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下草で見えにくかったのだが、よく見ると先輩は足元もソックスのままで靴さえ履いていなかった。
亡くなったときの服装ということなのだろうか。
茫然として言葉が出ない俺に代わって塩辻が言葉を返す。
「ハア、ハア……いやー、偶然あなたがその包みを担いでこの山に入っていくところを目撃しましてねー。スコップも持ってることだしこれは不法投棄でもしようとしてるのかなーと思って確かめに来たんですよー」
「お前ら、この土地の所有者か何かかっ?」
「いーえー、先程説明しましたとおり偶然目撃した者ですよー」
「あの暗い中で偶然目撃しただあ?」
「ブルーベリージュースの効果で見えたんですよー」
「ざけんなコラ!」
「で、どうなんですー?この夜中そんな包み担いで穴まで掘って『ただの散歩です』じゃとおりませんよー?」
「チッ……お前の言うとおりだ。このゴミを捨てに来たんだよ。でも見つかったんならしょうがねえな。これは持って帰るわ。ここに埋めねえなら文句ねえだろ。通報とかすんなよ」
男はそう言うとビニールシートを担ごうとする。
「そうですかーゴミなんですかー。ゴミってどんなゴミなんです?何か人間1人くらい入ってそうな包みですけど。開けてみせてくれませんかねー?」
「なんでそんなことしなきゃならねーんだ!……ただの汚れモンだよ。おら、もういいだろっ、そこ通せや」
男が包みを肩に抱え、スコップを構えて凄むが塩辻はそれを気にした様子もなく言った。
「あー、ところでー、横でさっきから黙って貴方を睨んでいる『EMOTIONAL』ってロゴのTシャツを着た女性は誰なんです?靴も履いてなくてソックスのままですしー。ゴミの不法投棄のお手伝いにしてはずいぶん軽装ですねー」
「なっ!?」
驚いた男の肩から包みがドサリと落ちる。
俺も先輩が塩辻にも『見えていた』ことを知って混乱していた。
と、脇腹に何か当たるのに気付く。ふと見ると塩辻が肘でつついてこちらに目線を送っている。
そうだ、呆けてる場合じゃねえなと我に返って俺も男に話しかける。
「俺もぜひ知りたいね。そこに立ってる左耳に十字架のピアスをしてるお姉さん。俺の知ってる田賀橋涼香先輩って人にそっくりなんだけど、なんで首が痣だらけになってるんだろうな?」
「!?」
男は大きく目を見開くとこっちに向かって怒鳴り返してこっちに向かってきた!
「ぶっ殺してやるー!!あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ーっ!!」
錯乱した男が叫びながら斜面を転がるように下ってくる。
俺は塩辻を庇うように前に出た。
もちろんスコップを振り回すなんて暴力沙汰に慣れているわけじゃない。
だが、先輩の死を知ったときの衝撃が落ち着いて、改めて集中した俺には、錯乱した相手の動きがスローモーションのように良く見えていた。これもブルーベリージュースの効果か。
「あ˝あ˝っ!」
男が喚きながら斜め上から袈裟懸けに振り下ろしてきたスコップをこっちもスコップを跳ね上げて受け止める。
と、俺の後ろからひょいと横に出てきた塩辻が空いた男の脇腹に横なぎにスコップをゴツッ!と叩きつけた!
「ガッ!?……」
男がスコップを落として脇腹を抱えてうずくまった。
塩辻が自分の上着を脱いでそれで縛って男を拘束していたが、そんなことをしなくてももう男に抵抗の意思は無さそうだった。呼吸が少し落ち着いてきたのか
「りょうか……りょうか……」
と先輩の名前をブツブツ呟いている。
「田賀橋先輩!」
俺はビニールシートの包みに駆け寄りロープの1本を苦労して解き、ビニールシートを少し剥がした。
想像通りそこから出てきたのは田賀橋先輩の奇麗な顔だった。
「田賀橋先輩……」
と、俺の背後から塩辻が叫んだ。
「湖竹君!早くその人を中から出して!」
「え?」
「その人まだ生きてる!間に合うかもしれないよ!」
「ハアッ!?」