6話
週末の土曜日の昼下がり。
俺は姉に連れられ大型のモールに来ていた。
当然、玲花ちゃんと俺をくっつける手伝いの為だ。
「新吾、女の子を落とすにはどうしたらいいと思う?」
姉から早速とばかりに俺に問いを投げかけられる。その問いに俺はしばし考え込むが、恋愛はラブコメやエッチな漫画でしか知らない俺には正解など分かろうはずもない。結局は無難な答えを出すことにした。
「出会って、共通の趣味とかで仲良くなっていって、えーと、デートとかしたりして、なんかそれっぽい雰囲気になったら告白する……とかかな?」
「ふふ。童貞臭ムンムンの解答ありがとう」
「そこで童貞煽りいる?」
「そんななまっちょろいやり方で女を落とそうだなんて100年早いわってこと」
「答えはなんなんだよ」
姉をジト目で見ながら尋ねた。しかし姉は答えを言うつもりがないのか、俺に何か期待するような眼差しでジロジロと見つめている。
「そうだね、もう一回解答権をあげる。それで正解しなさい。でも答えに掠りもしないようじゃ、新吾に恋愛は到底無理って事だから、協力はお終い。あとは好きに玉砕して」
「犯す」
俺の解答は迅速だった。姉自らお節介をやめてくれると言うのだ。乗っからない手はない。
「お!正解正解!やるじゃん」
「なんで!?」
「じゃあ早速レクチャーを始めようか!えっとまずは――」
俺の叫びは完全スルーされ、姉はそのまま話を進めようする。俺は慌てて姉を遮ると、その言葉に割り込んだ。
「ちょいちょい!ちょっと待ってよ!え、流石に冗談だよね?」
「冗談じゃないよ?」
姉はきょとんと首を傾げた。
まじなの……?ほんとにそれでいいの?
「いやでもさ、普通に順番逆でしょ!?協力したいからって無理に正解にして――」
言い終えぬうちに姉は、俺の唇の端を指で摘み、、チャックをするかのように唇を這わせていった。
「私が喋ってる」
俺は押し黙り、話を聞く姿勢を取る。
「あのね、付き合うって最終的にどういうこと?何がしたいの?」
「え?そりゃ結婚とかじゃ?」
姉は手を横にブンブン振った。
「あ〜、いやそっちじゃなくてね。えーと、将来を添い遂げようっていう恋愛じゃなくて、今好き合ってる、いつか別れるかもって恋愛の場合」
そんな恋愛もあるのか……。でもそれって付き合う意味とかあるのか?
「そんな恋人関係、意味あるのかって顔してる。そこは引っ掛からなくていいよ。それで?そういう恋なら最終目的は?」
俺は頭を巡らせ、すぐに答えにたどり着いた。
「えっちって事か」
「そういう事だね」
俺はハッとして姉を見る。
「え!じゃあ俺玲花ちゃんとえっちすればいいってこと!?」
「あんた捕まるぞ?」
そりゃそーだった。玲花ちゃんは中学生、手を出したりすれば大問題である。
姉はため息をひとつ吐くと、丁寧に話し始める。
「恋人関係のゴールはえっちする事。それはいいね?」
この話を続ける意味はわからなかったが、俺はひとまず頷いた。
「ではいかにえっちをするか。大事なのはそこになるの」
下品な言い方ではあるが、結婚を想定しないのであればその通りだと思った。
「でもそれって結局はさっき俺が言った段階通りなんじゃ――」
待ってましたとばかりに姉は言葉を遮った。
「それは違うよ!」
ビシッと指差して、ドヤ顔を浮かべる姉。
「未春……また俺のゲーム勝手にやったろ?」
「ごめんち。あと……お姉ちゃん、だよ?」
「はいはい。それで、何が違うのさ」
「あのね、実は女の子は好きな男とえっちするんじゃなくて、えっちした男を好きになるの」
「ねぇ、やっぱこの話積んでない?」
今の話と玲花ちゃんと付き合う事が、やはり関係あるようには思えず、俺は口を挟んだ。すると姉は一度考える間を取り、再度口を開いた。
「じゃあ対玲花ちゃん用として話していくね?ゴールはエッチじゃなくて、キスにしよう」
「じゃあキスをすれば俺を好きになるってこと?」
どんなお伽話だ。
「今すぐキスすればいいってもんじゃないよ?だけどキスを大切に取っておく必要はないの。むしろ先にキスをしちゃえば、言い訳として相手を好きになるしかない、って状況を作れる訳よ」
その言葉に、俺は首を傾げる。
「えっと……その言い方だとまるで、女の子は好きでもない男とキスできちゃうって聞こえるんだけど」
「そんなもんよ」
できちゃうんだ。
想像してきた女の子のイメージがガラガラと崩れていき、俺の顔から表情が消えた。そんな俺を見た姉は、ハァとひとつ溜息を吐いてから補足した。
「まぁでも、大抵の女の子はビッチにはなりたくない訳ね。だからこそ、その男の子が好きなんだって信じるようになるの」
そこまで聞いてようやく理解が追いつき、俺は表情を取り戻す。
「つまりは、俺を好きになんなきゃお前ビッチだぞって脅すようなもんか」
「言い方悪。けどまぁそれで合ってるよ」
確かにそれならキスだけで惚れさせるってのも理解でき…………ん?
「ちょっと待って!じゃあやっぱり付き合ってない人とは気軽にキスなんてしようとは思わないじゃんか!」
「それは違うぞ!……ロンパァァァ」
「2まで勝手にやってたのかよ!……ってそうじゃなくて!これは流石に間違ってないでしょ!?」
問い正そうとする俺に、姉は人差し指を立てるとチッチッと横に振った。
「付き合う前でもキスするとは言ったけど、気軽にキスするなんて言ってないんだよねぇ」
「というと?」
「大事なのは付き合っているかどうかじゃなく、キスしたいと思わせられるかって事」
今回は言われてから、すぐにピンときた。
「キスするムードを上手く作るのか」
「わかってきたねぇ。ヨシヨ〜シ」
姉は俺の頭をワシワシと撫でる。流石に周囲の目もあって恥ずかしいので、俺は頭をズラして手から逃れた。そしてコホンと咳払いをし、姉に向き直った。
「結局まとめるとさ、キスする為に必要なムード作りのテクニックを教えてくれるって事でいいんだね?」
「そゆこと〜」
「わかった。でも最後に一つ気になる事がある。結局この話ってどこ情報な訳?」
ソースは重要だ。だからその出所は聞いておきたかった。
姉はふふんと鼻を鳴らすと、満面の笑みで答える。
「大学の友達。心理学を専攻してて、個人研究で恋愛心理を色々調べてるんだって」
「成程ね。大学って色々学べるんだなぁ」
大学がどんな場所かいまいちわからないので、とりあえず当たり障り無い言葉で返した。
「でしょ?ちなみに今回、新吾の行動結果を論文に載せたいって言ってて、お礼にいくらか謝礼も貰えることになってるの」
「いい友達だね。それは俺にもいくらか分け前あるんだよね?」
「新吾は上手くいけば彼女できるんだからいいよね?私もお小遣い稼げて、友達も論文が進む。winwinwinな関係だね」
いや良くないが。
俺は姉に目で抗議した。しかし姉は一銭たりとも俺に渡す気はないようで、話を戻した。
「だからこれから新吾は、お姉ちゃんが教えた通りに実践して、その結果を教える事。上手くいけばキスまで漕ぎつけて、2人は愛でたく恋人関係だね」
ゴクリと唾を飲み込む。俺からしたら荒唐無稽で無謀な話だ。でももし上手くいったなら、俺にも念願の彼女ができる。俺は身震いする気持ちを抑え、姉に向き直った。
「わかった。その方法とやらを教えて欲しい!」
「教えてください、お姉ちゃん。でしょ?」
「あ、はい。教えてください……お姉ちゃん……」
あぁもう、やっぱり締まらないなぁ。