第十六話 僕、妹との接し方を間違えたのかもしれない。
「お前なぁ! 図書室の撮影の許可とか顔出しとか、もっと早く教えとけよ!」
帰宅後、姫野宮君から怒りの猛抗議の電話が掛かってきた。
「だって、昨日電話切られちゃったし」
「寝る前にLIMEでも送れるだろうが!」
「いや、最近それも出来ないんだよ。真冬ちゃんがずっと側にいるし、桃子ちゃんと杏子ちゃんも構ってって言ってくるし、寝る時は一階の子供部屋で四人で寝ているんだからね? スマホもいじれないって」
「なんだそれ、お前、俺の家でどういう風に過ごしてんの?」
「どういう風って言われてもね……こんな感じだよ」
部屋の扉へと、スマホを近づける。
――直兄! お腹減った! ご飯まだー!
――桃ちゃん、ホットケーキが食べたいのー!
――杏も食べたい! 食べたいのー!
――桃子! 杏子! お兄ちゃん電話してるの! 静かにしなよ!
――やだー! お腹減ったー!
――やなのー! やーなーのー!
スマホを耳へと戻す。
「どう、分かった?」
「お、おお……ったく、桃と杏は相変わらずだな。とにかくだ、何か意見があったら、真っ先に俺に教えろよ? それと、今日お前たちが帰った後に、伊静流さんに衣装着て貰ったんだよな。その写真送るから、どれが一番いいかお前が選べ」
「僕でいいの?」
「ああ、俺にはエルフだとか異世界だとか、そういうのは全然分からねぇ」
「そっか……でも、伊静流さんと付き合うつもりなら、何冊かは読んでおいた方がいいよ?」
「例えば?」
「例えば……アノコイとか」
「あのこい?」
「あの日の恋を、僕達は忘れないって小説」
「それにエルフが出てくんのか?」
「エルフは出て来ないけど、つい最近まで僕が読んでた本だから」
「あー、あの女が読むような奴か。……わかった、全巻買ってくる」
布教してしまった。
姫野宮君がハマるとは思えないけど、販売促進としては良しだな。
「それと、次の撮影の時には、絶対に佐保を連れてくるな。アイツ、意外と細かい所に気が付くタイプだから、最悪、俺達の入れ替わりに気づく可能性がある。というか、連れて来るなら事前に連絡を寄こせ」
「……ごめん」
「佐保のことだ、勝手について来たんだろうけどな」
さすが幼馴染、よく分かっていらっしゃる。
「じゃあ、また明日から宜しく頼むぜ」
通話終わり。
なんとなく溜息。
これだけいろいろ言ってくるってことは、姫野宮君、本気で伊静流さんに惚れたんだろうな。
どこに惚れたんだろ? 何かしらがあったから惚れたのかな?
前に聞いた時は、自分に無いところがどうこう言っていた気がするけど。
――直兄! 電話終わったー!?
――杏ちゃん、お腹へったの、お腹へったのー!
うん、考えるのは後にしよう。
今は可愛い妹達に、美味しいご飯を作ってあげないと。
「あー! やっと直兄おりてきたー!」
「きたー!」
「待たせてごめんね、すぐに作るから」
エプロン付けてと。
ご要望のホットケーキの小さいのをこしらえて、後はシチューハンバーグにでもしようかな。
ご飯も炊けているし、冷凍ポテトが残っていたはずだから、それを添えて終わりでいいか。
「お兄ちゃん、何か手伝おうか?」
「ん? ああ、じゃあ、ニンジンとジャガイモ、玉ねぎの皮むき、お願いしてもいい?」
「うん。いいよ」
真冬ちゃんはピーラーを手に取ると、しゅるしゅると皮をむき始める。
今のうちにフライパンに油を敷いて、温めておきながら、ハンバーグの種をコネコネと。
すると、僕の服の裾を引っ張る、黒髪で前髪が揃った可愛いのが一人。
「直兄! 桃も手伝いたい!」
「じゃあ、このハンバーグを、ぱんぱんって叩いてくれる?」
「ぱんぱん?」
「中の空気を抜くように、ぱんぱんって叩くの」
「わかった!」
「あー! 杏も! 杏もやりたいー!」
「いいよ、はい、じゃあ二人でやろうね」
やっぱり女の子だから、料理が気になるのかな?
ただ、四人でキッチンだと狭いから、桃子ちゃんと杏子ちゃんはテーブルでの作業だ。
「ぱんぱん! ハンバーグ、美味しくなれー!」
「杏子のハンバーグ、お星様の形なった!」
「桃子のはハート! 可愛いし美味しいのー!」
賑やかで何より。
真冬ちゃんが皮を剥いた野菜を、一口サイズにカットしてと。
フライパンの中で炒めると、途端に香ばしい匂いに包まれていく。
きつね色になってきたら、コンソメキューブと塩コショウ、水を入れてと。
「あ、普通のハンバーグじゃないんだ」
「うん。シチューのルウを昨日買っておいたからさ、シチューハンバーグにしようかなって」
「へぇー、お兄ちゃん、なんでも作れるんだね」
「さすがに、なんでもは無理かな」
ん、良い感じの温度になってきた。
「じゃあ桃子、杏子、ハンバーグ、貰ってもいい?」
「うん! いーよー! 桃子のハートね!」
「杏のハンバーグ、お星様なんだ!」
「お、上手に出来たね。じゃあ、このハンバーグをフライパンの中に入れちゃうからね」
「「うん!」」
さてと、ハンバーグが隠れるくらいに水を足して、ルウを入れて混ぜ混ぜと。
「ここからちょっと時間かかるから、桃と杏は手を洗ってきなね」
「はーい! お父さんに桃のハンバーグ食べてもらうんだー!」
「杏も! お父さんに食べてもらうの!」
本当に元気いっぱいだな。
テーブルを片した後、フライパンにケチャップとハチミツを入れてと。
「隠し味?」
「そんな感じ」
真冬ちゃん、ずっと側にいるな。
あんまり近くにいると、緊張しちゃうんだけど。
結構、綺麗なんだよな、真冬ちゃん。
胸くらいまである茶髪のストレートに、通った鼻筋に形のいい耳。
切れ長な瞳に長いまつげ、唇も薄くて小さくて、クラスに一人はいる美形の女の子って感じ。
首筋からのデコルテラインも綺麗だし、指先から爪までしっかりと手入れがされている。
頭のテッペンから足のつま先まで全部綺麗、さすがは姫野宮君の妹さんだ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんってさ、一緒に料理出来る子が好きとか、ある?」
「んー、そうだね、一緒に料理出来た方がいいかもね」
「じゃあ、歳の差とかは、どのぐらいまで許容できる?」
「歳の差? 考えたこともないけど、五歳差くらいかな?」
「じゃあ、年上と年下、どっちがいい?」
「んー、年下?」
「よし!」
よし?
「ああ、なんでもないの。お兄ちゃん、そろそろ完成?」
「あ、うん、そうだね。じゃあ盛り付けするから、お皿出してくれる?」
「うん、いいよ。ねぇお兄ちゃん、これから毎日、私もキッチンに立つからね」
「……構わないけど、料理覚えたいの?」
「それもあるけど……一緒にキッチンに立ちたい、から?」
手伝いたい、ってことか?
手伝ってくれるなら助かるな、料理を真冬ちゃんに任せて、その時間を洗濯物にあてられるし。掃除もしたいし雑巾がけもしたいし、桃と杏の連絡帳も見ないとだし、やる事は沢山ある。
「お父さん、食べてくれるかなー?」
「桃子と杏子の作ったハンバーグなんだから、絶対に食べてくれるさ」
姫野宮君の父さん……姫野宮治平さんは、毎日帰りが遅い。
どんな仕事をしているのか知らないけど、母さん同様に、大人の世界は大変なんだろうな。
五人家族を養っているのだから、大変じゃない訳がないか。
ご飯を食べ終わり、杏子と桃子の宿題を見たり
二人をお風呂に入れたりしたら、時刻はもう二十二時だ。
リビングには僕一人、妹二人は寝室で寝息を立て、真冬ちゃんは自室で勉強をしている。
ちょっと空いた時間、僕も中間テストに向けた勉強をしないとなんだけど。
「……ちょっとぐらい、いいよね」
久しぶりにスマホを起動して、動画投稿サイトを開く。
僕のチャンネル、Under sheep、登録者数55195人。
散歩した風景や日常の光景を動画に残し、編集してアップロードしている。
キャンピングカーの旅動画に似ているかもしれないけど、僕にはそんなお金がない。
アパートにいる時は、七輪で焼いた肉の動画や、窓から見える雨の動画などを投稿していた。
感想には、雨の音が落ち着くとか、肉の焼ける音が好きとか、そんな感じのが多い。
でも、今だと姫野宮家の映像になってしまうから、撮影すら出来ていない。
とりあえず、出来ることをしておこう。
他のフリーキャラクターを借りて、現状報告を喋らす。
実況動画と呼ばれるものだけど、あれは一文字一文字全て手打ちで作らないといけない。
抑揚からキャラの表情まで、全て手作業だ。
内容に合わせて勝手にキャラが表情を変えてくれたら楽なんだろうけど、そこまで技術は発展していない。
ある程度を作成して、プレビュー画面を開き、投稿前の映像を確認する。
これで問題がなければ、そのまま投稿してしまって構わないだろう。
「……ん?」
なんだ、背後から良い匂いが――――って!?
真冬ちゃん!? どうして、いつの間に僕の後ろにいたんだ!?
「お兄ちゃんの、それ」
ヤバイ、見られた。
集中しすぎたか、僕の悪い癖だ。
作業に没入しちゃって周りが見えなくなる。
「え、えっと……」
「……秘密、なの?」
物凄く、顔が近い。
「そ、そう、だね」
「佐保姉にも、秘密?」
「うん……バレたら、退学になっちゃう、かも」
「そっか……それは困るね」
真冬ちゃん、まさか、佐保にバラしたりするのかな。
吐息が掛かるくらいに、顔が近い。
鼻頭が頬に触れる、髪の毛が首に当たって、耳が、真冬ちゃんの耳と重なる。
「内緒にしてもらえると、嬉しい?」
「……うん。そうして貰えると、助かる」
「……じゃあ、内緒にして、あげるね」
ささやくように語る声が、耳に掛かり、熱を帯びる。
後ろから抱き着いてくると、真冬ちゃんは僕の首へと、顔を沈めてきた。
「その代わり……」
ごくりと、喉が音を立てる。
「……一生、私から離れないって、約束してね」
一生、離れない。
え、それどういう意味。
「真冬?」
「ん-?」
「それ、どういう意味、かな?」
「にへへ……そのままの意味」
「僕達兄妹なんだから、一生一緒、だよね?」
「んふふっ、どうだろうねー?」
真冬ちゃん、僕の首筋に噛み付くと、んー! って、声を上げた。
姫野宮君と真冬ちゃんって、こんなにも兄妹仲がいいのか?
「さてと、マーキングもしたし」
「マ、マーキング?」
「お兄ちゃん、一緒にお風呂に入ろうか」
「え、それはダメでしょ」
「えー? 昔は一緒に入ったじゃん」
「ダメです」
「ケチ。じゃあ、しょうがないから、お風呂は止めておくね」
「当然です」
「でも、一緒に寝るのは変わらないから。寝室で待ってるからね、お兄ちゃん」
赤らみを残した笑みを浮かべたまま、ひらひらと手を振って、廊下へと真冬ちゃんは向かう。
えっと、一体どういう心理状態なワケ? 真冬ちゃん、ずっと良い子だったのに。
……考えても分からない。
姫野宮君に相談……も、出来ないよな。
かといって佐保もダメだし。
んんんっ、どうしよう。
いろいろと考えながら風呂に入り、片付けをして一階の和室へと向かうと。
「すー……、すー……」
静かな寝息を立てながら、眠る真冬ちゃんの姿があった。
ただ、寝ている場所がいつもと違う。
昨日は真冬、杏子、桃子、僕だったのに。
今日は、真冬ちゃんが真横に来ている。
このままリビングで寝る……のは、ダメか。
また号泣されても困るし、夏帆さん関係で泣かすのは可哀想だ。
起こさないように、静かに横になって、そのまま瞼を閉じる。
姫野宮君、やっぱり僕、寝る前にLIMEとか出来そうにないよ。
「……んっ」
転がってきた真冬ちゃんに抱き着かれて、抱き枕状態になってしまった。
どうしようこれ、どうなるの、これ。
接し方、何か間違ったのかな。
妹って、難しい。
次話『第十七話 私、彼のことが信用できなくなってきちゃった。』
明日の昼頃、投稿いたします。