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 その夜、バイトが終わった夜中0時過ぎ。新月の闇の中、俺は再び塩辻(しおつじ)と大学講義棟の屋上に来ていた。


「いやー、悪いねー湖竹(こたけ)君。こんな時間に」

「いいって。遅い時間になったのはむしろ俺のバイトの都合だし」

「それじゃあ早速始めようか」


 パックを取り出してコップにあける。

 昼間同様椅子に座って飲み干した後、塩辻がゴーグルを装着した。そのゴーグルは視たものについて、距離や大きさや明度を記録できるらしい。


「昼間はあの病院前バス停の時刻表がギリギリ読めるって言ってたよね。今はどう?」


「ああ、夜でもなんとか読めるな」


「文字の色はどう?」


「うーん、何色かまでは分からんな」


「あの公園の奥のオブジェは?」


「形ははっきり見える。模様も見える……けど色はわからんな」


「あー、これだけ距離があるうえ暗いとねー。形とか濃淡は分かっても色とか質感が分かりにくいよねー」

 

 そんな緩い検証を続けて10分程経った頃、


「ん?車?」


「え?あ、本当だねー……なんでライト点けてないんだろ?」


 視線を移す際に、郊外の山の斜面を無灯火で走る自動車に気付いた。

 結構木も茂っている山であり、ジュースを飲んでいなかったら見えなかっただろう。

 街灯も無いので道を外れないようにするためか、かなり低速で走っているようだ。

 道は山の中腹程にある狭い平地が終点になっており、そこから先は車では進めないはずなのだがこんな夜中になんでそんなとこを走っているんだ?


 やがてその終点に着くとキャップを被って作業着を着た大柄な男性が車から降りてきた。男性はバックドアを開けると車内から大きなスコップを取り出す。

 気付くとTシャツに膝丈のパンツの女性が男性の側に立って作業を見ていた。

 やがて男性は車内から、シートに包まれた人の身長程の細長い物体を引きずり出して、かなり重そうなそれを半ばで折るようにして肩にかけてバックドアを閉め、スコップを掴んで斜面を登りだした。

 女性の方もそのすぐ後についていく。

 その際、これまで見えなかった横顔が一瞬見えた。


「!……車出してくれ!塩辻!」


 俺は塩辻に声を掛け、ダッシュで階段に向かった。 


 ◇◆◇


 数分後、運転する塩辻に助手席から話しかける。


「塩辻、すまないな。巻き込んじまって」


「気にしなくていいよ。そういう事情なら仕方ないさ」


 斜面を登る直前に見せた横顔で気付いたが、山に入っていった男女の女性の方はこの春に大学を卒業した田賀橋涼香(たがはしりょうか)先輩だった。

 面倒見のいい人で、在学中は割のいいバイトを紹介してくれたり、飯を奢ってくれたりと何かと世話してくれた人だ。

 卒業後は離れた街に就職したこともあり最近は会ってなかったが、彼氏が出来たなんて噂も聞いていた。

 男性の方は俺の知らない顔だったが、その彼氏だったのだろうか。


「なあ、さっきのビニールシートに包まれていたのって」


「大きさといい、2人の行動といい、状況といい死体っぽいね。まー僕らの取り越し苦労で『実はゴミの不法投棄でした』なんてオチなら良いんだけど……今のとこ警察には通報しないってことでいいんだね?」


「ああ」


 もし先輩がその死体に関わる犯罪を犯しているなら、せめて自首する時間をつくってあげたい。


「塩辻、俺のわがままで……」


「だから気にしなくていいって」


 やがて道の終点である平地に着く。そこには先輩達が乗ってきた車がそのまま置いてあった。


「着いたね、降りようか」


「なあ、塩辻、お前だけでも車に残らないか?多分危険が」

 

「今更何言ってんの!君1人で行く方がよっぽど危険だっての!あっ、あそこにいるみたいだね、ほら、さっさと行くよ!」


 俺の台詞を(さえぎ)り、いつになく真剣な顔をした塩辻が強い口調で返してきた。


「……本当にすまん」


 山道を登ってくる俺達の自動車に気付いたのだろう。穴を掘っていたらしい作業を中断してこちらを注視している男性が斜面の上に見える。

 女性の方もその近くに立っているが木陰に隠れて顔は見えない。


 武器替わりに学校の玄関から持ってきたスコップを持って塩辻と俺は斜面を駆け上がり出す。

 暗闇の中を一直線に自分に向かってくる俺達に驚いている男性の表情が見えた。

 とにかく俺達から逃げようと思ったのか、男性は地面に横たえたビニールシートの包みに手を伸ばす。

 暗闇の中で焦った男性がもたつきながらも包みを肩に担ぎあげたときにはかなり距離が詰まっており、そのタイミングで俺は塩辻から借りていた強力ライトのスイッチを入れ、それで先輩達を照らして叫んだ。


「誰だ!そこで何をしている!」


「お、お前らこそ誰だコラ!」


 俺の叫びに怒鳴り返した男性に、しかし、俺は何も言うことが出来なかった。

 驚愕して返答どころではなかったためだ。


 もっと早く気付くべきだった。

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 ライトに照らされた田賀橋先輩の身体は向こうの景色が透けて見えている。

 生きている人間の質感じゃない。

 目を凝らすと首に薄っすらと指の跡が付いているのが見える。


 その先輩は視線で射殺さんばかりに男性を睨んでいた。


 ビニールシートに包まれているのは……恐らく先輩の遺骸だ。


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