第十一話 僕、やっぱり寂しいです。
母さんに高校合格のお祝いで買って貰った、僕の大切なスマホ。
最低限の契約だから、wifiの無い場所での通信はしないようにしている。
動画編集は素材さえダウンロードしておけば、通信せずに編集が可能だ。
だから、移動中とか、図書委員の最中とかは、一人で編集していたりする。
素材もフリー素材、音源もフリー素材、喋らせるキャラもフリー素材。
スマホだって本体価格一円なんだ、何から何まで無料だけど、楽しさは無限大。
「伊静流さんの歌っていた歌って、原曲ある奴だろ? 結構有名な歌手だから、そのまま使っちまえばいいんじゃねぇのか? ほら、良くあるだろ、歌ってみた、みたいなのさ」
「そうだけど、結構アレって著作権絡みで大変だったりするんだよね。基本的に動画投稿サイトが歌詞に関しては保証してるらしいんだけど、音源はまた別だったりさ。背景の絵とか映像だって権利関係が発生するから、ちゃんとした所から使わないと、後で伊静流さんが困る事になるよ」
有名所の歌なら、動画投稿サイトが著作権管理団体を通して許可を出している事が多い。
でも、音源に関してはまた別の問題があるのだけど。
曲名、オフボーカルで検索……あ、あった。
うん、これで音源も問題なし。
「今なにやってんの?」
「これも、著作権クリアの為に必要な作業なんだ。音源製作者が許可を出している場合、動画投稿サイトにオフボーカルで音源を投稿してる場合があるの。それを使うのなら、音源著作権の問題はクリアできる。使用上の注意事項とかあったりするから、そこに気を付けておけば大丈夫なんだ」
クレジットを記載すればいいだけだな。
これなら動画の最後に載せて、後はタイトルにも付けるよう伊静流さんに伝えれば大丈夫だ。
「さて、背景だけど。ここは僕が作ろうかな」
「背景を作るって、霧暮、絵が描けるのか?」
「ちょっとだけね。影絵の女の子を描いて、背景はフリー素材を使うよ」
伊静流さんの歌を聴きながら、動画の編集を作り上げていく。
ベースは絵本、伊静流さんのイメージはエルフ、シルエットだけの女の子もエルフでいいだろう。
森の奥、湖面に立ち、動物に囲まれながら歌う彼女は、とても想像しやすく、動画も作りやすい。
僕が作る動画みたいに喋らせる必要がないから、結構楽かも。
後は彼女の歌を僕のスマホにダウンロードさせて、動画にあてはめれば完成だ。
「……出来た」
「お、出来たのか、どれどれ?」
出来たばかりの動画を、歌に合わせて起動してみる。
真っ暗な画面から伊静流さんの息遣いが伝わってきて、画面は木洩れ日溢れる森林へと変わる。
一人の少女が現れると、鈴を転がしたような声で歌い始め、森の動物が集まってくるんだ。
時には雨が降り、時には風が吹くも、少女は歌うのを止めない。
やがて少女の耳は伸び、エルフへと成長を遂げる。
愛する人を想う歌。
一人逃げてきてしまった自分を悔やむ歌。
失恋の歌。
誰かに構って欲しくて、誰にも近寄って欲しくなくて。
最後にエルフは、誰もいなくなった湖面に沈み、一人姿を消した。
「……すげぇな」
姫野宮君、動画を食い入るようにして、もう一回最初から観始めた。
この言葉が聞ければ、クリエイター冥利に尽きるってもんだ。
さてと、そろそろ洗濯機の中のモノを干して、冷蔵庫の中身を片付けちゃおうかな。
ん? なんか、外が夕暮れのような気が…………。
「って、四時!? 僕、三時間も作業してたの!?」
「ん? おお、すっげぇ集中力だったぞ」
「しまった、帰って夕飯の準備しないと……ああ、どうしよう、冷蔵庫の中身も片づけ終わってないし、洗濯機も止まっているし、部屋の掃除も寝室も全部終わってない。ああん、しょうがない! 姫野宮君!」
「ん?」
「動画作ったんだから、手伝って!」
「お? お、おお、わかった! タオル畳むぐらいなら任せておけ!」
ええええ……それ、杏子ちゃんと桃子ちゃんレベルじゃないか。
姫野宮君の家事レベルは小学二年生レベルかよ。
……やめた、愚痴る時間が惜しい。
まずは期限のある食料から一気に片づけるぞ。
ぱたぱたと片づけをして、なんとか一時間で片を付けることが出来た。
冷蔵庫の中はほとんど空っぽになり、その代わり冷凍庫が作り置きで埋め尽くされている。
洗濯物も母さんの物は片付け終わったし、いま洗濯機で回ってるのは姫野宮君に任せよう。
掃除もよし、床にゴミ無し、集めたゴミはベランダ、明日ゴミの日だからOK。
「じゃあ、僕帰るけど……そういえば、なんだけどさ」
「ん?」
「今日って、母さん、どこに出かけたの?」
日曜日なんだ、仕事は休みのはずだけど。
「仕事なんだと。漫画家が逃げたとか? 今頃新幹線で愛知の方じゃねぇかな」
「そっか。やっぱり、休ませるのって難しいよね」
「ああ、だが、諦めねぇよ。日曜日働いてんだ、明日はなんとしても休ませるつもりだ」
「……そっか、頼りにしてるよ」
「まっ、良子さんは俺に任せておけって」
なんか、母さんを下の名前で呼ばれると、ちょっと嫌だな。
しかも顔が僕なんだ、僕が甘えているようにしか見えない。
「なんだよ」
「いや、別に」
気にしすぎか。
彼は彼で、母親という存在を特別視しているみたいだし。
母さんが異常な状態だというのは、間違いないんだしね。
じゃあ帰ろうか、という所で、姫野宮君に呼び止められた。
「ああ、そうだ」
「ん?」
「佐保の返事な、なるべく早めの方がいいと思うぞ」
「……そうなの?」
「ああ、アイツ昔から思いつめる所あったりするからさ。昨日の返事保留したんだろ? 多分、もうダメだって思いつめて、泣きまくってると思うんだよな」
……さすがだ。
やっぱり、姫野宮君は久栗さんの幼馴染なんだね。
「なんだよ」
「いや、別に」
「ちょっとに、まったく同じやり取りしなかったか?」
「ふふっ、したかもね。アドバイスありがとう、さっそく久栗さんの家に行ってみるよ」
アパートを出て、階段を降り、足を止めて振り返る。
自分の家なのに、今は自分の家じゃない。
寂しさが無い訳じゃない、自分の家なんだ、当然だ、寂しいに決まっている。
霧暮素直の人生を十五年、歩いてきたんだ。
このアパートで母さんと二人、ずっと。
……、入れ替わりか。
なんで、僕達は入れ替わっちゃったのかな。
「あら? 素直?」
「……え」
「あらやだ、ごめんなさい、息子と見間違えちゃった」
いつものスーツ姿、アップにまとめた髪、ヒールのある靴。
母さん。
もう、帰ってきたんだ。
「でも変ねぇ、身長から顔つきまで全部違うのに、どうして息子と勘違いしたのかしら?」
夕暮れで真っ赤に染まる空の下で、母さんは不思議そうに顔に手を当てた。
急に寂しくなって、母さんって言いかけて、歯を食いしばって止める。
「きっと、今さっきまで霧暮君の家に、お邪魔していたせいかもしれませんよ」
「あらそうなの? 貴方、素直のお友達?」
「はい、姫野宮入直っていいます。霧暮君とはクラスメイトなんです」
「そうだったの! あらあら、ずいぶんとカッコいいお友達が出来てくれたのね! 上がっていく? ちょうどお菓子を貰ってきたところなんだけど」
優しいな、母さんは誰にでも優しい。
「大丈夫です。それよりも、霧暮君、冷凍庫の中に沢山作り置きしたみたいなんで、きっと驚きますよ」
「そうなの? 最近全然料理してなかったのに。無理してないといいんだけど」
「……じゃあ、僕はこれで」
もう十五歳だろ。
母さんに甘える年齢じゃないだろうに。
なんでかな、物凄く、泣きたい。
「ねぇ」
振り返れない。
きっと、酷い顔していると思うから。
「いつでも、ウチに来ていいからね」
無言のまま頷いて、そのまま走り出した。
見られたら、きっと母さんなら気づいてしまうから。
気づいて欲しいと、思ってしまっているから。
全力で走って、途中からバスに乗って。
家に到着する頃には、既に午後の七時を回ろうとしていた。
帰ってみんなのご飯を作らないといけない。
でも、その前に行かないといけない場所がある。
久栗さんの家。
彼女からの告白の返事を、伝えにいかないと。
次話『⑫第十二話 僕、告白します。』
明日の昼頃、投稿いたします。




