ディラン・ブラント(上)
全3話のつもりです。
早くて3日、遅くて一年で終わらせたいです。
ディラン・ブラントはとある村に生まれた。
漁業が盛んな村で塩の匂いがした。
村民は船に乗って網を使って漁業をした。
そんな村で生まれたディランは父親に連れ出されよく手伝いをさせられた。
手伝いと言っても子供にしては重労働。
この時ディランは農村の存在は知らなかったから農業を手伝う村の子供と比べることもできないが、とにかく疲れることは確かでとても好きではなかった。
「おい、まだ子供なのに働かせすぎじゃないのか?」
そんな声がしばしば父に掛けられていたいたのも事実だ。
だから、のちに思えば同じ村に居た普通の子供よりも多くのことをさせられていたのだろう。
しかし、そんな手伝いも少しだけ年月が経ってふと思ったときにはだいぶ量が減っていて父親に連れ出されることもめっきり減っていた。
そもそも漁業と言っても、村からそう離れるわけではない。
村の沖からでも縄を使って漁獲をしているのが見えるほど。
大抵はそれほど近い場所での仕事だった。
当時のディランが知らなかっただけで、もしかしたら船を出して遠出をしていたかもしれないが、彼が仕事を手伝うときは大抵船から村が見える程度の場所でのものだった。
だが、それでも海は甘くはない。
まだ五つ六つの子供が船に乗るなどおかしな話ではあったのだ。
だが、そんな父の過剰な行動も今にして思えば、将来のためを思ってなのか、自己満足なのか、とにかく子供に多くを経験させたがる気質に端を発したものであったのだろう。
◆
そんな父の気質に端を発する出来事は数あれど、やはり最後で尚且つディランの人生に大きく影響を及ぼしたとある出来事はどうしたって頭から離れるものではなかった。
それは、ディラン・ブラントが剣と出会うきっかけのものであった。
ディランがこの出来事によって剣と出会う。
その表現は嘘ではないが、実際剣が身近なところにないと言った事ではなかった。
村の少年たちは自分の家族に木剣を作ってもらって「戦争ごっこ」をするなんて言うのは珍しい話ではなかったのだ。
当然ディランも参加をしたことはあった。
と言うか、それだけが村の子供たちの遊びだった。
木の剣と盾を持って振り回す。
剣が体に当たれば「戦死」。
そんなルールだった。
七歳の時には手伝いに無理やり行かされる回数が減っていたため、毎日のように参加していた。
とは言っても、ディランは弱かったのだが。
一番と言ってもいいほど、彼は弱かった。子供たちの間で一番最初に軽くあしらって倒すと言う共通の見解を持たれるほどには。
だが、それでもどうしても楽しくて参加をしていた。
そんな日々を彼は過ごしたある日、一人の男がこの村に流れ着いた。
男は満身創痍の身体で、三日三晩寝込んだ。
責任をもって村でも一番の腕利きだと言う男の家へ引き取られた。
ワイアットと言う名前の男で彼は外の人間を村に入れることを不審がる村民の説得をして看病を名乗り出た。
正義感の強い男だった。
そんなワイアットとその妻が看病をして数日後、流れ着いた男は目を覚ました。
男は名乗る。
「私はアドルファス、剣士だ」
剣士。
その役職はこの村にはないモノだった。
そんな中男はそう名乗り、少しの間滞在させてほしいと願い出た。
その代わりに、野盗の退治や剣を教えるからと。
しかし、そんな話を村の連中は素直に受け入れることはなかった。
野党の対処は村の男衆で事足りていたし、この漁村で剣を教えてほしいと言った人はいなかった。
無論子供の中にはそう言った者もいた。
だが、自衛のためのそれ程度ならば適性な歳になれば親に教えられる。
とても綺麗とは言えない不格好なそれを振り回せば数の暴力で野盗の対処ぐらいにはことが足りた。
そして主に拒否感を表すのは女衆であったために、実戦における剣の重要性も正確にとらえられているわけでもなかった故にその声は村の相違のようにすぐに広がった。
無論ディランがその流れ着いたと言う男──アドルファスの事情を知ることになった要因もお喋りな母の影響だった。
そしてそれはどの家庭でも概ね変わらなかったようで、子供たちの間でもその話は広がっていた。
そこでこんな話が持ち上がった。
「なあ、ちょっと覗いて見ようぜ」
例の剣士はワイアットの家でかくまわれていると言う。
そんな話を聞きつけた一人がそう提案した。
それに「戦争ごっこ」をしてヘトヘトになって寝転がっていた一同は首を縦に振った。
大人たちは拒否感を出しているようではあったが、子供からしてみればこの村に居ては会う事の出来ない剣士と言う存在。
興味がないわけがなかった。
「戦争ごっこ」で一番弱いディランはすっかりそれが立ち位置に染み付き、子供の中でも腕自慢の少年を先頭に最後尾について行った。
◆
時に、魔物と言うものがいる。
数百年前存在したと言う悪魔が纏う瘴気と言うものに充てられて動物が変異して凶暴化した存在。
すでに悪魔も瘴気も存在しない世界で、悪魔の被害の禍根の象徴でもあるかのように魔物だけは存在した。
魔物は子を成して増えていく。
そのせいで今に至るまで存続しており、一つの脅威として存在していた。
魔物は森の奥に居たり、洞窟を根城にしていたり様々だが、この漁村にも被害をもたらしていた。
それは海にいた。
海に潜む魔物。
それは漁業をする村民にとって目の上のたんこぶであった。
そんな存在の魔物であるが、最近様子がおかしいらしい。
海に生息する小型の魔物を見かけない。
そんな風に思っていると、その原因が姿を現した。
それは、船よりも大きな魔物。
村一の知識人の男によるとその魔物の名前は「ニンギョ」と言うらしい。
そしてそんなニンギョの様子が少しおかしいと言う事で、村の腕自慢、ワイアットは家を空けていた。
そこを狙って子供たちはワイアットの家へ近づいた。
ワイアットの妻のことは子供たちの頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたが、運が良いのか彼女は外出をしていた。
「おい、見ろよ」
「押すなって」
子供たちは茂みの中から顔を出してワイアットの家を見た。
そうすれば、家の外に一人の影があった。
髪の長い壮年男が剣を振っていた。
上半身裸のためか隆起した筋肉が見えた。
脱ぎ捨てた服はこんな村からしてみれば上等な服だった。
村にあるボロボロの服しか着たことのなかった当時のディランにはどんなに高価なものかと思ったが、のちに得た知識を使えばそれが何の変哲もない服だと気付いただろう。
そして皆で覗いていた時一つの声が響いた。
「何かようかい?」
不思議と通るように感じたその声は、今もこちらに一切目を向けることなく剣を振る男のものだった。
気付かれていたことに焦った子供たちが顔を見合わせる中、ディランはただ一点を見ていた。
男の素振りだ。
ディランにはそれが凄いものかどうかなど分からなかった。
ただ意味もなくそこから目が離すことが出来なかった。
「やってみるかい?」
その言葉にやっと我を取り戻した。
今度こそ男はこちらを見て言った。
「いいの!?」
しかし、ディランが何かを言う前に一人の少年が声を上げて茂みを飛び出した。
それはこの中で一番腕自慢の少年だった。
そして、アドルファスも「ああ」と言って指導を始めた。
それを見て次々と茂みを飛び出した他の子どもたちも指導をこうた。
最後にポツンと残ったディランを見てアドルファスは言った。
「君はどうする?」
「やるよ」
ディランは頷いた。
アドルファスは早速皆に指導開始した。
まずは剣の握り方からだった。
丁度「戦争ごっこ」からそのまま持っていた木剣が役に立って、皆が持参したソレを持った。
「上手いね。筋が良い」
「よっしゃあ!」
腕自慢だけあってすぐにコツを掴んで褒められる少年を横目に教えられたとおりにディランも剣を振った。
「ふんっ!」
「少し力が入り過ぎだね。もう少しこう、かな」
手を後ろで組んで皆を順番に見て回っていくアドルファスが一巡して最後にディランを見てそう言った。
他の皆は首を縦に振られて褒められる中、ディランだけは直接手を出されて直された。
姿勢から握り方まで、自分で手本通りにやってもなかなかうまく行かずに手を出されてしまった。
そんなことをして暫く、アドルファスは一度休憩をするように命じた。
一心不乱に素振りをしていた子供たちも座り込んで汗を拭いた。
そしてアドルファスになついたのか一人の子供は言った。
「おじさん。いいもの見せてやるからさ。ちょっとついてきてよ」
いいモノと言って、ディランには一つ思い当たることがあった。
それは少し前、皆が思い思いの「宝物」を持ち寄って作った隠し場所だった。
そして、その時この少年はどこかで拾ってきたとても綺麗な石を持ってきていた。
本人はとても自慢げでそれをアドルファスに見せたいのだとディランは察した。
しかし、それは無理だろうとディランは内心思い、そして実際アドルファスはそう言った。
「私はここから出ていけないんだ。村の皆には嫌われていてね」
ディランも曲りなりには経緯を聞いている。
それならば下手に出歩いて他の物に見つかってはまずいだろう。
だが、まだ子供だ。
理論ではどうにもならないこともある。
結局駄々をこね続けられたアドルファスは頭を掻いて了承をした。
「わかった。だが、バレてはいけない」
そう言って子供たちとアドルファスは人里の方へと降りて行った。
◆
海に近いこの村は程よい傾斜の上に存在している。
海から遠ざかるほど地面は高くなっていて、アドルファスがいた家は村で一番高い位置にあって海から一番遠かった。
アドルファスとワイアット夫婦が住むその家は元は只の山小屋であった。
ワイアット夫婦は新築の家に住まいがあったが、反対を押し切ってアドルファスをかくまう過程で村民から出来るだけ離すことにしたのだろう。
そう言ったわけで、アドルファスと共に宝物の隠し場所に行くとなればこの傾斜を降りることになる。
子供たちは慣れているとはいえ、そう体力があるわけでもない。
それに先ほどまで汗だくになりながら素振りをしていたのだ。
当然休み休み進むことになった。
子供たちは道の脇に座り込む。
そんな中、アドルファスだけは自身の脚で立って不意に顔を頭上に向けた。
それにつられるように一人の子供が空に目を向けて洩らした。
「雲が……一雨来るよ」
雲の動きから空があれる。
そんな予想は村の子供なら簡単にできた。
そして村の人間でないアドルファスも同様に感じ取ったようだった。
いいや、もしかしたらもっと多くを感じ取っていたのかもしれない。
なぜなら。
「皆は帰りなさい」
アドルファスはそう言った。
それに対して子供たちは不満を漏らした。
「えー。雨が来るっつたってちょっとだけだよ。それくらいなら……」
「いいや。雨だけじゃない」
そう言ってアドルファスは海を見た。
子供たちも見るが一様に首を傾げる。
だが「あ」と声を出すものがいた。
子供たちの中で目が良いと専らな少年の声だった。
ただ、暫くして他の皆もそれが見えた。
「魔物?」
誰かが言った。
そしてそれを肯定するようにアドルファスが口を開く。
「ニンギョだ」
その言葉に子供たちは身を震わせる。
大人たちが常々言っているから知っているのだ。
ニンギョの脅威を。
遠くとも目のまえに迫る脅威に硬直する子供たちの身体にポツリポツリと水の球が降る。
その勢いは増して土砂降りになった時、もう一度声を掛けたアドルファスによって子供たちは散っていく。
それにならってディランは家に向かった。
家まで一直線に走った。
身体がずぶぬれになって風邪になっては敵わない。
そう、そんなバカを見るような真似はしない。
だが、脚は止まり、踵は後ろに下がる。
そして、体を翻して走り出した。
あの時茂みから見た素振り。
それがどうしても気になって仕方がなかった。
あのアドルファスと言う男がもし実戦でその剣を振るうのならば。
あの時見たアドルファスの横顔はただ一点を見ていた。
「ニンギョを撃つ気だ」
そう確信した。
◆
後に知ることになったのは、どうしてニンギョが沖に近づいてきたかと言う事。
異変を感じ家を空けたワイアットを始めとする男たちがどうしてニンギョを野放しにしてしまったのかと言うことを。
「あれが……」
男たちは船で海に乗り出し、行方の分からなくなったニンギョの調査に出ていた。
オールを漕ぐような原始的な船。
高すぎる波には耐えることの出来ないそれで海に出た。
そこで、件のニンギョの影を確認した。
「やはりデカいな」
「ああ、だが前に見た時よりも随分と大人しい」
男たちは船からのぞき込んで感想を漏らす。
前回沖の方で見た時よりも随分と大人しく見えた。
姿こそ見えないが海に浮かぶ黒い影は波に流れるだけにとどまっていた。
「探してやっと見つけられるほど動きがない。まるで何かから隠れてるみたいだな」
「隠れるってなにから?ニンギョがか?」
「知らねぇよ。みたいだって言っただけだ」
酷く感覚的な特に意図がない言葉を深堀されて苛立つ声を男は出した。
男からしてみればそんなことはどうでもいい話だった。
結果、その違和感を全体に周知出来ずに半身を失った。
「あ?」
声を出したのは半身を喰われた男ではなかった。
男が失ったのは上半身、喋れるわけがない。
発したのは別の者。
「あ、ぁあああああ!!!!」
先ほどまで会話の相手になっていたものだった。
絶叫。
訳が分からなかった。
男が見た光景は、浮かぶニンギョの下にいつの間にかデカい岩があって、気付いたらその岩がぱっくりと割れて、いや、口を開いてニンギョごと横にいた男を喰らったと言うことだけ。
男が次の瞬間やっと気づいたのは、食われたと思われたニンギョが血を流しながらも必死に逃げようとする姿だけ。
自分の死には気付くことは出来なく、上半身を無くした彼の後を追った。
そして、この時村の腕自慢であるワイアットは別の船から立ち尽くしてみることしかできなかった。
◆
打ち付けるような雨だった。
雲模様はにわか雨だろうと推測していただけに、予想よりも外に出ると言う判断の危険性は増していた。
それでもディランはアドルファスの後をつけるように、いいや、それでもバレてしまうと思って彼を見えるくらいのギリギリの距離を取りながら少し高い位置から負った。
段差の多い村だけに、高い位置は彼を見失いにくかった。
「…………」
雨の中声が漏れた。
打ち付けるような雨なのにどうしてかバレてしまわないかとハラハラした。
だが、ディランのことなど関係ないと言うばかりに、沖で立ちつくすアドルファスに対するように何かが来た。
ニンギョだ。
そうなんとなくわかった。
酷く醜悪な見た目の出来損ないの人型を見て、それは一瞬で分かった。
そして、そのニンギョが血だらけであるのに遅れて気付く。
水に濡れて洗い流されてなお赤い血は流れている。
なぜ?と疑問が湧くも次に見えたそれにディランは理解するしかなかった。
岩だった。
人型の岩だ。
酷く生物的なぶよぶよとした白くほんのりと赤みがかっているような肌。
それに纏うように岩のよう何かが鎧のようについていた。
後に聞いた名前は「イワノヒト」。
海上から飛び出した上半身は海藻を蔓下げ、海水を滝のように落とした。
ニンギョはあれから逃げていたのだと理解させられた。
あれは無理だとディランは悟った。
アドルファスと言う男がいかに実力を持っていようとも勝てる相手ではない。
「はやくっ」
逃げろと、聞こえるはずもない土砂降りのなかで叫ぼうとして視界に彼が映った。
彼は逃げようとはしていなかった。
まるで立ちはだかるようにその場から一歩も動かなかった。
ただ、次の瞬間腰を落とした。
手をかけるのは一本の剣。
イワノヒトは彼の眼前で沖に上がったニンギョを喰らった。
そしてそのままの勢いでアドルファスへ突進した。
打ち上げられた船のように。
それでもその勢いは止まらせずに、彼へと狙いを決めるように。
それに対して、アドルファスは剣を抜いた。
打ち上げられたイワノヒトは少し軌道をずらしたように着陸し、アドルファスは側面を撫でるように剣を抜いた。
嫌な音がなった。
生き物の断たれる音だ。
ぶちぶちと何かが切れる音が聞こえて、魔物は止まった。
◆
以来、アドルファスは村の皆に歓迎された。
あの一件以降、手のひらを返すように称える母親の姿に少し嫌な感じがして、それは子供たち皆が似たような思いをしたと話しあった。
子供たちからしてみれば、散々よそ者に対して愚痴を洩らしていたのをきいているのだから仕方のないことだ。
とは言え、あの一件でアドルファスが好意的に受け入れられて剣を教えるための「先生」として道場を開いたことは多くの子供たちが喜んだ。
あの少しの間で子供たちは剣のとりこになっていたようだった。
その言葉にただし、一人を除いてはと着くのはディランが例外であったからだ。
なにも、アドルファスが道場を開いたことに否定的なわけではない。
ただ、ディランはそこまで熱心に剣に興味がなかった。
あの日までは、彼もこの状況を望んでいたものの、魔物を倒した翌日から子供たちがこぞってアドルファスのもとへ押し寄せて剣を教えてもらう中で苦手意識が芽生えたのだ。
その期間は道場を開いてはいないまでも、アドルファスは丁寧に指導をしてくれた。
そんな中で、いつもディランは上手くできなかった。
皆で並んで素振りをする中で、一人だけ直されるのが途方もなく嫌だった。
それからは、皆がアドルファスのもとへ向かうせいで「戦争ごっこ」も久しくなって、ディランは一人で行動することが多くなった。
早く飽きてくれないかなと願いつつ一人で過ごしていた。
そしてそんな中、正式に道場は始まり、ディランの人生における最後の父親の気質が色濃くでた出来事が起こった。
彼は、他の大人たちから自分の子供が剣を教わっているとでも聞いたのだろう。
そして当然のようにディランは道場に通わされることとなったのだった。