第二十五話 僕、元に戻ったのでしょうか?
僕達の入れ替わりに、伊静流さんは気づいていた。
そのことを伝えると、さすがの姫野宮君も驚きを隠せないらしい。
「な、なんで? 気づいてたんなら、話してくれれば良かったじゃねぇか」
「姫野宮君、伊静流さんは君の言葉を、しっかりと守っていただけなんだ」
「俺の言葉?」
記憶力の良さ、伊静流さんは僕達の入れ替わりに気づいた後、最初の言葉を思い出したんだ。
姫野宮君が言っていた言葉、大事にしたくないから、このことは内緒で頼む。
「僕も君も、脚立が倒れたことに関して内緒にして欲しいと思っていたけど、伊静流さんは違ったんだ。彼女は僕達の入れ替わりを大事にしたくないから、内緒にして欲しいと思ったらしい」
「……マジかよ」
「僕も最近聞かされて、心底驚いたよ」
誰一人として、彼女の演技に気づけなかった。
伊静流さん、歌い手だけじゃなく、女優の才能もあると思うよ。
「じゃあ、アレか? 俺が一生懸命霧暮のフリをしているのも」
問いかけると、伊静流さん、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「……はい、姫野宮君、頑張っているなって、思っていました」
「マジかよ、くっそ恥ずかしいだけじゃねぇか……」
姫野宮君、耳まで真っ赤にして、両手で顔を隠している。
このまま和気あいあいとした感じで終わってもいいんだけど。
でも、それじゃあ前に進めないから。
「姫野宮君、これが何を意味しているか、分かる?」
「何を意味しているか? ……ああ、そうか、俺の恋心は砕け散ったって訳だな」
伊静流さんは、どう転んでも僕の事しか見ていない。
中身が入れ替わった所で、それがバレているのなら、姫野宮君が何をしても意味がないんだ。
「同情はする、でも、その恋心は最初から無かったんじゃないの?」
「勝手に決めつけんなよ。これでも傷心してんだぜ?」
「それ、嘘だよね。君の目的はただひとつ、僕が佐保さんと一緒になることだ。その為に、君は伊静流さんに惚れているという逃げ道を作った。互いに好きな人がいるとなれば、しかも相手が惚れているかもと思えば、僕から元に戻ろうとは言えないからね」
砕けた姿勢で椅子に座りながら、姫野宮君は俯いた顔を上げずにいる。
「よくよく思い出してみると、元に戻らないって言葉、姫野宮君はとても多く発していたんだ。不自然なまでに多い。それってつまり、元に戻らないことが、君の願望だったんじゃないのかな? 入れ替わったままでいること、それを強く望んでいたのは、誰でもない姫野宮君、君なんじゃないのかなって、僕は思うんだけど」
この入れ替わりは、姫野宮君にとって、とても都合の良いものなんだ。
自分が原因で離散しそうな家族や、傷つけてしまった幼馴染からも距離を取ることが出来る。
無論、僕の視点から見ても、都合の良い内容ばかりだ。
佐保さんという可愛らしい幼馴染と恋仲になり、過労の母親も彼は助けると宣言してくれている。
でも、このままで良いはずがない。
この前の土曜日のように、誰かが気づき、どこかでズレが生じ、この入れ替わりはいつか破綻する。
「言いたいことは大体分かった。でもよ、どうやって元に戻るんだよ?」
「戻る方法、全部試してみればいいじゃない」
突如として部屋に入ってきた人物を見て、姫野宮君は瞠目する。
揺れる栗色に染まった髪、伊静流さんに負けず劣らずの可憐さを併せ持った美少女。
姫野宮君の妹、姫野宮真冬ちゃんだ。
「真冬、どうしてここに」
「お兄ちゃんを説得する為に決まっているでしょ」
パーカーにミニスカート、私服姿の真冬ちゃんは、腕組みしながら僕達の方へと歩み寄る。
そんな彼女を見ていた姫野宮君の視線は、睨むような目になり、僕へと戻ってきた。
「お前か、真冬をここに呼んだの」
「うん。必要だと思ったから」
「必要? なんのだよ」
「真冬ちゃんの言った通り、君を説得すること、だよ」
「なんだよそれ」と言いながら、ガリガリと頭を掻き始めた姫野宮君だったけど、席を立ったりはしないらしい。
「姫野宮君、今回の入れ替わりの原因、君の精神面にあるんじゃないのかと、僕は思うんだ」
「俺の精神面?」
「うん。自分が自分じゃなくなればいい、自分という人間を信じることが出来ない君は、違う誰かとの入れ替わりを所望した。その感情が溜まりに溜まった瞬間、たまたまあの日の僕とぶつかり、入れ替わりという現象が発症してしまった」
「……仮説もいい所だな」
「そうだね、仮説にしか過ぎない。仮説だから検証しないといけない」
「好きにしろ」
「じゃあ質問するけど。あの日、君はなぜ、部活を抜け出して図書室なんかに来ていたのさ?」
問うも、姫野宮君は黙ったまま。
唇を真一文字に閉じ、語ろうとしない。
「真冬ちゃんにも分かるように説明するけど、ウチの高校の図書室は三階にある。あの日、僕は返却された本を棚に戻す為に、脚立を持って図書室の奥へと向かっていたんだ。返却された本のタイトルは〝偉人八犬伝、この世の事実全て丸わかり、全一巻〟タイトルから分かる通り、はっきり言って人気の無い本だ。そういう本が詰まっている場所が、あの日、僕と姫野宮君がいた場所なんだよ」
つまり、あの場所には、普通の人は行かない。
少なくとも、姫野宮君が行くような場所ではないんだ。
「そして、脚立の上に座り込んだ僕の視線は、高校の校庭全てが見渡せるような場所だった。窓があり、その窓はクレセント錠、つまりは普通の窓だ。誰でも自由に開け閉めが出来る。もう一度聞くよ、姫野宮君。君はあの日、何をしにあの場所に来ていたのさ?」
突然の抜け出しに、バスケ部の染野先輩は激怒していた。
同じ体育館にいた佐保も、なんで急にいなくなったのかと、戸惑いを隠せずにいたんだ。
「まさか、お兄ちゃん」
「……」
「家庭内が不仲なだけで、死ぬつもりだったの?」
なんの返答もしない姫野宮君に対して、真冬ちゃんは近寄り胸倉を掴み上げるも、弱弱しく語る。
「何よそれ、兄妹喧嘩なんか、どこの家だってするでしょ?」
「……」
「お母さんがいなくなっちゃったのは、お兄ちゃんのせいでも、お父さんのせいでもない。病気だったんだから、しょうがないことなんだよ。私だって、私だってまだ悲しいけどさ。それでも前を向いて歩こうって、そう考えるようになったんだよ? なのになんで、お兄ちゃんがいなくなるとか、そういう話になっているの?」
自分がいなくなればいい。
これは、姫野宮君自身が僕に教えてくれた言葉だ。
軽い気持ちなんかじゃない、姫野宮君は、本気でそう考えていた。
「いなくならないでよ、お母さんがいなくなって、三年経って、やっと、ちょっと前に進めるようになったんだよ? ここでまたお兄ちゃんがいなくなっちゃったら、私、また、立ち止まっちゃうよ……もう、動けないよ、辛くて、前を向けないよ」
膝をつき、崩れるようにしゃがみこむ。
「家族でしょ……嫌だよ、私、お兄ちゃんに帰ってきて欲しいよ」
真冬ちゃんの涙、心からの願い。
少しでも姫野宮君の心に届いて欲しい。
そう思っていた、矢先。
――――――――ドックン
世界が、ズレた。
なんだ、これ。
心臓が、変な動きをしている。
苦しい、めまいがする、座っていられない。
「霧暮君!?」
伊静流さんの声がする。
揺れる視界、正面では、僕と同じように胸を握り、うずくまる姫野宮君の姿があった。
「お兄ちゃん!?」
真冬ちゃんの声が、ハウリングして聞こえる。
全部がズレる、何もかもがズレて、熱くて、痛くて。
――――――――ドックン
二度目の鼓動。
視界に靄が掛かって、呼吸が上手く出来なくて。
必死になって顔を上げると、正面に、伊静流さんの姿が見えた。
そして、その横には、姫野宮君の姿が。
戻った、のか。
これでやっと、僕達は。
――――――――ドックン
三度目の鼓動。
霞む視界が、徐々に暗くなっていく。
意識が、保てない。
果たして二人は元に戻ったのか。
次話『あの、バカ野郎』
明日の昼頃、投稿いたします。




