第二十一話 僕、妹との接し方を間違えたのかもしれない④
スイーツ食べ放題、洋風白基調の店内、お客様は女の子九割。
昨日既に経験済みだけど、このお店に男一人で来るのは不可能だな。
席を立って飲み物を取りに行くだけで、無駄に注目を浴びる。
昨日は佐保が全部やってくれていたけど、そういうのを意識してだったのかも。
やっぱり、佐保は姫野宮君のことが大好きなんだろうな。
大好きというか、愛しているというか。
……切替スイッチON。
今は、真冬ちゃんと小倉さんとの食事を楽しもう。
「小倉さん」
「んー?」
「相席とか、無理聞いてくれて、ありがとうな」
「いいよぉ。私一人でテーブルに沢山のケーキ並べちゃうと、それだけで居心地悪くなるし。今回はお互い様ってことで、ね」
パチンっとウインクすると、小倉さんは真冬ちゃんの手を取って店内へと向かった。
小倉さん、陽キャ集団の中でも大人しい感じだけど、ムードメーカーでもあるんだよな。
場の空気を作り上げるというか、自然と笑顔になってしまうというか。
今日一緒になったのが小倉さんで良かった、彼女となら安心して過ごすことが出来る。
はずだったのに。
「……なにこれ?」
「ん? 昨日食べられなかったスイーツ」
「いや、量が凄すぎじゃない?」
「あははははっ、昨日は遠慮してたの。あははははっ」
ちょっと待って、昨日よりもテーブルの上が彩り鮮やかになっているんだけど?
青りんごゼリームース、お芋のロングシュークリーム、ホイップマウンテンシフォンケーキ、季節のフルーツケーキ、ザッハトルテ、生パウンドケーキ、アイス各種にクレープ、ティラミスに生チョコケーキ、シャインマスカットタルト、大福、モンブランティームース、アイスケーキパフェ。
これらを並べると「いただきます」と手を合わせ、パクパクと小倉さんは食べ始める。
「大丈夫、黒ウーロン茶があればどれだけ食べても太らないから」
「……小倉さん?」
「大丈夫、今日は神成君もいないし、何も気にならないから」
「小倉さん?」
「大丈夫、接種カロリー分、ちゃんと運動して燃焼させるから」
え、ちょっと怖いんだけど。
小倉さん、自分自身に言い訳しながら食べてる。
いやでもカロリー燃焼って、無理でしょ。
フルマラソン走って三千カロリーって言われているんだよ?
今回のこれ、多分一万カロリーぐらいいくんじゃないの?
フルマラソン三周しないと燃焼しきれないよ。
「お兄ちゃんも、はい、どうぞ」
「え? あ、ああ、ごめん、ありがとう」
「クリームシャインマスカットタルト、美味しい。さすがは小倉さんのオススメですね」
真冬ちゃんもしっかりと食べていた。
ああ、これ、僕達三人で食べる分か。
え、これ三人で食べるの?
「でしょ? おかわり欲しかったら取って来てね、私いま大事なところだから」
なんだこれ、一人大食い大会でも始まったのか?
っていうか、大事なところって。
凄い、こぶし大のシュークリームがベゴッて音と共に口の中に消えた。
掃除機かな? 小倉さんの口は吸引力が売りなのかな?
というか、シュークリームいま、飲んだ?
飲み物ってこと? いやいやいやいや。
「お兄ちゃん、ほっぺにクリームついてるよ」
あまりの凄さに、呆けてしまっていたらしい。
頬に付いたクリームをひょいって指で取ると、真冬ちゃんはそれをパクリと食べた。
「ああ、ごめん。ありがとう」
「いいよ。お兄ちゃんも何か食べるでしょ?」
「……いや、見ているだけでお腹いっぱいかも」
「そんなこと言わないの、ここそんなに安くないんだから」
席を立つと、しばらくして、真冬ちゃんは焼きプリンを手にして戻ってきた。
「お兄ちゃん、プリン好きだもんね」
「……うん」
「食べさせてあげようか?」
「大丈夫だよ、真冬も食べなね」
「はーい」
そしてまた席を立つと、数個のケーキを手にして、満面の笑みで戻ってくる。
僕の隣に座ると、ぴっとりとくっつきながら「いただきまーす」と食べ始めたのだけど。
「二人、付き合ってるの?」
唐突に、小倉さんが爆弾をぶん投げてきた。
「いやいや、俺達兄妹ね?」
「だって、めちゃくちゃ近いし」
「ウチは仲がいいんだよ。今朝だって小学生の妹二人からキス責めされたんだぜ?」
「ふぅん……でも、昨日の霧暮君との入れ替わり疑惑もあったんだから、あまり佐保ちゃんを悲しませないようにしないとだよ? 真冬ちゃんレベルになると、兄妹であっても疑えちゃうレベルなんだからね?」
そんなこと言って。
ああ、でも、最近の真冬ちゃんはかなり行き過ぎというか、絶対にこれ兄妹愛じゃないよねってぐらいのものをひしひしと感じる節があったりするけどさ。それでも切れないのが血の繋がりって奴で、僕と真冬ちゃんが一緒にならないのはある意味法律が味方してくれる訳でして。
それでも、刺激になるような言葉は謹んで頂きたい。
だって、隣に座る真冬ちゃん、顔真っ赤……じゃないな、すんっとした顔をしている。
「あの、そのこと、詳しくお聞きしても宜しいでしょうか?」
「そのこと?」
「その、霧暮君との入れ替わりって事について」
……、え、なんで真冬ちゃんがそんな事を。
口を引き結んだままの僕とは違い、小倉さんは悠長に喋り始める。
「最近ね、ウチのクラスの霧暮素直って男の子と、真冬ちゃんのお兄ちゃんの中身が入れ替わっているんじゃないかって、皆で疑っていたの。結論から言うと、そんなこと無かったんだけどね。いろいろと事情は聞かされたし、お母さんの件も聞いてさ。姫野宮君のデリカシーな部分にまで踏み込んじゃって……昨日はごめんね、そもそも入れ替わりなんて、現実的じゃなかったよね」
「いや、ああ、まぁ、な」
「まぁ、そのお詫びも兼ねて。ほらほら、どんどん食べて」
小倉さんの話が終わると、真冬ちゃんもスイーツを食べ始めたんだけど。
「……」
明らかに口数が減った。
真冬ちゃんの変化に小倉さんも疑問符を浮かべていたけど、敢えて追及はせず。
「げっぷ。食べ過ぎた……じゃあ私、今から食休みするから、またねぇ」
「あ、ああ、またね」
お店に来る前と比べて、三キロは太ったであろう小倉さんと別れると、真冬ちゃんは僕の手を取った。
「お兄ちゃん、私、最後に行きたいところがあるの」
「行きたいところ? 別に、いいけど」
相変わらずの恋人繋ぎのまま、僕達はショッピングモール内にあるカラオケへと足を運んだ。
スイーツ店からここまで一切何も喋らず、僕からも何も語れず。
受付を済ませ部屋へと入ると、真冬ちゃんは無言のまま僕の対面へと座った。
いつもの流れなら隣だと思ったけど。
これは違う、何かを喋る時の位置だ。
「なにか、歌いたい訳では、ないよね」
唇を噛みながら、膝上で拳を握り、真冬ちゃんは視線を下げ続ける。
室内に流れるBGMを無音にし、僕は真冬ちゃんの言葉を待った。
たっぷり十分ほど経過すると、考えがまとまったのか、真冬ちゃんは顔を上げる。
「お兄ちゃん、一個だけ、お願いがあるの」
「……うん」
「私にだけは、嘘をつかないで」
射貫くような眼差しは、彼女の決心の強さを表していた。
「さっきの小倉さんの話、本当だよね」
……。
「最初は、お母さんの魂が入っているんじゃないかって、そう思っていたの。でも、それは違うって、途中で分かった。お兄ちゃんの身体の中には、お兄ちゃんじゃない誰かが入っている。でも、それが誰かは、私には分からなかった」
真冬ちゃん、気づいていたのか。
「霧暮素直、あの日、家に遊びに来たお友達が、貴方の本当の肉体ってことで、いいんだよね?」
正直に答えるべきなんだろうけど……出来ない、言葉に詰まる。
真冬ちゃんに対して正直に言うことは、あの家にいられなくなる可能性があるんだ。
それだけじゃない、黙って姫野宮君のフリをしていたこと。
勝手に他人様の家に上がり、兄として振舞っていたんだ。
簡単に、はいそうですとは、言えない。
それを察してか、真冬ちゃんは返事を待たずして、言葉を続けた。
「あのね、勘違いして欲しくないんだけど……私、全然、怒ってないから」
怒って、ない?
「むしろ、救われたって思っているの。以前のお兄ちゃんは、お母さんがいなくなってから毎日お父さんと喧嘩していたの。家で暴れたり、物を壊したりして、ずっと大変だったの。貴方も見たでしょ? ゴミ屋敷みたいになっちゃって、私がどれだけ片しても、お兄ちゃんはゴミを辺り一面にまき散らしていた。杏子や桃子にだって怒鳴り散らしていたし、片付けなんかするなって、お父さんを困らせろって、毎日、三年間も、ずっと」
その辺りの話は、姫野宮君本人からも聞いた話だ。
夏帆さんが死んでしまった責任を感じつつも、父親へと怒りを向けてしまった。
自分なんかいなくなればいい。彼はそう思いながら、傍若無人な振る舞いを続けていたんだ。
「貴方と入れ替わってから、桃子も杏子も、私もお父さんも、毎日が幸せなの。でも、貴方はもしかしたら、いつの日か入れ替わって、元に戻ってしまうかもしれない。私たち家族の前から、いなくなってしまうかもしれない。そして、前のお兄ちゃんが戻ってくる。以前と同じ、階段を上る音を聞くだけで震える日が戻ってきてしまう。それだけは、嫌なのよ」
真冬ちゃんも姫野宮君と同じ、入れ替わったままを希望するというのか。
元には戻らず、このまま姫野宮入直としての人生を歩めと。
「でもね、霧暮さん。それでも私は、貴方に元の身体に戻って欲しい」
……?
「だって、今のままじゃ、貴方とお付き合い出来ないから」
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「あのね、霧暮さん」
眉を下げながらも、切れ長な瞳を僕へと向ける。
一旦は唇を閉ざすも、握った拳を震わせながら、真冬ちゃんは言葉を紡いだ。
「私、貴方のことが、好き」
流れる黒髪の隙間から、潤んだ眼差しを僕へと向ける。
純情な彼女の想いが、まっすぐに僕の心臓を穿つ。
真冬ちゃんが、僕のことを好き。
「……でも、僕は佐保と」
「もちろん知ってる。でも、佐保姉が好きなのは直兄だよ?」
そのものズバリをぶつけてきた。
真冬ちゃんの言う通り、佐保が好きなのは姫野宮君だ。
「霧暮さん」
「……」
「佐保姉は、直兄と一緒になるべき人なの。貴方じゃない」
真冬ちゃんは僕の隣へと席を移ると、俯いたままの僕の手を握り締める。
これまでにない程に、真冬ちゃんの手が熱を持っていた。
熱さに驚く間もなく、彼女は火照った顔を間近に寄せ、僕へと言葉を放つ。
「今朝、佐保姉とキス、していたよね」
見られていた。
これまでとは、言葉の意味が違う。
恋人同士のキスではないという事を、真冬ちゃんは知っている。
「大丈夫、黙っていてあげる。今ならまだ、佐保姉を傷つけずに済むから」
「……真冬ちゃん」
「戻ろう、元の身体に。必要なことがあるのなら、私も協力するから」
次話『第二十二話 僕、生まれて初めて殴り合いの喧嘩をしました。』
明日の昼頃、投稿いたします。