5話 (改稿追加)
読んでくださっている読者の皆さま。
投稿を止めてしまい申し訳ありません。
2章に入ったところでしたが、プロットごと見直し、今後の展開に向けて大改稿を行なっていました。
現在4話までの修正を終え、この5話を加筆で追加いたします。
6話以降の修正も急ぎ行っていき、2章に繋げていこうと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
翌日の朝。
俺は欠伸を噛み殺しながら駅のホームに立っていた。
昨日はあれから妙にソワソワしてしまい、あまり眠れなかった。おまけに今朝も早くに目が覚めてしまい、2本も前の電車に乗ろうという訳だ。
ようやく電車がやってきて乗り込むと、車内は人で溢れていた。後続の乗客も乗り込みぎゅうぎゅう詰めにされていると、ふと前方から甘いココアの様な匂いが鼻腔をくすぐった。
前を見ると、そこには同い年位の女の子……いや、同い年の女の子、しかも知っている子が乗っていた。心臓がドクンと跳ね、緊張と気まずさが体を走った。
成瀬汐音。俺と同じ中学に通っていた女の子……だけでなく、俺が中学時代想いを寄せていた子だ。……しかも告って振られた過去まである。
そんな訳で、会うのが気まずい女子ランキングトップな彼女に気づかれまいと体を捩って反対を向こうとしたのだが……しっかりバッチリ目が合ってしまった。
「……お、おはよう、成瀬さん……。久しぶり……」
俺は吊り革を握ってない方の手を胸元程度に上げ、挨拶をした。成瀬さんは肩をビクッとさせ、こちらを見る。そして目が合うなり顔を逸らした。その顔は朱に染まっている。
「……おはよう、ございます……」
挨拶を返す成瀬さん。そして流れる沈黙。
だ……誰か俺を殺してくれぇ〜〜〜!!
何故いつもより早い電車に乗ってしまったのか、後悔しながら脳内でのたうち回っていると、ふとカーブに差し掛かった電車が揺れた。
ガタッ!!フニョン!
……フニョン?
見ると、揺れた衝撃でバランスを崩した成瀬さんがこちらにもたれ掛かっていた。そして手に伝わる柔らかく幸せな感触。
「……っ!!」
一瞬遅れて、成瀬さんの顔がカァァァッと紅潮する。
「わ!ご、ごめん!!わざとじゃないんだ!!」
慌てて成瀬さんから一歩距離を取り、頭を下げて謝罪を口にする俺。事故である事の強調も忘れない徹底ぶりである。そのまま数秒程頭を下げ、頃合いを見て彼女の顔色をチラッと伺う。依然として成瀬さんの顔は真っ赤だ。
「あ、あの……久我山新吾……」
「は、はい……!」
「その……手も、離してください……」
自分の手を見る。その手は成瀬さんの胸から未だに離れようとはせず、俺の脳内に幸せを伝達させていた。
「ご、ごめんなさい!!」
本能的に張り付いていた手を彼女の胸から引き剥がし、ホールドアップの姿勢を取る。
父さん、お姉ちゃん……そして天国にいるお母さん、ごめんなさい……俺は元同級生に痴漢する犯罪者になってしまいました……。
自らの罪を懺悔し、罰を受け入れる覚悟で無抵抗の意を示していると、そこで成瀬さんが口を開いた。
「あ、あの……もういいですから……。さっきのは事故だし、その……」
未だ頬を赤らめモジモジする成瀬さん。それを見た俺は、恐る恐る尋ねた。
「その、許してくれるんですか……?」
「う、うん……」
その言葉に緊張がほぐれ、肩の力が抜ける。しかし申し訳ない気持ちが溢れて止まない。
「本っっっ当に、すみませんでした……」
「わかったから……もういいので……!!」
「でもなにかお詫びしないと……なんでもしますから」
「……な、なんでも……?」
潤む成瀬さんの視線が俺を見つめる。俺は真剣な眼差しで見つめ返す。そこで成瀬さんは再び顔を赤らめると、口元を手で覆いながら顔を逸らせた。
「……久我山新吾が……な、なんでも……」
ボソボソと呟きながら顔を逸らし続ける成瀬さん。俺は何を言われるのかと内心ビクビクしてしまう。
「……あの、成瀬さん?」
「へっ!?あ……!その、ごめんなさい……!」
「あ、いや……ごめんなさいはこっちだよ……」
何故か謝る成瀬さんにそう返し、お詫びは何がいいかを目で問う。
「えっと……ほんとに気にしなくていいと言いますか、その……あ!しお、駅ここですので!」
電車が停まるや、成瀬さんは急いで降車し去っていった。
残された俺は、成瀬さんと話が出来た嬉しさと、やらかした申し訳なさや後悔、手に残る幸せな感触に頭を掻き乱されながら、降車駅まで悶々とするのだった。
電車でのトラブルから20分程経った頃。
俺は学校に到着していた。朝の学校はシンと静まり返っている。まだ冷たい校舎に、パタンパタンと足音だけが響く。
畑無工業の生徒は、上履きとしてスリッパを履いている。悪さがバレて教師に追いかけられた際、逃げ辛い様する為らしい。なんともウチらしい理由だ。
そんなどうでもいい事を考えているうちに、職員室に辿り着いた。最初に登校した生徒が、教室の鍵を開ける決まりだからだ。
「失礼しま〜す」
ガラリと戸を開き、中の様子を伺う。
「おう、おはよう!あれ、今日は久我山が一番か。珍しいな!」
こちらに声を掛けてきたのは、クラス担任の糸沢和郎先生。まだまだ元気な31歳独身、愛称はイッティーだ。
「おはようございます、イッティー先生。一番手は初なんですけど、鍵ってどこです?」
「鍵はほら、そこの壁に掛かってるキーボックスの中だ」
イッティーの指差す方を見る。そこで気づいた。同じくカギを取りに来ている女生徒に。
確かあの人……瀬谷凛乃先輩か。
ウチの学校は殆ど男しかいないが、男子校という訳ではない。一学年に大体3〜5人程は女生徒が在籍しているのだ。ただし一学年5クラスあるので、クラスに一人いるかいないか、というレベルなのだが。
瀬谷凛乃先輩は、ウチの学校ではちょっとした有名人の2年生だ。
まず女子というだけで注目されるのはあるのだが、先輩は他の女生徒より次元が一つ違うと言ってもいい程の美少女。それに加えて鉄壁という異名が付けられており、それこそが彼女を有名足らしめる最大の理由だ。その由来は、先輩に近づこうという男はどんな男だろうと迷う素振りひとつ見せずにバッサリと断る事から来ており、鉄壁ガード、縮めて鉄壁、という具合だ。
鍵を取った先輩が、職員室から出ようとこちらへ歩み出る。そこで先輩は俺に気づき足を止めた。見ると、目を丸くし、何やら固まった様子でこちらをジッと見ている。
あ、邪魔だったかな。鉄壁と言われる位だし、男嫌いなのかも。
そう思い、俺は道を開けた。
「おはようございます。すみません、どうぞお通りください」
「……あ、おはよう!ありがと!」
そう言うと、先輩は歩みを再開して俺の横を通り抜ける。思ったより明るい態度の人だな、なんて考えているとそこで、フワッと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐった。
「……ッスゥーー」
「久我山、ちょっとキモイぞ」
イッティーにキモがられてしまった。
鍵を取り、職員室を後にする。すると――
「ねぇ!君、名前は!?」
いきなり横から声を掛けられ、ビクッと肩を震わした。見るとそこには……瀬谷先輩の姿。俺が職員室から出るのを待っていたのだろうか。
「え……あ!久我山新吾です!」
「久我山……新……吾くん」
名前を聞いた先輩は、こちらをしげしげと見つめている。
「はい!えっと……何か御用ですか?」
「えっ?あぁ!ちょっと気になっただけ!そんじゃね〜!」
そう言うや、ピューンと走り去っていく先輩。
気になったって何が!?
そんなこんなで、俺の悩ましく慌ただしい朝は過ぎていくのだった。