30 止まった時間。
《わぁ、懐かしい名前、ほら》
『あぁ、学園に出向しているのか、ガブリエラは』
「ガブリエラ?知り合い?」
《後輩、男装の令嬢なんだけど》
『どう見ても男にしか見えないんだ』
「へー、じゃあ僕と真逆?」
《そうだね、確かに》
『生まれる場所を互いに間違えたのかも知れないな』
《だね》
「居るんだ、僕の真逆、会ってみたかったなぁ」
《惚れちゃうかもね、凄い強いし》
『技術を凌駕する力技だったからな、今は近衛の班長だ』
「へー、本当に真逆だ」
《んー、そうなると会わせたくないかも、中身も潔い男みたいな子だし》
『子女にモテる程にな』
「そのモテモテさんからの手紙なの?」
《ううん、もういつでも事故死して良いよって》
『補佐に回ってくれる役だ』
「あぁ、成程ね。任せるよ、いつでも良いよ」
《良いの?魔道具が無くてもイーライには戻れないんだよ?》
「せめて使い勝手の良い状態で居たいんだ、前のままだと、しがらみが多過ぎるし」
『友人にも、イーライとしては会えなくなるんだが』
「ケントの事は少し気になるけど、僕の事を気に病んで死ぬ様なヤツじゃないし、アイツには友達だって居るし。まぁ、大丈夫でしょう」
《ごめんね、辛い覚悟をさせて》
「いや、そこは本当に周りを信じてるし、いざとなればどうにかしてくれるでしょ?」
『あぁ、出来る限り何とかする』
「うん、信じてる、だから3人で幸せになろうね」
まだ魔道具は見付かって無いし、神様にも会えて無い。
けど、イーライはココで死ぬ。
この覚悟が対価になれば良いんだけど、受け取って貰えるかな。
《ガブリエラ騎士爵って、様々な通り名が有るそうですけれど》
「猛獣、動く肉壁、喋って動く肉壁。男女、化け物、百合の似合わない天使。どれの事が聞きたいのかな?」
《まぁ、凄い》
「遠慮しないで良いんだよ、それともリンゴを砕いてみせようか?」
「それ勿体無くないっすか?」
「ケント君、そこはこう、お皿に」
《あの、失礼致しますわね》
「逃げられてやんの」
「君が逃がしたんだろうに」
「そら俺の株を上げる為っすよ」
「はいはい、賢い賢い」
「またそうやって余裕ぶっこいて、ライアン図書委員長、ローズ嬢に取られちゃうかもですよ?」
「凄い奇跡が起きる事も有るんだな、祝福するよ」
「えー、好きじゃないんすか?」
「なら、君の言う好きとは何なんだろうか、ケント君」
「性欲以外で?」
「だな、お友達のダブルハンドビッグキャビンの事は除外して、だな」
「好きって、何なんすかね?」
「お前が答えないなら答えないぞ、あははははは」
ライアン先輩は悪いヤツじゃないし、だから少しは水を向けようかなと思ったんだけど。
クッソ最悪なタイミングで、とんでもない所を見ちゃって、さすがのガブリエラさんも固まっちゃって。
「あ、いやアレは何かの間違いで」
「いや、か弱い方が女はモテるもんだ、仕方無い」
メリッサめ、何でライアン先輩に泣き付いてんだよアイツ。
クソが、後で問い詰めてやる。
《何でしょう》
「今度はライアン先輩狙い?節操無さ過ぎじゃね?」
《あ、いいえ、アレは。少し庇って頂いただけで、好意の現れ等では》
「どうだか、つかさ、あの場面俺とガブリエラさんで見ちゃったんだよね」
《説明に行って参りますので、失礼致し》
「いや待てよ、どうしたらあんな風になるワケ?」
《歩きながらご説明させて頂きます》
「まぁ、本当の事なら良いけど」
《突き飛ばされたんです、先輩方に、その先にライアン子爵令息がいらっしゃって、足を捻ってしまい》
「じゃあそんな早く歩くなって」
《嫌なんです、私は応援していたんです、なのに私が障害になるだなんて絶対に嫌なんです》
「イーライの時は無視してたクセに」
《止めて聞くと思いますか?!ローズ嬢に取り入ろうとする者、逆に排除しようとする者が殴り合いをしている様な中で。兎に角、今回は直接お話出来る方なんです、絶対に誤解を解かなくては》
「もし本当に誤解なら、仲を進展させられるかもよ」
《それ、イーライ様の時にも言われましたので却下です》
「いやマジでさ、ちょっと固まってたもんガブリエラさん」
《なら邪魔しないで頂けますかね》
「もう少し後でにしね?ほら医務室も直ぐそこだし、診て貰って包帯巻いて行った方が説得力も増すんじゃね?」
《アナタは誰の味方なんですかね》
「両方、ガブリエラさんと先輩の両方、マジで」
《裏切ったら、家の前で焼身自殺してやりますからね》
「おう、裏切らない」
本当に裏切ったら死んでやる。
本当に、私にはライアン先輩に好意は無いし、本当に転けただけなのに。
最悪、何て日だろう。
『捻挫ね、どうしたの?』
《押されました》
「相手は見て無いんすけど、ライアン先輩が知ってるかも?」
《いえ、走り去る3人が見えただけだそうで、私も後ろから押されただけで見ていません》
『もう男装はしていないのに、酷い嫌がらせね』
《はい、本当に困ります》
「俺、ちょっとガブリエラさんも呼んで来るわ」
《余計な事をしないで下さい、私が行きます》
『ベッドに横になって暫く冷やさせて欲しいのだけれど?』
「マジで余計な事は言わないからさ、な?」
《絶対、ですよ》
「はいはい」
『じゃあベッドへ行きましょうね』
ガブリエラさんには、絶対に誤解されたくなかったのに。
何で、どうしてこんな事に。
「あぁ、そうだったんだね、ごめんよ気が付かなくて」
《本当に信じてくれますか?》
「勿論、そもそも捻挫が本当なのだし、ライアン君は良い男だから寧ろ逆に落とす材料になるのに、何も無いと言っているんだし。ライアン君も見たと言っているんだし、大丈夫。その3人を、どうしてやろうか」
《今回は私の不注意も少し含みますので、次は厳罰化を望みます》
「なら、安静にしているんだよ、こうした怪我はクセになるからね」
《はぃ》
「よし、送っていこう、抱えても良いかな?」
《はい》
「なら、抱える前に。次に何か有ったら、コレを吹くんだよ」
《はい、ありがとうございます》
正直、以降のやり取りについても、良く覚えていない。
ケント君から、もしかしたら誤解されているかも知れない、と言われ。
一瞬、何の事だか分からず。
そしてメリッサ嬢の事だと言われ。
「よし、送って来たよライアン君」
『あ、あぁ、はい』
「何故、彼女を医務室に送ってあげなかったのかな」
『僕と居ると変な注意を引いてしまうと言われ、図書室に戻りました。今となっては、他の者に頼むべきだったと思います』
「物凄く腑抜けている様だけど、何か問題でも有ったんだろうか」
『まだ、少し、整理が難しい事で』
「そう、じゃ、気を付けて」
偽装結婚についても、職についても正式な書簡は貰っている。
けれど、彼女の事がどうしても。
《ライアン図書委員長?》
『あぁ、ローズ嬢』
《どうかなさいましたか?》
『いや、いや、少し良いだろうか。個人的な、婚約について聞きたい』
真正面から、こうして尋ねられた事は初めてで。
それに、何だか少し切羽詰まっていらっしゃる様な、困っていらっしゃる様で。
ライアン様なら身分も確かですし、評判も悪くは無い。
しかも婚約のお悩みなら、お相手は。
《分かりました、ですが少し、場所を移動しても?》
『あぁ、そうだね、構わないよ』
ココは女子寮の前ですから。
《それで、何を》
『どうして、何故、君はあんな態度だったんだろうか』
《コレは、半ば無意識に、無自覚にも不安を感じ誤魔化していた。その事を前提に聞いて頂けますでしょうか》
『分かった』
《私、最初から好きだったんです、とても》
可愛らしい、愛らしいイーライ。
最初は単に照れ屋なのだと。
けれども気が無い事は直ぐに分かってしまいました、あんまりにも私が高飛車だから。
けれども、もし、高飛車では無くなり素直に相対した時。
その時も、同じ態度なら。
もう、そうした事すらも考える事を拒絶し、高慢な態度を押し通すしか無かった。
好かれていない、そんな事を認めてしまえば、私は壊れてしまう。
それ程、好きだった。
所有出来ているだけで満足すれば良いものを、本当に心まで欲しくて。
『好いていたんだね』
《ですが、焦燥感の方が勝ってしまい、全くイーライには寄り添えてはいませんでした》
『もし君が素直に』
《私は素直になれない気持ちも含め、彼の事を好きなのだと思っていました。何度考えても、あの日の私は素直になれる事は無い、それ程に舞い上がっていたのです。こんなに可愛い方と婚約出来るなんて、なんて私は幸せなんだろう、運が良いのだろう。そう思うのが私でもありますから、例え他の道が有ったとしても、きっと結末は同じかと》
『君は、何を学んだのだろうか』
《素直さ、受け入れる事。受け入れて貰う事ばかりを考えず、先ずは真正面から受け入れ、曲解しない。当たり前な事ですが、好意が絡んでしまうと、とても、とても難しくなってしまうのです》
またいつか、誰かを好いた時。
私は同じ轍を踏むかも知れない。
また、誰かを酷く扱ってしまうかも知れない。
だからこそ、もう。
『好意とは、扱いが難しいものだね』
《ですね》
『すまない、ガブリエラとの事で悩んでいるんだ』
《少なくとも、私にはとても良い方ですわ。こんな私の相談に乗って頂けますし、気配りも優しさも持っていらっしゃいますから、幸せになって頂きたいと思っております》
『ありがとう』
《いえ、では、失礼致します》
『あ、それからメリッサ嬢の事も、もし何か有れば』
《承知致しました、では》
ライアン様は、迷っていらっしゃるのでしょうか。
それなら一体、何を、迷ってらっしゃるのでしょう。
本当にガブリエラ様は良い方なのに。




