「え? あ、ううん、なんでもない。ありがとね、お兄ちゃん」


 真冬さん、料理に興味があるのかな?

 その後、桃子ちゃんと杏子ちゃんが起きてきて、とてとてと椅子に座り込んだ。

 最後にお父さんらしき人が起きて来たから、おはようとだけ伝える。


「ああ、おはよう。入直、そのエプロン」

「え? ああ、ごめん、料理するのに制服汚したくなくて」

「いや、いいんだ。……家族で朝ご飯か、なんだか、久しぶりだな」


 ゴミ屋敷一歩手前だったもんね。

 余程嬉しいのか、お父さん涙こぼしちゃって……あれ? 真冬さんまで?

 これは、よっぽどご飯に飢えていた感じかな。

 僕がいる間だけでも、ちゃんと毎朝作ってあげないと。


「忘れ物ない? 水筒持った?」

「「うん! ママ! 行ってきます!」」


 桃子ちゃんと杏子ちゃん、二人して僕のことをママって間違えてる。

 まぁ、別にいいけどね、どう呼ばれてもさ。 

 でもアレかな、あまり出しゃばり過ぎると、元に戻った時が大変かな。

 適当な所で止めておかないと、姫野宮君に怒られそうだ。


「入直、おはよう」


 二人を見送っていると、久栗さんが迎えに来てくれていた。

 朝から制服姿の久栗さんを見られるとか、眼福でしかない。 

 

「おはよう、佐保。まだ朝の準備が終わってないんだ、ちょっと待っててね」

「うん……良かった、変な入直のままだ」

「え、まさか、トンカチ持ってきたの?」

「あははっ、さすがに持ってこないよ。家、あがって待っていてもいい?」


 入れ替わりの原因は、何らかの衝撃だとは思うけど、トンカチはちょっとご遠慮願いたいかな。

 佐保さんがリビングに来ると、真冬ちゃんと二人でヒソヒソ話を始めた。

 女の子同士、ご近所同士で、仲が良いのだろう。


「あ、そうだ。ぼ……俺、これから自分の弁当作るけど、父さんの分も作ろうか?」


 髭を剃り、身なりを整えた父さんらしき人は、僕の方を見て固まる。

 目を見開いて、まるでお化けか何かを見ているみたいだ。


「……いいのか?」

「中身一緒にしちゃうから、一個も二個も変わらないよ」

「そうか……ありがとう、頼むよ」


 うん、予想通りだ。

 キッチンの戸棚の奥に、お弁当箱が入っていたからね。

 それを見越して、お米を多めに炊いておいたし、無駄にならなくて良かった。

 まぁ、残っていたら凍らせちゃえばいいだけなんだけど。


 ……視線を感じる。

 振り返ると、佐保も真冬も、父さんも僕の方をマジマジと見ていて。


「……え、なに?」

「「「ううん、なんでもない」」」


 三人に口を揃えて言われると、なんでもなく無いような気がする。

 まぁ、別に気にしないけど。

 タマゴと鳥そぼろの二色弁当に、紅ショウガ入れてと。

 二段目にはプチトマトとインゲンの胡麻和えに、冷凍の唐揚げ。

 こんなもんで良いでしょ、余ったスペースにはハムでも巻いて入れればいいや。

 

「はい、父さんの出来たから、置いておくからね」

「ああ、ありがとう」

「それと真冬も、もう行かないとなんじゃないの?」

「え? あ、本当だ。でも大丈夫だよ、充分間に合うから」


 ぱたぱたと準備をすると「いってきまーす」と元気な声を残して、真冬さんは玄関を後にした。 

 次いで父さんもスーツに身を包むと「じゃ、行ってきます」と、やっぱり涙ぐみながら家を出て行った。


 ご飯とお弁当如きで、そこまで泣くかな。

 しょうがないか、あんなに汚い家だったし。


「佐保もお待たせ、それじゃあ行こうか」


 自分の分の弁当もリュックに入れて、外に出て鍵を掛ける。

 庭……汚いな、次の休みに草むしりして、ガーデニングでもしてみようかな。

 玄関からのアプローチに花を植えて、庭には家庭菜園とか。

 アパートじゃ出来ないからかな、なんか妄想が捗る。


「なに考えているの?」

「え? あ、いや、大したことじゃない……ぜ?」


 歩きながら庭のレイアウトを妄想していたら、久栗さんに突っ込まれてしまった。

 せっかくの二人きりの登校なのに、僕は何を考えているんだか。


「ふぅん……ねぇ入直、今度私にもレシピ教えてよ」

「レシピって、ネットで調べただけだよ?」

「そうなの? なんか、すごい手際良かったからさ」

「えっと、イメージトレーニングの成果、だぜ?」

 

 昨日と同じように、久栗さんは僕の目をじぃっと見つめてくる。

 疑われている? 初日から演じなさ過ぎた? 

 だって、家が汚な過ぎるし、身体が勝手に動くんだもん。


「入直」

「うん」

「入直は、ずっとその入直のままでいてね」

「……うん?」

「じゃあ、学校、行こ」


 はいって手を差し出されたんだけど。

 そういえば、服とか摘ままれていたし、二人は幼馴染なんだよな。

 手ぐらい握るのが普通、なのかな?


「……うん」


 差し出された手を握り返すと、彼女は嬉しそうに握り返してきてくれた。

 手の感触、温かくて、けれども冷たくて、細くて、爪が丸くて、繋いでいるだけで気持ちがいい。


 毎朝手を繋ぎながら通学とか、これって完全に恋人なんじゃないか?

 いや、でも、幼馴染だから、こういうのが普通の距離感?

 どうしよう、分からないことだらけなんだけど。

 やっぱりこれは恋愛の距離感、なのかな。

 だとしたら、僕は必然的に失恋しているって意味なんだけど。

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。

 結局、久栗さんとは教室に入るまで、手を繋ぎ続けてしまった。


「おはよー! なに、二人朝からラブラブ過ぎじゃね?」

「やだエリ子、そんなんじゃないって。これがアタシと入直の普通の距離だよ。ね、入直」

「あ、ああ、そうだぜ?」


 僕にもよく分かりません。

 ただ、握られた手が一瞬強くなった。

 その意味だって、僕には分からないよ。


「……あれ、霧暮君、来てないんだね」


 教室入って廊下側、後ろから二番目の席は、空席のままだ。

 そろそろ先生が来ちゃうのに、姫野宮君、学校に来ていない。

 

「あれ? あ、本当だ。アイツ存在感薄いから分からなかったわ」

「姫野宮が毎日ちょっかい出してるから、怖くて来なくなったんじゃねぇの?」

「言えてる、アイツ毎日本読んでてさ、なにが楽しくて学校に来ているんだか」


 陽キャ集団、桜井(さくらい)君、神成(かみなり)君、森林(もりばやし)君、女子は横井(よこい)エリ子さん、姫川(ひめかわ)さん、小倉(おぐら)さん。

 そこに僕と久栗さんの計八人、毎日賑やかなのを遠目に見ていたけど、こんな感じだったのか。

 誰かの悪口は、あまり好きじゃないな。


「にしてもさ、姫野宮はなんで霧暮に構うん?」

「……え?」

「いやさ、アイツ何度誘ってもコッチ来ないじゃん? なんか目的でもあんのかなって思ってよ」


 目的は、特にないんじゃないかな。

 たまには喋ろうぜ、ぐらいしか言われなかったし。

 

「入直は誰とでも仲良くしたいだけだよ。それにあんまり悪口言わないの、神成君の良くないとこだよ?」


 久栗さんが釘を刺すと、神成君は「お、そっか」と納得し、すぐさま他の話題を話し始める。 

 グループの中でも久栗さんの発言力は結構高い、となると、姫野宮君も高いのかな。


 でも、あんまり喋るとボロが出そう。

 話だけ合わせておけばいいか。


 結局、姫野宮君こと霧暮素直が登校したのは、二時限目が始まる直前の事だった。


 ――――遅刻する、自転車が無いの忘れてた。


 彼から送られてきたメッセージには、そう書かれていた。

 昨晩、自転車が回収できず歩いて帰り、朝になってそのことを忘れていたと。

 歩きだと結構遠いからな、むしろ二時限目に良く間に合ってくれたと思う。


 昼休み。


「入直、一緒にお昼食べよ」

「佐保、ごめん。俺、ちょっと霧暮と話しする事あってさ」

「そうなの? 仲良くなれたんだ?」


 きょとんとする久栗さんを尻目に、僕は教室を出ようとする姫野宮君の後を追った。

 廊下に出た彼の手には、白いポリ袋が見える。

 

「コンビニ弁当なんだね」

「俺は料理出来ないからな」


 少子高齢化のあおりか、学校には空き教室が多い。

 そのほとんどが施錠されていなくて、昼休みにはこうして昼食に利用出来たりする。

 その昔、トイレの中でご飯を食べている生徒がいたとか?

 衛生上宜しくないので、トイレでご飯は禁止にされた代わりに、空き教室が解放されたらしい。

 なんにしても、こうして二人きりになれる空間があることは、非情に助かる。


「今度から僕が作ってこようか?」

「誰かに見られたらどうすんだよ」


 適当な場所に腰かけると、姫野宮君はパックのお稲荷さんを手に取り、ぱくついた。

 僕の方も、持ってきたお弁当を広げて、もくもくと食べ始める。


「まぁ、霧暮が料理上手なのは、昨日ので分かったけど」

「あ、美味しかった?」

「美味かった、おかわりしたかったくらいにな」

「そっか、良かった。次は量多めにしておくね」


 褒められると、素直に嬉しいと思える。

 次は何にしようかなって、勝手に頭が次のレシピを考え始めてしまう程に。


「それよりも、お前の母さん」

「あ、母さん、大丈夫だった? 帰ってくるの遅かったでしょ?」

「遅すぎだろ。あんな働き方、いつか死ぬぜ?」

「出版社の仕事って僕にもよく分からないんだけど、結構大変みたいでね」


 たまに早く帰ってきても、作家さんからの電話は普通にかかってくるし。

 編集の仕事って大変なんだろうなって、子供ながらに思うよ。


「大人のすることに子供が口出し出来ねぇってのは、理解しているけどよ。それでも、あんな綺麗な人が御前様まで仕事とか、別の事件とかに巻き込まれたらどうすんだよ。着ているスーツもやたら身体を強調しているし、家に帰ってきたら全部脱ぐし。旦那さんもいないんだし、そういった危険性とかも考えないと……って、なんだよ」

「いや、母さんをそういう目で見ているのかなって思って」

「ば、バカ野郎! んな訳ねぇだろうが!」


 別にいいと思う、母さん、十年以上独り身だし。

 でも、元の身体に戻ってからにして欲しい。

 今やられちゃうと、母子恋愛という最悪の形に。


「なに考えてんだテメェは!」

「いや、別に、何も」

「……ちっ、まぁいいや」


 照れてる? 姫野宮君って、結構面白いかも。

 

「あ、そういえばなんだけどさ」

「……あんだよ」

「姫野宮君って、昨日何しに図書室に来ていたの?」


 あの日、姫野宮君はバスケ部の練習中であったにも関わらず、図書室へと足を運んでいた。

 理由はトイレ、どんなに頑張っても、数分しか時間を稼げないのにも関わらずだ。


「まぁ、隠してもしょうがねぇよな」

「……?」


 空になったコンビニ弁当をポリ袋に詰めると、姫野宮君は僕に対してこう言った。


「俺、伊静流さんのことが、好きなんだ」

次話『僕、デートに誘われました』

明日、昼頃に投稿いたします。

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