9話
時刻は12時ちょい手前。
昭人と別れた俺は、駅前に戻ってきていた。待ち合わせ場所に向かうと、そこには既に玲花ちゃんの姿があった。
「ごめん、お待たせ……」
声を掛けると、玲花ちゃんは目を丸くして俺を見た。
「もう着いてたの――って新吾くん顔色悪くない?」
「あ〜……ちょっと……ね」
男同士で口説き合う練習をした結果、俺はそのあまりの気持ち悪さに精神的ダメージを受けていた。
「ふーん……。新吾くん、辛くない?玲が介抱しよっか?」
玲花ちゃんは魅惑的な表情でこちらを心配してきている。
「是非お願いします!」
ありがとう、気持ちだけ受け取っておくね。
本音と建前が逆になってしまった。
「……っ。はぁ?冗談なんだけど、新吾くんキモいよ」
玲花ちゃんはゴミを見る目でこっちを見てきていた。
あれぇ?この娘やっぱ俺のこと、ほんとは全然好きじゃないんじゃない?
「ごめんて……」
俺はシュンとなりながら謝り、肩を縮こまらせた。
「あ……。えっとさ!新吾くん、それより未春ちゃんは?」
俺の様子に玲花ちゃんは何故か慌てたそぶりを見せ、話題を切り替えてきた。
「聞いてなかったでしたっけ?未春なら今日用事で来れないみたいなんです……」
すっかり弱気になったいた俺は、つい敬語で返してしまう。
「わ〜ごめんって!新吾くんそんなに落ち込まないでよ!?玲もそんなにキツく言うつもりなかったの」
「ほんと……?」
「ほんとほんと!っもう!新吾くんってそういう情けないとこあるよね!…………そういうところ、ちょっと可愛いな」
後半はボソボソとひとりごとの様に呟いていた。しかし当然俺はバッチリ聞いており、その一言ですっかり元気を取り戻した。
……やっぱこの娘、俺の事好きなんじゃないの?
「なんだよ〜新吾くんだけじゃご不満かよ〜」
とはいえ、姉ばっかり求められているようで居心地悪さを感じた俺は、精一杯おどけた調子で尋ねた。
「え〜?そうだな〜……新吾くんだけでも嬉しいよ?」
茶目っけたっぷりに返す玲花ちゃん。そんなわざとらしい言葉にも、ついドキッとしてしまう俺。だが言われっぱなしなのも癪だ。俺はここで教わったテクニックを試す事にした。
「嬉しい事言ってくれるね。そうやって普段、男の子たぶらかしてるんだ?」
俺のディスりに玲花ちゃんは目を丸くした。が、すぐに楽しげな顔に変わる。
「もー!玲のことなんだと思ってんの!」
玲花ちゃんはポスっと俺の肩を殴る。
「いてっ!もう、ちょっとした冗談だよ。玲花ちゃんからのリップサービスに、お返ししようかと思って」
「褒め言葉になってないじゃん!ほんと新吾くんっておバカ」
おぉ。確かになんかいい感じに会話できてる気がするぞ。心理学ってすげーな。
「それより、そろそろ行こうよ。玲花ちゃん、今お腹空いてる?」
「う〜ん、まぁぼちぼちかなぁ」
「じゃあとりあえず、近くのカフェにでも入るか」
「あ、それ良い!新吾くんの奢りね!」
「勝手に決めないでくれます!?」
ケタケタと笑う玲花ちゃん。そんな彼女を連れて、俺は駅前の商店街に歩き出した。
少し歩いてると、ふと玲花ちゃんの足が止まる。
「あ!新吾くん、そこにカフェあるみたい。入ろ?」
見るとそこには、一軒のカフェがあった。しかしこの店はあれだ、俺が先程出禁になったばかりの店だ。
「ごめん、玲花ちゃん。他のカフェにしよっか」
「え?なんで?」
キョトンとした顔をする玲花ちゃん。
「それは……そう!あっちに評判のカフェがあるんだよ!そっちにしない?」
咄嗟に出まかせを口にする。
「そうなんだ!じゃあそっちにする!どんなお店?」
「え〜と、なんてとこだったかな〜……」
慌ててスマホを取り出す。そして近くのカフェで検索にかけると、10軒のお店がヒットした。
「あ、このお店とかどうかな?」
料理がお洒落そうなカフェを見つけ、俺は玲花ちゃんにスマホの画面を向ける。
「え、めっちゃお洒落!新吾くんっぽくない!……ハイソぶってる?」
「カフェひとつでなんて言い草だよ……ってなんかこれもう言ったな?」
「いや知らないし」
「まぁいいか。それじゃあ行こう」
5分程歩き、目的のカフェに到着する。日曜の昼下がり。多少の混雑は覚悟していたが、10分もしないうちに店内に通された。
「内装綺麗だね」
言われてから周囲を見渡す。
店内は白色を基調としているのか、壁やインテリアの数々は白で統一されている。そこへ所々に配置された観葉植物の緑がアクセントになってて綺麗だった。
「確かに。落ち着く雰囲気だね」
思ったことがそのまま口から出た。その言葉に玲花ちゃんは一層顔を綻ばせる。俺はこういう時こそレディファーストだと思い、彼女にメニューを差し出した。
店員さんにオーダーを済ませてしばらくすると、料理が運ばれてきた。俺の注文は卵の掛かったペペロンチーノ、玲花ちゃんの注文はビーフシチューオムライスだ。
「美味しそうだね」
「うん!」
玲花ちゃんはかなりご機嫌な様子。鞄からスマホを取り出し、楽しそうにパシャパシャ料理を撮っている。
「あ、新吾くんちょっと手」
手?どういう事かな?
よくわからず、テーブルに乗せてた手をピースマークにする。
「もぉー!違うよ!写真に映るからどけて!」
あっ、そっちか。
おれは手をテーブルから下ろす。
「別に俺の手が映るくらい良くない?」
「良くない!これイソスタアップするから、友達が見たらその……か、彼氏とか、って聞かれちゃうじゃん!」
若干頬を染めて言う玲花ちゃん。やっぱ俺の事好きなんじゃないかな!?
「へぇ〜。俺と二人でカフェにいるの、友達とかに知られるのは恥ずかしいんだ?」
「なっ……!ちがっ!…………。新吾くん、ひょっとしてデートみたいって思って浮かれてない?ちょっとキモいよ」
「あ……はい。すんません……」
あ、あれぇ?上手く話せてたと思ってたの俺だけぇ?てかデートだと思ってくれてなかったんですね、そうですよね……。
「もぉ!今日の新吾くんなんか変!いつもと違う!」
一点して可愛らしく、少し大仰な仕草でぷりぷりする玲花ちゃん。さっきまでの冷ややかな目線とのギャップもあり、とても可愛らしいなと思った。
「玲花ちゃんも、なんか今日はいつもより可愛い……」
思った事を言っちゃった。おいおいおい、死ぬわ俺。
「も、もう食べよ!せっかく美味しそうなのに冷めちゃうよ!」
「へ?あ、うん。……食べよっか」
俺は呆気に取られながらも料理を口にする。そして恐る恐る玲花ちゃんの表情を窺った。
「……なんで玲の顔ジロジロ見んの」
「……あ!ご、ごめん」
こっそり窺うはずが、まじまじと見つめてしまっていた。
玲花ちゃんの顔は、ピンクを通り越して真っ赤だった。
――食事を終えてしばし。
「いや〜、美味しかったね!」
「ね!このお店でよかった!」
俺たちは無事、ぎこちない空気から立ち直っていた。美味しい料理で玲花ちゃんも満足そうだ。
「この後どうしよっか?」
そもそも今日のプランだが、昼食を取ってから映画を観る、というざっくりとした予定なのだ。しかも映画が始まるのは16時、まだ2時間程ある。
「う〜ん……特にしたい事もないけど、新吾くんはなにかある?」
首を傾げて聞き返してくる玲花ちゃん。予想通りの反応だ。俺は口の端をニッと吊り上げた。
「それじゃあ、楽しいとこ行こっか」