8話
翌日の日曜日、10時過ぎ。
俺は駅のホームで待ち合わせをしていた。姉が早速、玲花ちゃんとのデートをセッティングしてくれた為だ。表面上は3人で遊びに行く事になっている。しかし姉は急用で来れなくなる事になっているので、本当は玲花ちゃんと二人きりになる予定だ。
スマホを弄りながら待っていると、こちらに近づく一つの人影に気がついた。逞しく引き締まった足、一歩ごとに上下に揺れる胸板、風の影響を物ともしないセットのされたパーマヘアー。
「新吾くぅ〜ん!待ったぁ〜?」
内股を作ってぴょこぴょことこちらに向かってくる、片瀬昭人の姿がそこにあった。
玲花ちゃんとの待ち合わせ時間は12時。俺はデート前のシミュレーションとして、このアホを呼んでいたのだ。
「ゼンゼンマッテナイヨ。イマキタトコ」
真顔プラス棒読みで答え、昭人を迎える。
「ちゃんと乗っかれよ。俺だけ恥ずかしい奴みたいだろ」
「何か間違いでも?」
「ほぅ。では死にたまえ」
昭人は瞬時に俺の背後に回りこみ、俺の脇腹で指をこちょこちょと動かした。
「あひゃひゃひゃひゃ!ごめ!やめ――ふひひひひひ!」
情けない声を上げる俺。駅を利用する人々の視線が突き刺さる。
「これでお前も恥ずかしい奴だな」
昭人は満足げに頷くと、俺を解放した。
「はぁ、はぁ。……こんにゃろ〜め。全く……。まぁいいや、さっさと行こう。時間あんまないし」
言い返したらまたこちょこちょされかねない。俺は諦めて、昭人を連れて歩き出した。
2〜3分程歩き、近くのカフェへと到着した。店員さんの案内で席に着き、一息吐いた所で昭人が口を開いた。
「新吾にしては珍しい店選びだな。ハイソぶってる?」
「カフェひとつでなんて言い草だよ。まぁ聞いて?実は昨日、姉から女子を落とす方法とやらを聞いてね」
「詳しく」
即答した昭人が、ずいと身をこちらに寄せた。
俺は昨日聞いた恋愛テクニックをかいつまんで昭人に伝えた。
「それで、その練習相手が欲しいから昭人を呼んだって感じ」
何事も上手くやるには練習が一番だ。ぶっつけ本番で玲花ちゃんに試して、失敗しては目も当てられない。それを避ける為にこうして、約束までの間に実践経験を積もうという訳だ。
「わかった。そんじゃあ早速やってみっか。まずは新吾が俺をディスってみろ」
昭人か……。ディスれる事はなにがあったかな……。
少し頭を捻って考えてみる。するとすぐに答えは見つかり、俺は口を開いた。
「昭人ってあれだよね、ちょっと臭いよね。風呂入ってる?」
テーブルの下で足を蹴られた。
「新吾……デリカシーって知ってるか?」
「何も蹴る事ないでしょ!」
テーブルをバンと叩き、昭人に向かって抗議する。静かな店内に音が響き、周囲のお客さんの視線がこちらに向けられた。
「……新吾、デリカシーって、知ってるか?」
「ごめんなさい……」
周囲にペコリと頭を下げ、テーブルから手を下ろした。
「全く……。じゃあここは俺が手本を見せるとするか」
「昭人にそんな事できんの?」
「うちには妹がいるからな。日々の会話でディスりディスられは完璧よ」
それは絶対完璧とは言わない。
俺は不安を感じつつも、昭人に先を促した。
「新吾、お前ってあれだよな、お洒落似合わないな」
「アウトーッ!!」
「なんでだよ!?上手くディスりつつ、すっぴんでも綺麗だって裏の真意まで用意した、考え抜かれた一言だぞ!?」
「誰が聞いてもそんな解釈しないよ!?」
わーわーと店内に響き渡る声で言い争う俺たち。そこへふと、テーブルの横から感じる気配。見ると、店員さんが困った笑顔でこちらを見ていた。
「あの、他のお客様のご迷惑になりますので……」
「「あ、すみません……」」
二人で謝り、落ち着く為にしばし黙る。静まり返った店内は、次第に落ち着いた空気を取り戻していった。
「もうあれだ、ディスりの練習はやめよう」
「そう、だな。それ以外にも練習できることはある。そっちを仕上げてこう」
二人して頷き合い、話を先へ進めることにした。
「じゃああれだね、雰囲気のいいところに連れて行くとこを練習しよう」
"女の子の話をよく聞く"というステップは、男二人では練習出来そうにない。なので、キスできる場所について話題に出したのだ。
「雰囲気のいいところってなんだろうな?イルミとかか?」
「あー、確かにそういう感じだね。でもそれじゃ今日のプランに……」
俺は言っている途中でハッとし、口を手で覆う。
「今日のプラン?……お前まさか――」
「違う違う!練習するにしても、夜まで待てないじゃん?そのプランだと練習できないなぁ〜って、そういうこと!」
俺は慌てて誤魔化した。工業高校生という生き物は出会いがない。人の恋路を見つけようもんなら、面白がってなにをしでかすかわからないのだ。
「ふーん……まぁ確かにそうだな。じゃあどこがいいよ?」
昭人は訝しげな目線を向けるが、俺はそれを無視して話を続ける。
「えーと、静かな公園……とか?」
「それはいいかもな」
昭人はニッと笑みを浮かべる。そしてスマホを取り出すと、ポチポチといじってから俺に向ける。
「こことかどうよ?近くのちょい大きめの公園で、静かでいい雰囲気だぞ」
「これだよ!いや〜、いいとこ見つけるなぁ」
「新吾……さては今日デートだな?」
昭人は乙女のような瞳で、こちらを見つめてくる。
きっも〜。
「嫌だなぁ。そんな訳ないだろう?」
「ほんとか?」
こくこくと頷く。
「でもでもほんとは?」
「何もないって」
「でもでもでもほんとは?」
「しつこいよ!」
俺は昭人のみぞおちに拳を叩きつけた。昭人は体をガクッと崩し、椅子に座り込む。
面倒な際には、暴力が一番だね!
瞬間、俺の足に再びの激痛。
「痛った!なんで蹴るんだよ!」
「一発は一発だ!」
「なんだとこんにゃろー!」
「やんのか!あ!?」
二人して立ち上がり、互いの胸ぐらを掴む。そこへ――
「お客様?」
怒気を含んだ声で呼びかけるのは、カフェの店員さんだった。額に一筋、冷や汗が流れる。
「えーと、これはその〜……」
「当店への出入りを禁止いたします」
ピシャリと言い放ち、店員さんはレジカウンターへ向かって行った。
店を出た俺達は、さっき話に出た公園へ向かっていた。今の時刻は11時を少し過ぎたあたり。
「新吾が悪いな」
「昭人がしつこいからだろ!」
醜い言い争いをする俺達。実に不毛だ。
「それは新吾が……はぁ、わかった!もうやめにしよーぜ」
先に折れたのは昭人だった。その対応に合わせ、俺も頭を冷やす。
「そうだね。こんなんやっててもしょうがない」
「だな。それより、公園はもうすぐそこみたいだぞ」
公園に着き、俺らは園内をブラブラと散策した。
ふと昭人の動きが止まり、俺も合わせて歩みを止める。
「新吾、そこなんかどうだ?」
言われて同じ方向を見ると、芝生の広場が目に入った。
「いい感じだね」
「だろ?行ってみようぜ」
広場へ足を運び、周囲を見渡した。木々で覆われていた園内の通路と違い、広場は遮るものもなく開放的だった。更に見渡すと広場の脇にベンチを見つけ、昭人と共に腰掛る。
「ここ、結構良い感じじゃない?」
「だな。俺ん中の女子な部分がキュンキュン反応してるぜ」
「キモスンギ大統領」
「新吾にはまだこういうのわかんねぇか。まぁ?所詮新吾だしな」
昭人はそう言って、小馬鹿にした様な顔を浮かべてくる。
「はいぃ?本当はそんくらいわかりますけど〜?」
言われた俺は負けじと言い返した。
「きんっも〜」
「ひどくない!?」
「冗談はさておき、キスに持ち込むトーク練しよーぜ」
「……ったく。じゃあやろっか。昭人最初に女役ね」
「わかったわ。新吾くんのアツぅ〜いキッス……期待してるわよ」
「……うへ〜」
こうしてしばらく、昭人といい雰囲気作りの練習をした。