31 恋の道行。
『ガブリエラ』
「強い動く肉壁ガブリエラですが、どうされましたライアン子爵令息」
『話し合いがしたいんだ』
サイドチェストで出迎えたのに。
何だろうか、この不穏な空気は。
「何だか風向きがおかしいので、嫌です」
『なん』
「生き方を変えろ、弱い女になれ、とか言われる前の雰囲気に少し似ている気がするので嫌です。婚約や職についての断りなら書簡を返して頂ければ良いので、では、失礼するよ」
『あっ』
大丈夫、ココはたったの3階。
流石に5階ともなれば真っ直ぐに下に降りるのは危険だけれど、まぁ、この程度なら。
《きゃっ》
「あぁ、すまないねローズ嬢、怪我は無いかな?」
《いえ、少し驚いただけですわ、失礼致しました》
「いえいえ、そら人が降って来たら驚くよね、うん。余談だけれど、このポーズは、不人気なのだろうか」
《いえ、見事なサイドチェストですわ。服の上からでも分かる豊かな筋肉、素晴らしいと思いますが、何か仰られたのですか?》
「いや、喜ばれなかった。幾ばくか和ませようとしたんだが、無視されてしまったんだ」
《鍛える事について造詣が浅い方か、何か、余裕が無かったのでしょうか》
成程。
余裕が無かったのか。
何故。
「すまないけれど、これからココにライアン図書委員長が来る予定だ、何が有ったのか聞き出しておいてくれないかな?」
《畏まりました》
「すまないね、王族の令嬢を使ってしまって」
《いえ、ココでの私は一生徒、教員のお手伝いは寧ろ義務ですわ》
「ありがとう、助かるよ、じゃあまたねローズ嬢」
《はい、では》
逃げ出されるだけでは無く、居合わせたローズ嬢に足止めまでされてしまった。
何故、どうして。
『どうして君に』
《詳細はお聞きしてはおりませんが、あまり、お話しになりたくないのかも知れませんわね》
『全く、理由が分からないんだけれど』
《憶測で言わせて頂きますが、何か、誤解が有るのでは?》
もしかして、メリッサ嬢の事を。
『あぁ』
《ちょ、ライアン図書委員長、そう膝を突かれては私が困ります》
『あぁ、すまない』
《何か有ったのですか?》
『誤解が解けているものだと、思い込んでいて、それが思い込みだと気付き。すまない』
問い詰められないなら、疑いも解けているのだろう。
それは単に僕の思い込み。
僕は彼女に何も弁明をしていないのに、どうして、理解して貰えてるだろうなどと。
《あの、敢えて言わせて頂きますが、気が乗らないご婚約は受け入れるべきでは無いかと》
正直、条件としては全く申し分無い。
寧ろ破格の呈示ですらある。
婚約破棄にしても、離縁にしても、期限に関係無く総資産の半分を慰謝料として僕へと渡す契約。
しかも、どちらが有責だったにせよ、僕へと支払われ僕の損失は皆無。
条件の問題は無い。
いや、寧ろコチラに有利過ぎて怖いと言うか。
何故、どうしてそこまで、僕を得ようとするのか。
『何故、そこまでして、僕なのか』
《私、イーライからそう尋ねられたら、今なら答えられますわ。一目惚れだった、と》
『彼女が、僕に一目惚れを』
《私は内情を知らないので何も。ただ、ご説明が難しい、納得が難しいと言う事は、そうした事かと》
確かに僕は男臭さとは正反対では有る。
けれど、だからと言って、そこに女装が足されてしまうと。
そうだ、女装が条件に。
いや、でも強制では無かった。
何も、強制では無いけれど。
『あぁ、すまない、鐘が鳴ってしまったね』
《いえ、では失礼致します》
こうした事で悪目立ちをしてしまう、と些か警戒していたのですが。
男女共に人気が有るガブリエラさんが関係してらっしゃるからか、この事については特に問題は無く。
ただ、どうしても噂とは何処かで変異してしまうもので。
「ローズ嬢さぁ、ダメだってライアン先輩は」
私は図書室内。
彼は窓の外に座っていらっしゃる。
図書室の窓を開けられるのは、天気や気候の良い日だけ、その優雅なひと時に。
《ケントさん、私、全く彼に気は無いのですが》
「えー、でも教員棟の建物の裏で話し込んでたらしいじゃんか」
《先ず、最近の私の避難場所である事と、ガブリエラさんが降って来たのです》
「あー、でもガブリエラさんの教員室、3階か、成程」
《そしてライアン図書委員長への足止めと事情を探る様にと仰られて、そうした事情になりました》
「あぁ、でもさ、良いとは思わないんだ」
《怖いんです、好きになると何も見えなくなってしまう。政略結婚の道具にすらならない、良くて修道院、悪ければ殺処分かと》
「いや、けどさ」
《こんな女、アナタなら政略結婚相手に選びますか、限度か有るでしょう》
「まぁ」
《私が素直でなかったから距離を置いてらしたんですよね、ごめんなさい、ケント》
離れ、考える事も禁止され。
そうしてやっと、何とか平静を保てているのに。
政略結婚も、何も、私には無理。
《ほれほれ、気を付けるんじゃぞ》
「うん」
僕らは今、クラウドベリー詰みをしてる。
何でかって言うと道沿いの宿屋が休業してしまってて、民家でお世話になってるから。
と言うか、このクラウドベリーに惹かれて滞在してる部分が大きい。
だって市場で1番に高い果物だし。
杏仁みたいな香りで凄い美味しいし、珍しくキャサリンが我儘を言ったんだよね、ココにもう少し滞在して手伝いたいって。
クラウドベリー目当てなのは分かるんだけど、大きな家におばあさんが1人きりで。
だから、つい、気になっちゃって。
お孫さん達が来る筈だったんだけど、今年は来れないから幾らでも泊まって良いって。
でも、家とかボロボロで、毎年来てる気配が無いんだよね。
だから何か、同情ってワケじゃないんだけど、暫くお世話になってて。
あ、それにザリガニ。
ザリガニ茹でたのが凄い美味しいんだよね。
向こうに戻ったら養殖したいねって。
それに、ココ、凄い穏やかで居心地が良いんだ。
平民暮らし、良いなって少し思ってる。
まぁ、今は穏やかな気候の時期だから思えるんだろうけどね、冬はもうマジで引き籠ってるらしいし。
だから保存食作り、僕らも色々と食べさせて貰ってるし、ね。
《ほれほれ、つまみ食いばかりでは昼が食えなくなるで》
「ふふふ、大丈夫、別腹だから」
《全く、肉がそろそろ尽きるで、明日は買い出しじゃな》
「あ、僕らが行くよ、他に何か要る?」
《野菜と、塩じゃな、ボッタくられるで無いぞ?》
「分かってるって、ちゃんと味見して目を離さない」
《それと、好きな物でも買って来ると良い、適当に料理してやるでな》
「うん」
そうそう、おばあさんの料理、クッソ美味いの。
しかもお米も使うからもうね、大満足。
明日はお米入りの肉詰めかなぁ。
《ふぅ、後は煮込むだけじゃな》
「大変だよね本当、生きるのに作るのは当たり前なんだけどさ」
《何でもそうじゃよ、今は機織りも多いで布が買えるが、昔は自分達で糸や毛糸にし、染めて縫とった。家具も何もかも、全部、自分達で作ってたものじゃよ》
「ココの物、全部おばあさんが?」
《ばあさんのばあさんから、それに爺さんとも、子供に孫も。ほれ、その膝掛けは孫じゃよ》
おばあさんが大事にしてる膝掛け。
太い毛糸でパッチワークみたいに編まれてて、偶に端糸がはみ出てて、それを見付けてはいつもニコニコして。
ちょっと物悲しいけど、幸せそうで、良いなって思う。
『屋根の修理が終わりましたけど』
《あぁ、大変じゃったろうに、ほれほれ休みなさい》
「お茶淹れるね」
《ハーブティーにしてやるでな、お湯を沸かしといておくれ》
「はーい」
常識とか歴史とか勉強しまくってて、こうして過ごした事って実はあんまり無いんだよね。
だってさ、もう気になって気になって仕方が無いじゃん。
で、胃腸を壊して。
本当、アホだったわ。
《ほれ、良い香りじゃろ》
「うん」
『ありがとうございます』
ウォルターは家の修繕、パトリックは釣りとかザリガニ捕り。
キャサリンは繕い物。
何か、本当に家族みたいなんだけど。
《相変わらず固いまんまじゃな、お貴族様は》
「本当、疲れた?」
『いや、まだ動けますよ』
「体力バカ」
《元気が1番じゃよ、うん》
離れを使わせて貰って、結界張ってるから良いけど。
ね、家族と一緒の家ではね、ちょっと気まずいのが難点なんだけど。
居心地が良いんだよね、本当。
それに冬は大変だって言うから、せめて保存食と家の修繕だけは済ませたいんだよね。
《今日はお魚だよー》
《おぉ、良く捕れた良く捕れた》
「僕捌いてみるよ」
《怪我するで無いぞ?ウチのは良く切れるでな》
「うん、注意する」
夕食は芋と魚の香草焼きと、ベーコンと野菜のスープ、それとパン。
おばあさん、早起きだからって毎朝焼いてくれるんだよね、それもまた美味しくて。
《良い感じにムチムチしてきたね、特にお尻》
『触り心地が良くなった』
「何でお尻から先に付くんだろ、不思議」
旅には便利だけどさ。
この体、まだ男なんだけどなぁ。




