第三話 僕、三人も妹が出来ちゃいました。
「にしても、健康だけが取り柄のアンタが部活を早退とか、なんか信じられない」
久栗さんと二人での下校とか、夢みたいで僕も信じられないよ。
それにしても、姫野宮君の家って、歩いて通えるぐらいの距離なんだな。
自転車とかじゃなくて良かった、どれが彼の自転車かなんか分かるはずないし。
「頭、まだ痛いの? っていうかそのタンコブ、どこにぶつけたの?」
「えっと……トイレの壁」
「トイレ? ああ、さっきトイレに行ってたんだ。ふはっ、なに? トイレに駆け込んで壁にぶつかったの? それでこれ? 入直ってば昔からあわてんぼうさんなんだから、変わってないなぁ。ははっ、それで廊下も走ってたんだ……ぷっくくく、ダッサ、ふひゃひゃひゃっ」
なにその笑いかた。
超可愛いんだけど。
「つん」
「いてっ」
「なんか今、心の中でアタシのこと馬鹿にしたでしょ」
していません、いきなりタンコブつっつくとかヤメテ。
「あー、でも良かった。最近の入直、なんか変だったからさ」
「変? 俺が?」
「うん、だって、一緒に帰るの嫌そうにしてたじゃん?」
ふぅん……クラスではそんな雰囲気全然なかったけどな。
というか、もったいない、僕だったら毎日こうして帰るのに。
「まぁ、今日の入直の方が、もっと変だけど」
「頭、ぶつけたからな」
「じゃあ、毎日トンカチ持っていかないとだね」
それは身体が持たなそうだな。
というか、それじゃあ変なままが良いって意味なんだけど。
「……」
なんなのその目、期待に満ちた目をしちゃって。
でも、すぐさま一歩離れて、眉を下げた笑みに変わった。
「最近、ちょっと怖かったんだ」
「……?」
「でも、なんか安心した。アタシこのまま一回学校戻るから、何かあったら連絡頂戴ね」
「あれ? 家まで送ってくれるんじゃ……」
「なにとぼけてんの。目の前の家が、入直の家でしょ?」
え? あ、本当だ。
表札に姫野宮って書いてある。
「頭、本当に大丈夫? ちゃんとした病院行った方が良かったりする?」
「え? あ、い、いや、冗談だよ、冗談。さっきタンコブつっつかれたから、お返し的な……ははっ」
「……ふぅん。ま、いっか。じゃあ、また後でね」
久栗さん、優しかったな。
姫野宮君が気になって、一緒に家まで帰るとか。
仲が良い、幼馴染の距離……まぁ、いいや。
さてと、ここが姫野宮君の家か。
二階建ての一戸建て、駐車場もあって、高そうなロードバイクが一台ある。
他にも小さな女児向けの自転車が二台、これは妹さんがいる感じかな?
でも、庭の草とかが生い茂っていて、草むしりを相当していなさそうな感じがする。
もったいないな、手入れしたら綺麗な花壇とか作れそうな程に広いのに。
他にも物置周辺とか、結構荒れ放題な感じ。
玄関を前にして、リュックにぶら下がっている鍵を差し込んでみると、するりと空回りした。
あれ? 既に開いている?
ご両親でもいるのかな、だとしたら鍵なんか無くても良さそうだけど。
ガチャリと玄関の扉を開けて、そーっと中を覗いてみる。
玄関からして広い、収納もたっぷりだ。
それなのに、長靴やら女児向けの運動靴やらがとっ散らかったまま。
廊下には沢山の膨らんだゴミ袋が山になっているし。
掃除とか、あまりしない母親なのかな?
靴を揃えてからリビングへと向かうと、扉越しに賑やかな声が聞こえてきた。
「桃ちゃんが食べたかったのにぃ! 杏のバカ!」
「だって、杏も食べたかったの! いっぱい食べたかったの!」
「桃ちゃんだって、いっぱい食べたかったのにぃ! うえーーーーん!」
「杏も食べたかった……ひっく……えぐっ……」
いきなり賑やか過ぎる。
廊下のガラス戸越しに眺めていると、二人の幼女が僕に気づいた。
「直兄! 聞いて直兄! 杏が桃ちゃんのホットケーキ食べちゃったの!」
「違うもん! 桃ちゃんが食べなかったのを、杏が食べたんだもん!」
「桃、食べていいなんて言ってないもん!」
「杏だって食べたかったの!」
無茶苦茶なんだけど。
ホットケーキを誰かが作ったってことなんだろうけど、こんな汚いキッチンで作ったのか?
洗い物が沢山……これ、いつから洗ってないんだろう。
……ん? ホットケーキミックス、コンロの真横に放置されてる。
中身は……まだ、沢山ある、か。
「あの……ホットケーキミックスまだあるみたいだから、僕が作ろうか?」
「え、直兄、作れるの?」
「直兄、作れる……の?」
「ホットケーキくらい、誰でも作れるよ」
キラッキラの瞳で「じゃあ作って!」って言われたら、まぁ作るしかないよな。
人様の家のキッチンを使うのは抵抗あるけど、しょうがないか。
冷蔵庫の中に牛乳もあるし、バターもハチミツもある。
毎朝母さんの為に料理しているから、これくらいなら簡単に作れる。
甘い匂いがキッチンを包み込む頃には、幼女二人はテーブルへと着席し、今か今かとホットケーキを待ち構えていた。出来立てほやほやのホットケーキに、バターとハチミツを掛けて二人の前に出すと、待ってましたとプラスチックのフォークを突き立てる。
「うにゃああああああ! 美味しい! 直兄、料理出来たんだね!」
「ほっふほっふほっふ……杏、しあわせ……ほっふほっふ」
「ゆっくり食べなね。でも、あんまり一杯食べちゃうと、夜ご飯食べれなくなっちゃうから、これでおしまいね」
「「わかった!」」
料理がてら、冷蔵庫に貼られたプリントなどから軽く情報を収集したけど。
黒髪で前髪ぱっつんな女の子が、姫野宮桃子、小学二年生。
茶髪で毛先が跳ねているのが、姫野宮杏子、小学二年生。
双子……かな? 顔はそんなに似ていないから、二卵性とか?
さてと、静かになったことだし。
まずは、部屋を片付けようかな。
玩具が出しっぱなしだし、ランドセルの中身も散乱しているし。
キッチンにも放置された食器が結構残されているし、洗濯物も沢山残されている。
なんだか、僕が修学旅行に行った後の家を思い出させる光景だな。
あの時は大変だったな……母さん、家事一切やらないから。
僕がいなくて、母さん大丈夫かな。
ちょっと、心配。
「直兄、ママみたいだね」
「え?」
「お掃除とか洗濯とか、毎日してくれていたもんね」
食器や洗濯物を片付けていると、二人が妙なことを口にした。
リビングを片付けた後、和室へと向かうと、二人の言葉の意味が分かった。
仏壇。
飾られるは、笑顔の素敵な女性の遺影。
二人の幼女は仏壇の前に向かうと、静かに両手を合わせた。
姫野宮君のお母さん、亡くなっていたのか。
……日付、三年前。
全然、気づかなかったな。
「直兄?」
「ん? ああ、そうだね」
僕も手を合わせないとだよね。
小さくカットされた蝋燭に火を灯して、鈴を鳴らす。
「……夏帆さんか」
姫野宮夏帆、それが入直君のお母さんの名前。
なんだか、母さんに会いたくなっちゃったな。
「直兄、お掃除、する?」
「ん? ああ、そうだね」
「じゃあ、桃も手伝う!」
「杏も手伝う!」
「ふふっ、じゃあ、三人で掃除しようか」
「「うん!」」
小学二年生、六歳から七歳ということは、三歳くらいの時に亡くなってしまったのか。
もっと、甘えたい盛りだっただろうな。
せめて今日ぐらいは、お母さんの代わりをしても罰は当たらないよね。
三人で家の掃除をする。
姫野宮君の自宅は、まぁまぁ凄い状態だった。
階段は埃だらけだったし、洋服ダンスの中はぐっちゃぐちゃ。
洗濯物から直接洋服を取っていた感じがするし、トイレの芯も残されていたり。
「うわ……マジか」
失礼かと思ったけど、二階の各部屋にも入らさせていただいた。
父親の部屋らしき場所には、洗濯せずに買い足すことで何とかしようとする、最悪の悪循環によって築きあげられた洗濯物の山があり、寝具の方は恐らく洗っていないであろう枕が悪臭と共に鎮座していた。カーテンレールは洋服掛けと化しており、床には空き缶が多数転がっている。
次の部屋を見てみれば、同じくゴミだらけの部屋があり、脱ぎ散らかされた寝間着を見るに、ここが姫野宮君の部屋なのだと分かる。飲みかけのエナジードリンクやコンビニ弁当のゴミが、袋に詰めてそこかしこに転がっていて、布団からは悪臭が漂い、未洗濯の靴下や下着類が床を占拠する。
これは全部の部屋がこの状態かもしれないな。
そんなことを思いながら片づけをし、二階にある三つ目の部屋を開けると。
「……あれ? この部屋は、そんなでもないな」
片付いた部屋、勉強机の上にも整理整頓された参考書が並び、一台のノートパソコンがしっかりと充電されていた。ベッドも綺麗だし、枕元にはイルカのぬいぐるみが飾られていて、床にはピンクの丸いカーペット、薄緑色のカーテンは綺麗に畳まれていた。
部屋の中にある小さい箪笥を開けてみると、下着が綺麗に丸められて収納されていた。
桃子ちゃんと杏子ちゃんの下着……ではないな、母親のもの?
いや、だったら勉強机はいらないよな。
しかも横には、ショーツとお揃いのブラもセットで置いてある。
「ただいま……え、ウソ」
階下から女の子の声が聞こえてきた。
この部屋の主か? トントントンって階段を上がって来て、部屋にいる僕を見る。
茶髪のストレート、桃ちゃんと杏子ちゃんを足して二で割ったような髪型。
制服からして中学生、この子も姫野宮君の妹さんかな?
「直兄、私の部屋で何しているの? ……って、その箪笥」
あ、しまった、ここ、この子の下着入れか!
このままじゃ下着を漁る変態男子じゃないか!
どどど、どうする、どうやって言い訳する?!
「冬姉! あのねー! 今ねー! 直兄とお掃除してたのー!」
「拭き掃除もしたのー! ママが帰ってきたみたいでしょー!?」
二人の幼女が手を握ると、その子はきょとんとした顔をしながらも、柔らかい笑みをこぼした。
「そうだね、姉ちゃんビックリしちゃった。それにしても直兄が掃除なんて珍しいね、どうしたの急に?」
「え? ああ、たまには掃除しようかな、と思ってな」
「へー」
疑いの眼差し。
そうだよね、あんなに汚い部屋だったものね。
「あ、凄い、父さんの部屋も掃除したんだ」
「一階も全部掃除したのー!」
「お風呂も綺麗なんだよー!」
「ふぅん……なに? 夢で母さんに怒られでもした?」
「ま……そんなところ、かな」
言いながら、その子は背負っていたリュックを机の上に置くと、中身の整理を始めた。
ちらりと見えたノート……名前、姫野宮真冬、か。
中学二年生、僕達よりも二つ下。
「なに?」
「ん? あ、いや、夕ご飯どうする、と思って」
「え、作ってくれるの? じゃあ今日は味噌ラーメンにしようかな」
「味噌ラーメンって、出前でも取るの?」
「そんな訳ないでしょ、いつも直兄作る時ってカップラーメンじゃん」
カップラーメン。
こんな育ちざかりの女の子が三人もいるのに?
「……ダメでしょ」
「え?」
「僕が作るよ、小一時間ぐらいかかるけど、ちょっと待っててね」
「作るって、直兄無理しなくていいからね? おーい? 聞いてる?」
さっき冷蔵庫の中を見た時に、大した食材が無かったから、買い足しは必須。
財布の中を勝手に見るのは申し訳ないけど……うん、ぼちぼち入っているな。
後で返せばいい、今はこれを使って皆の夜ご飯を作ってあげよう。
「直兄、お買い物?」
「うん、近くのスーパーに行ってくるだけだよ」
「桃も行く!」
「杏も行く!」
「じゃあ、三人で行こっか」
「「うん!」」
こうして、三人手を繋いで外へと出たところで。
「……お前なぁ」
僕の姿をした姫野宮君が、待ち構えていたのであった。
次話『僕、勘違いされているみたいです』
明日の昼十二時、投稿予定です。