表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

第二十二話  僕、生まれて初めて殴り合いの喧嘩をしました。

 真冬ちゃんの告白に対し、僕はその場で返事をすることが出来なかった。

 佐保とは違う、彼女の想いは、霧暮(きりくれ)素直(すなお)である僕自身へと向けられたもの。


 嬉しくない訳がない、むず痒くなってしまう程に嬉しい。

 それと同時に、自分の本性が垣間見えた気がして、少し落ち込んだ。

 浮気者じゃないか。佐保と一緒になるとか言いながら、真冬ちゃんの告白で喜ぶとか。


「姫野宮! ぼーっとしてんじゃねぇぞ!」

「あ、はい! すいません!」


 明日から部活はテスト休みに入る。

 休みに入る前に出来るだけ練習を。 

 

 弾丸パスを受け取ると、身体を反転しつつ周囲を確認する。

 一年と二年に分かれての練習試合、力量の差は明らかだ。


 姫野宮君の運動神経や肉体は、同学年と比べて突出している。

 このまま単独で切り込んだ方が、ポイントになる。

 

「姫野宮、ナイスパス!」


 それは分かっている、でも、バスケはチーム戦だから。 

 僕一人がどれだけ活躍しても、いずれは通用しなくなる。

 チーム全体が強くならないといけない、だからこそのパス。

 

「――――、試合終了! 十三対八、二年生チームの勝利!」


 結果として負けたとしても、次への布石に繋がる。

 反省点を見出して、ダメなところは埋めて、良いところを伸ばす。

 僕に出来ることは、自分が自分じゃなくなった後の、チームのことだ。


「入直、お疲れ様。一緒に帰ろ」


 部活が終わると、佐保は当然のように僕を待ってくれていた。

 バドミントン部のジャージ姿のまま、上着のポケットに手を突っ込み、寒そうにしながら僕を出迎える。

 

「入直がパスとか、珍しいね。一人で突っ込むかと思ったのに」

「その方が得点にはなっただろうけどな。でも、それじゃあ他が育たねぇ」

「へぇ、入直からそんな言葉が出るなんて。正直、驚いた」

「俺だって、いろいろ考えてんだよ」


 いろいろ考える。

 姫野宮入直の身体から、霧暮素直の身体に戻る。

 そうしたら、このバスケ部のことも、全てが思い出に変わってしまうのだから。

 出来ることをしておきたいと思うのは、当然のことだと思う。


「お兄ちゃん、佐保さん、お帰りなさい」


 真冬ちゃんは、告白以降も、僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれている。 

 

 桃子ちゃんと杏子ちゃんに説明しても理解しないだろうし、父親である治久さんに説明したらより一層状況が悪くなる可能性が高い。無論、それは佐保も同様であり、僕の正体がバレることの無いように、佐保が目の前にいても、可愛い妹を演じてくれている。


「じゃあ、またね」


 玄関の扉が閉まるなり、真冬ちゃんは妹から、一人の女の子へと変わる。

 佐保とつないでいた手を揉みしだくと、僕の手の中から佐保の感触が消えた。

 代わりに繋がれた手の感触は真冬ちゃんのものであり、その手を彼女は離そうとしない。


「霧暮さん、お帰りなさい」

「……ただいま」

「ふふっ、本当の霧暮さんにも、お帰りなさいって、早く毎日言いたいです」


 告白したからか、遠慮が無くなった。

 家にいる時は片時も離れず側にいるし、料理もこれまで以上に質問してくる。

 洗濯も掃除も全て一緒にこなし、オシドリ夫婦のように側にいて離れない。


「お姉ちゃんとお兄ちゃん、仲良しー!」

「お兄ちゃんとお姉ちゃん、結婚するのー!?」


 無邪気な桃子ちゃんと杏子ちゃんまでこの調子なのだから、やはり近すぎるのだろう。

 でも、それもしょうがない事なのだと思う。

 もともと、真冬ちゃんの距離は、兄妹の距離ではなかったのだから。


「早く、元の身体に戻ってくれればいいのに」

「……真冬ちゃん」

「そうしたら、もっと大胆なことが出来るのにな」


 はにかみながら、彼女は僕の腕で眠りにつく。

 あくまで、僕の身体は姫野宮入直だから。

 実の兄に対してキスは出来ないのだと、真冬ちゃんは言う。 

 

 けれど、元の身体に戻ったら、多分、一緒にはいられないと思う。

 姫野宮君が絶対に許さないだろうし、佐保だって僕のことを恨むはずだ。

 言わなければいいと、真冬ちゃんは言うだろう。

 都合の悪い嘘は、墓場まで持っていくものだと。


 けど、僕の場合、そういう訳にはいかない。

 佐保との関係を姫野宮君が拒絶している以上、彼は元に戻り次第、全てを暴露するはずだ。


 だって、姫野宮君は筋を通しているから。

 不義理を働いているのは、僕だけだ。

 人知れず、深いため息を吐く。

 

 ……なんだか、ため息の回数が、増えた気がする。


 翌日、中間テスト後、図書室。


「やぁ姫野宮君、君が図書室で勉強とは、珍しいね」


 白々しい笑顔をした僕が、図書室のカウンターに座っている。

 隣には伊静流(いしずる)さんの姿もあり、ここだけ見ればいつも通りの風景のままだ。


「霧暮、ちょっと話があんだけど」

「ああ、うん、いいよ。じゃあ伊静流さん、後をお願いね」


 伊静流さんに図書委員の仕事を任せると、僕達はひとけの少ない男子トイレへと向かった。

 二人きりになると、途端、姫野宮君は化けの皮を剥いだ。


「ったく、中間テスト期間なのに、なんで図書委員の仕事があんだよ」

「図書室なら、そのまま勉強出来るからじゃないかな」


 現に、図書室には二人の他にも、数名の生徒がノートにペンを走らせていた。

 静かな場所での勉強は捗る、図書室なら家族の邪魔も入らない。

 というか、伊静流さんも勉強していたじゃないか。


「で? 話って何よ?」


 一晩考えた。

 伝えた方がいいのか、伝えない方がいいのか。


 でも、この件は伝えない訳にはいかない。

 姫野宮君まで敵に回すのは、絶対にダメだ。


「真冬ちゃんに、正体がバレた」

「……マジ?」

「それと、僕に対して告白もしてきた」

「はっ? マジ?」


 男子トイレの中で男が二人、固まったまま動けずにいる。

 姫野宮君の顔は呆けたまま、あんぐりと開けた口を閉じることが出来ず。

 僕も僕で、どう話を続けていいのか分からず、動けずにいた。


 数分後。体感的には一時間後。

 おでこに手を当てながら、姫野宮君から問う。 


「……あー、えっと、もう一回聞くぞ? 真冬がなんだって?」

「告白してきた。それと、僕の中身が霧暮素直だってこともバレた」

「どうしてそうなった?」


 日曜日の件を、姫野宮君へと伝える。

 小倉さんが同席し、土曜日の件を真冬ちゃんへと伝えてしまったこと。

 僕の中身が姫野宮君ではないということを、結構前から気づいていたということ。


「そっか……俺と電話しているのを、盗み聞きされたのかもな」

「そうかもしれない。後は、僕が演じ過ぎなかったのも原因だと思う」

「ま、家事に関しては確かにな。でも、家族が仲良くなったんだ、別にそれはいい。……で?」


 いつかのように、姫野宮君は僕を睨む。


「どうすんだよ。真冬の告白、まさか受ける訳じゃねぇよな?」


 拒否するのが当然だろう、今の僕には久栗佐保という恋人がいるのだから。 

 けれど、佐保さんは姫野宮君しか見ていない。

 僕のことなんか、空気みたいな存在だと、彼女は思い続けている。


「あー、わかった、お前の沈黙は大体理解出来んだ」

「……ごめん」

「前に言ってたもんな、佐保が見ているのは俺だけだって」


 姫野宮君から見たら、僕は最低な男だ。

 何もかもが自分勝手、その時その時、良いように揺れ動いてしまう。


「全部伝えた所で、お前にとって不都合になる内容は受け入れられねぇ。どうせお前のことだ、未だに俺と佐保がくっつけばいいとか考えてんだろ? 佐保が可哀想だ、幼馴染なんだから受け入れてやればいい、ずっとそのままなんだろ!?」


 言いながら、彼は僕の胸倉を掴み、――――ゴッ、と、そのまま殴りつける。

 トイレの床に倒れ込んだ僕のことを、姫野宮君は何度も足蹴にした。


「テメェ、いい加減にしろよ!? お前の頭の中に、俺の意思はねぇのかよッ!」

「……姫野宮、君」

「いまさら俺に元の家庭に戻れって言ってんのか!? 佐保と一緒になって、テメェと同じように振舞えって言ってんのか!? そんなの無理に決まってるだろうが! 俺は未だに親父を憎んでんだよッ! 佐保に対して罪悪感を持っているし、真冬にだって申し訳ねぇって思ってんだッ!」


 馬乗りになると、姫野宮君はそれでも拳を振るってきた。

 顔面に振り下ろされた拳を数発受けた後、たまらず彼の腕を掴む。


「なら、なおさら、謝ればいいじゃないか!」

「いまさら謝ったところで、受け入れられる訳ねぇだろうが!」

「じゃあなんで、なんで僕は受け入れられたんだよ!」

「はぁッ!?」

「君の姿をした僕が、現に受け入れられているじゃないか!」


 初日から、桃子ちゃんも杏子ちゃんも、姫野宮君のことを受け入れてくれていた。

 彼女達は微塵も、姫野宮君のことを拒絶していない。


「たった一人のお兄ちゃんなんだろ、怖がってないで、妹ぐらい受け入れろよ。父親だってそうだ、別に悪くない。仕事だったんだろ? 家族の為に働いた結果が、たまたま最悪の形になっただけだ。愛した人を失ったんだ、治久(はるひさ)さんだって、傷ついているに決まっているじゃないか!」


 馬乗りになっていた彼を突き飛ばすと、僕は襟元のボタンを数個外した。


「いろいろと話を聞いてきたけど、結局、姫野宮君は逃げているだけだ」

「……テメェ」

「責任から逃げて、家族から逃げて、暴力という手段に逃げて。僕も最低だけど、君よりかはマシだね」

「言いたいこと言いやがって、覚悟は出来てんだろうな?」


 姫野宮君の額に、青筋が浮かぶ。

 でも、退かない。絶対に、退くわけにはいかない。


「出来てるよ、これでも最近は鍛えているんだ」

「上等……死んでも文句は言うなよ」


 僕は今日、初めて喧嘩をした。

 人を殴る時って、あんまり音がしないんだって、初めて知った。

 音が鳴る時は、身体が壁にぶつかった時とか、物が壊れる時とか。

 どんなに殴っても、人は起き上がるし、そうそう簡単に気絶もしない。

 

 ただ、とてつもなく疲れる。 

 殴る時も全力だし、掴む時も全力だし。

 ボクシングの試合が三分とか二分で一ラウンドなのが、身体で理解出来た。

 全力って、そんなに長続きしない。

 疲れちゃって、息が上がっちゃって、もう、起き上がることも出来なかった。


「誰だ、喧嘩しているのは!」


 二人、動けずにいると、先生が乱入してきた。

 言い逃れなんか出来ない、理由も説明出来ない。

 ただ、相手が憎くて喧嘩した。

 そう、説明せざるを得ない。


 結果。


「霧暮素直、姫野宮入直、両者ともに謹慎処分とする」


 僕達は二人仲良く、指導室へと、送られることとなった。

次話『僕、いろいろな人から愛されていたみたいです。』

明日の昼頃、投稿いたします。


※新作投稿しました!

【メンヘラ彼女との別れ方。】

https://ncode.syosetu.com/n3445ko/ #narou #narouN3445KO

かなりシリアスな恋愛ですが、宜しければどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ