第二十話 僕、妹との接し方を間違えたのかもしれない③
――あの子、可愛くない? 読モとかしてるのかな?
――足細くていいなぁ、顔も綺麗、整形かなぁ?
――彼氏やばくね? あっちこそモデルでしょ?
――美男美女すぎて、エモすぎだよぉ。
街を歩くだけで、いろいろな声が聞こえてくる。
ちょっと前に佐保と歩いた時は、一人で勝手に落ち込んでいたけど、最近は慣れてきた。
姫野宮君の人生は、こういう声を聞きながら生きていく人生なんだ。
自然と背筋も伸びていくし、身だしなみも必要以上に気になってしまう。
イケメンだからこそ周囲が評価し、周囲の評価があるからこそイケメンになっていく。
凄い相乗効果だな、ずっとイケメンじゃないか。
――髪型ダサ、ああいうの今は流行らないでしょ。
――服装がいまいちかなー? 顔がいいのにもったいない。
――あんな彼女連れて喜んでるとか、惜しいなぁ。
無論、こういう意見も耳に入って来る。
勝手に評価され、勝手に批判されていく。
動画を投稿した時と似ているかもしれない。
伸びた時は良い意見の他にも、悪い意見も沢山コメントに残されたんだ。
それで結構傷ついたりもしたけど、動画投稿サイトは動画投稿サイト。
現実の僕には何の影響もない。
けれど、姫野宮君たちは違う。
リアルで批評されるのだから、逃げ道がない。
否が応でも耳に入り、様々なストレスと常に戦わなくてはならない。
これが陽キャの人生か。
陰キャも陽キャも、楽じゃないんだな。
そういった目があるからか、真冬ちゃんもさすがに街中ではくっついてきたりはしない。
電車でも扉の隅に立ち、スマホを取り出して一人いじり始める。
悪目立ちはしない、だって、必要以上に目立ってしまうのだから。
「お兄ちゃん」
小声で呼ばれ、顔を近づけると、彼女は手にしたスマホで写真を撮った。
カシャってシャッター音が車内に響くと、それなりの視線を集める。
「お兄ちゃんとお出かけ中っと」
「……真冬、ネットに投稿しているの?」
「うん。BeeRealっていう、友達だけのSNSみたいなの」
「それってあれ? 二分以内に投稿とかってアプリ?」
「そそ、それ。他のSNSよりも閉鎖的だから、LIMEに近い感じ。写真一枚で炎上しちゃうからね、怖くて他のSNSじゃ写真なんて投稿できないよ。あは、さっそくコメントついた。お兄ちゃんカッコいいって。クラスの子は全員使ってるんだ。これ投稿しないと仲間外れにもされちゃったりするから、結構重要だったりするんだよ?」
確か、神成君たちも使ってるんだよな、BeeReal。
僕のスマホにはもちろん入ってないし、姫野宮君も入ってなかったはず。
……家の惨状を知られたくなかったんだから、当然か。
真冬ちゃんの部屋だけ綺麗だったのも、BeeRealの為だったりするのかな。
「あ、そろそろ駅だね」
「うん。真冬、今日って結局、何を買いに来たの?」
「えへへ、内緒。ついて来てくれれば、それでいいから」
ここまで来て内緒なのか。
相も変わらず恋人繋ぎのまま、僕と真冬ちゃんはショッピングモールの中を突き進みむ。
そして。
「ねぇ、真冬」
「ん?」
「兄ちゃん、外で待っていたら、ダメかな?」
到着したのは、女の子用の、下着専門店だった。
全体的にピンク色をしたファンシーなお店は、それだけで男の足を止める。
けれど、僕の足は、繋がれた手によって、止まることを許されない。
「ダメ。一緒に可愛い下着選んで欲しいの」
「真冬が選んだらどれも可愛いから、大丈夫だよ」
「ダメなの。一緒に選ぶことに意味があるの。ほらこれ、可愛くない?」
周囲の視線を気にしつつも、真冬ちゃんが指さしした下着へと視線を落とす。
ピンク色のフリルがついた可愛いブラとショーツのセット。
真冬ちゃんは手に取ると、裏のサイズを確認し始めた。
「ん-、私そろそろCカップなんだよねー」
そうですか。
確かに、背中に感じた胸はそれなりだったもんね。
服の上から胸にあてがって、ニコニコ笑顔。
「どう? 可愛い?」
「うん、可愛い。試着とかしないの?」
何気ない一言だったんだけど。
一歩近寄ると、真冬ちゃん、イタズラな笑みを浮かべてきた。
「見たいの?」
「そういう意味じゃない」
「お家に帰ったら、見せてあげるからね」
「だから違う」
「またまたぁ、毎日私の下着見てるくせにぃ」
それは洗濯物であってだな。
妹との買い物って、こんなにもショッキングな感じなのか。
一人っ子の僕には、何もかも刺激が強いよ。
やれやれと額に手をあててため息を吐くと、視界に、何か変な物が入り込んできた。
……黒い、Tバックがある。
現実に存在したんだ。
うわ、こんなの下着とは言えないでしょ。
どこを守るんだよ、これ。
「……そういうのが、いいの?」
「え? いやいや、違うからね?」
「いいよ、大事な日の時のために、買っておくから」
大事な日って、なに?
お兄ちゃんもうよく分からないよ。
「後はやっぱり、ブラトップが楽でいいかな。夏も近いし、キャミワンピだけで歩けるのって大きいよね」
「そだね」
「家の中なら、下もショーツだけで歩けるしね」
「それはヤメテね」
「わ、お兄ちゃん、見てみて、紐パンがあるよ。お兄ちゃん、こういうの好き?」
なんて答えるのが正解なんだよ。
好きっていうのも変だし、嫌いっていうのもなんか変じゃない?
「引っ張ったら、取れちゃうんじゃないかな」
訳が分からないままに、訳が分からないことを口走ってしまった。
目を細めながら、ピンクのリップが塗られた唇が、僕へと近づく。
耳に手をあて、囁くように真冬ちゃんは言った。
「……じゃあ、帰ったら引っ張らせてあげるね」
あああああああああああああああああああああああ!
超ド級のASMRだよ! 耳が幸せしか感じないよ!
なんなのこの子、兄妹愛が深すぎじゃない?
そしてしっかりと、紐パンもTバックも籠の中に入っているのですが。
真冬ちゃんが他に意識を向けている時に、そっと籠の中から取り出して、店員さんに渡した。
店員さんも分かってくれたのか、ハの字にした眉のまま受け取ってくれたものの。
中学二年生を舐めたらダメだな。
コテンパンにやられちゃいそうだ。
「あれ? なんか、お会計が安い」
「いいの、お買い物終わらせて、次に行こ」
「あ、うん……お兄ちゃん、勝手に戻したでしょ」
知りません。
エッチな下着は、高校生になってからにして下さい。
いや、高校生になっても兄ちゃんの前じゃ披露しないで下さい。
そして、次は約束していたスイーツのお店なんだけど。
「あ、ここ行くんだ? でもここ、予約必須だよ?」
「え? そうなの?」
「うん。私も行ったことあるけど、遅くても前日予約じゃなかったかな」
昨日、佐保たちと行ったお店なんだけど……確かに、予約制となっている。
列も出来てないし、スムーズに入れるのかと思ったら、そういうことか。
「ごめん、気づかなかった」
「ふふっ、いいよ」
真冬ちゃんは笑顔で許してくれたけど、完全に僕の落ち度だな。
昨日は昨日で、それどころではなかった、というのが本音だけど。
どちらにせよ入る事が出来ない、じゃあ他のお店に行こうかといった所で。
「あれれぇ? 姫野宮君じゃーん」
ちょっと間の抜けた声で呼び止められた。
声の主は、ほんわか雰囲気の小倉餡子さん。
ボブにした髪を揺らしながら僕達に近づき、そして真冬ちゃんを見て一言。
「え、姫野宮君、もう浮気?」
「違う」
「昨日あんなに感動したのに?」
「だから違う。この子、妹の真冬」
紹介すると、真冬ちゃんは笑顔を作り、ぺこりとお辞儀をした。
「妹の真冬です、いつも兄がお世話になっております」
「わわっ、凄く丁寧。こちらこそありがとうございますぅ」
真冬ちゃん、キラッキラの余所行きの笑顔だな。
こんな笑顔されたら、大抵の男は落ちちゃうよ。
そして無論、落ちちゃうのは男に限らない。
真冬ちゃんを上から下まで眺めた後、小倉さんは感嘆の息を漏らした。
「顔も凄く綺麗だし、スタイル良すぎじゃない?」
「そんなっ、でも、ありがとうございます」
真冬ちゃんは謙遜するものの、小倉さんの意見は分かる。
次元の違う可愛さっていうのかな、モニターの中にいるべき可愛さなんだよな、真冬ちゃん。
アイドルとかアニメキャラクターといった、偶像的なレベルで可愛いと思う。
「はぁー、でもまぁ、姫野宮君の妹さんというなら、この可愛さもどこか納得かなぁ」
「……だろ? にしても、佐保達はライブに行ったのに、小倉さんは行かなかったんだ?」
「ああ、うん。三人分のチケットしか取れなかったんだって」
一瞬、頭の中で某国民的アニメの金持ちが思い浮かんだ。
「私は別に、ライブとかコンサートとか興味ないしねぇ」
「じゃあ、今日は一人でお出かけ?」
「うん。昨日食べ損ねたのがあったから、リベンジしに来たんだ」
リベンジ?
昨日、小倉さん相当に食べてなかったっけ?
「二人は?」
「ああ、俺達もこのお店に行こうかと思っていたんだけど、予約制なの知らなくってさ」
「そうなの? じゃあ相席する?」
「え、出来るんですか?」
「多分。店員さんに聞いてみるから、ちょっと待ってて」
とことことこーっとレジカウンターへと行くと、店員さんと何やらを話し、しばらくしてとことこ戻ってきた。
「いいって」
「え、本当? やった、私、本当は食べたかったんだぁ」
「むっふふー、じゃあお姉さんのオススメ、いっぱい用意してあげるからねぇ?」
「はい! ありがとうございます!」
良かった……と、この時は心の底から思っていたのだけど。
小倉さんの食欲の恐ろしさを、この時の僕はまだ、知る由もなかったんだ。
次話『第二十一話 僕、妹との接し方を間違えたのかもしれない④』
明日の昼頃、投稿いたします。