第十三話 僕、伊静流さんから嫌われているみたいです。
翌朝、目が覚めると、真冬ちゃんは僕の腕にくっつきながら眠っていた。
夏帆さんを失ってしまった恐怖がそうさせているのだから、しょうがないんだろうけど。
二歳しか、年齢が違わないんだよな。
……。
あんまり見たら、姫野宮君に「俺の妹をそんな目で見てんのか」って、怒られそうだ。
捲れてしまった服を見えないように、布団を掛けてあげてと。
さ、月曜日が始まるぞ。
まずはゴミ出し、それから朝食を作って、僕と父さんの二人分の弁当。
母さんと姫宮君のご飯は、昨日作り置きしたので大丈夫なはず。
桃子と杏子の持ち物も大丈夫、水筒だけ用意すれば良し。
洗濯物は乾燥まで設定して、帰ってから畳めばOK。
指折り数えながら確認。
うん、完璧なシナリオだ。
よし、動くか。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
すると、お向かいさんの家、つまりは佐保の家のカーテンも開いた。
僕だと気付き、窓を開けて佐保が挨拶をする。
「入直、おはよう!」
目の前、佐保の部屋だったのか。
ほとんどリビングにいて、部屋にいなかったから気づかなかった。
まだ髪を結わえていない、起きたてほやほやな顔を赤く染めて、佐保はにっこりと微笑む。
「おはよう……今日から、宜しくね」
「ふふっ、そんなに律儀だったっけ? いつもの時間にお迎えに行くから、待っててね……」
佐保の動きが止まった。
「お兄ちゃん、おはよう」
ベッドから起き上がった真冬ちゃんが、僕にしがみつく。
寝ぐせそのまま、まさに今起きましたよって姿のままで、しっかりと抱き着いてきたんだ。
僕へと鼻を押し付けながら、すんすんと匂いを嗅いで、真冬ちゃんも微笑む。
「お兄ちゃんの匂い……落ち着く」
「あの、真冬?」
「家族なんだから、いーの」
「違う、佐保が見てる」
「え?」
目をこれでもかってぐらいに見開いて、わなわなしながら僕たちを指さしている。
「えっ、えっ……ええええええええええええええええええぇ!?」
そして叫んだ。
朝一番の咆哮は、五月の澄んだ空気をも震わせる。
電線に止まっていたスズメたちも、飛び立ってしまう程だった。
「あの……佐保?」
叫びに叫んだ後、佐保は何も言わずに窓とカーテンを閉め、カチリと鍵を掛けた。
「誤解、されちゃったかな」
「……うん。あの、お兄ちゃん、ごめんね?」
しがみついたままの真冬ちゃんの頭を、優しく撫でる。
真冬ちゃんが悪い訳じゃない。
別に誰も悪くないし、これは事故みたいなものだ。
佐保だって、ちゃんと話せば分かってくれる。
「そっか、そんな事情があったんだね」
ほら、分かってくれた。
迎えに行った時は、死にそうな顔をしていたけど。
今はニコニコ笑顔で、僕の横を歩いている。
「昨日、疲れて眠っちゃってさ。リビングで寝ている僕と母さんが、被って見えちゃったんだろうね」
「真冬ちゃん……そうとは知らず、悪いことしちゃったな」
「大丈夫、真冬もごめんねって言ってたよ」
「そっか、良かった。将来は妹になるんだから、お姉ちゃんとして、しっかりしないとだよね」
言いながら、佐保は僕の手をしっかりと握り締める。
将来は妹……佐保の中では、もうそこまで進んでいるのか。
さすがにちょっと、早いような。
「入直、もし真冬ちゃんが寂しがっていたら、私にも連絡頂戴ね」
「佐保に?」
「うん、私も一緒に寝てあげるから」
握った手に力が込められる。
私が、じゃなくて、私も、なんだ。
真冬ちゃんは妹として割り切れるけど、佐保はそういう訳にはいかないでしょ。
間違いがあったら困るし、真冬ちゃんが寂しくならないよう、今日は帰ったら杏子と桃子の部屋に、僕達の布団を移動させないとだな。
教室に向かうと、いつもの陽キャ集団が「スマホ変えたんなら教えとけよ」と出迎えてくれて。ちらりと視線を姫野宮君へと向けると、彼もしっかりと席に付き、相も変わらず本を読むフリをしていた。
こうして俯瞰的に見てみると、教室で本を読むって、自分から壁を作っているように見える。
友達を作らないようにしていたから、ある意味、作戦は成功しているのだけど。
「なに? まだ霧暮のことが気になるん?」
「ほっとけって、アイツ本の虫なんだから、邪魔したら悪いだろ?」
そういう意見になるよね。
こうして陽キャ集団に囲まれていると、なんか、壁を作るのは損している気がしてくる。
学生なのだから、楽しい集団に混ざっているだけでも、楽しいものなのかなって。
そんな、何もない平和な月曜日。
けれど、お昼休みにちょっとだけ、クラスに事件が起こった。
「あの、霧暮君、いますか」
伊静流早蕨さんが、僕達のクラスを訪れたのだ。
静かな佇まい、長い黒髪は肩甲骨まで伸び、眼鏡の奥の瞳は宝石のように美しくて。
細身でスタイルの良い彼女がクラスに来ただけで、教室内が静まり返る。
「霧暮ならどこかに行ったけど。伝言、預かろうか?」
なぜ、神成君が真っ先に対応に向かう。
なぜ、インナーカラーの金髪を伊静流さんに見せつける。
というか染めていたのか、隠してあったから全然気づかなかった。
「あ、別にいいです」
「まぁそう言わずに。どう? 教室で待っていても構わないぜ?」
おお、ナンパしている。
学校内でナンパとか、よく出来るな。
「結構です。以前もそこの人にしつこく声を掛けられましたけど、不純異性交遊は絶対にしませんので」
そこの人……え、僕?
あ、姫野宮君、声かけたって言ってたっけ。
すっごい嫌われようだな。
伊静流さん、僕の前だとあんなに良い子なのに。
結局、神成君の誘いを断って、伊静流さんはどこかへといなくなったけど。
あれかな? 動画の件についてだったのかな?
姫野宮君にLIMEだけでも送っておこうかな。
くいっくいっと、服を引っ張られる。
見ると、そこには青筋を浮かべた佐保がいた。
「ねぇ入直」
「ん?」
「今の話、私が納得するまで、ゆっくりと聞かさせて貰っても、いい?」
「今の話?」
「とぼけるつもり? しつこく声を掛けていたって、今の子言っていたよねぇ?」
語尾が強い。
女子四人が、僕を完全に敵視している。
こういう時はアレだ、下手な言い訳をしない方がいい。
「可愛かったから、つい声を掛けちゃったんだ」
「ふぅん、入直は可愛かったら、誰にでも声かけちゃうんだ」
「今はしない、今は、佐保がいる」
じっと、誠実な眼差しを向ける。
腕組みした佐保は視線を逸らすと、やがて顔を赤面させた。
「ふ、ふぅん、まぁ、そう言うなら、許すけど。でも、二度目はないからね」
「ああ、分かった。気を付ける」
良かった、許してくれた。
下手な嘘を吐くと、後でこじれる。
過去の姫野宮君がしたことは、それはそれで事実だから、僕も受け入れるしかない。
「にゃにゃ? まさかまさか」
ずいっと、姫川さんが僕達へと迫った。
姫川花梨さん、垂れ目な彼女は僕達を交互に見た後、手でハートマークを作り上げた。
「こういうこと?」
告白したこと、佐保も伝えていなかったのか。
目だけで彼女を見ると、静かに頷いていて。
「にゃはー! お祝いだー! 今度の土曜日、一緒に甘いの食べに行こうよ!」
「え? なになに? 何か良いことでもあったん?」
「神成―! アンタ先こされちゃったねー!」
「は? どういう意味?」
陽キャ集団は、賑やかだからこそ陽キャ集団なのだ。
僕と佐保の恋人関係が暴露されると、それはもうお祭りが始まってしまう。
しかし、これで僕と佐保はクラス公認のカップルという事なんだけど。
元に戻らないことを、切に願うしかないな。
次話『第十四話 僕、狙われているみたいです。』
明日の昼頃、投稿いたします。
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滅茶苦茶やる気が出ました!




