チャプター2 シークエンス2 訓練校の人たち
ニコラスには日本の業界独自の仕事の取り決めや、同業他社と比較したときの立ち位置はわからない、
この職業訓練校はスポンサー企業等による私営の新しい組織であり、日本の伝統的な公的なハローワークや新卒採用を斡旋する大手、あまたある人材派遣会社、それらがひしめく業界でこの訓練校がどのように切り込んでいくべきなのか、ニコラスにはわからない
でも肝心なのはいつだって人と人だ、訓練校にどんな人がいてどんなふうに生活しているのか、どんなふうに働いているのか、どんな思いを持って働こうとしているのか、今のニコラスにできることはそれをカメラで撮影し愚直に伝えていくことだ
最終的にはビジネスとはそういうものなんだと、ニコラスはシュンとして事務的になってしまったセンター長の代わりにそう自分に言い聞かせ訓練校の人々への取材へ向かっていく
ニコラスは訓練校の人々を取材していく
講師の荒木は40~50歳ぐらいだが筋肉質で浅黒い肌をしている、目には力強さがある、訓練校の講師の中でも受け持ったクラスの就職率が高いことで知られている情熱的な講師だ
荒木「僕はこの訓練校で講師をやらせていただいています」
荒木「まず仕事がどういうことなのか?そこが一番教えたいこと、それは就職したことがない方もおられますし、働くということを掴み切る前に離職された方もおられますし」
荒木「まずそういった方のサポートを一番に、仕事の心構えみたいな事かな、どんな仕事にも応用が効くこと、社会に出た時の為に緩衝材じゃないですけど、心はいまから準備していくことが出来ることなので」
生徒の川崎は目が輝いていてフランクさがあり人懐っこい、就職活動に対して積極的な様子が見て取れる
川崎「まあ画期的なシステム、バランスの取れたシステムですよね、そのお金の分配みたいなのも、企業だけじゃなくて僕らにもちゃんとメリットがある」
川崎「仕事も中にはすごい魅力的な仕事があるし、来てて楽しいっすよね」
生徒の谷脇は眼鏡を掛けていて自信なさげなたたずまいだった、そして自分が働いていないことに不安を感じているようだが、だからこそ人一倍責任を感じて一生懸命になっている様子が伝わってくる
谷脇「正直、普通に就活とかしても自分だけ働いてないって気持ちになるんですけどこういうところだと、他にも働いてない人っているから少しは安心して自分にできる範囲で取り組めますから」
生徒の島谷エリナは訓練校の生徒の中では珍しい女性だ、上下そろいのジャージを着てサングラスを掛けている、最初は生徒なのかわからなくて違和感を感じた
島谷さんは僕がインタビューをお願いすると、黙って僕のカメラを見ている
ニコラス「ではこの訓練校に通ってみて良かったところを簡単におっしゃってみてください」
島谷さん「・・・」
ニコラス「あの、島谷さん、、、?」
島谷さんは僕が質問しても何も答えてはくれない
いったいどういうことだろうと、僕は戸惑った
島谷さんは僕とカメラをジッと見続けている、サングラスを掛けているので、厳密には僕を見ているのかカメラを見ているのかわからない
ニコラス「島谷さん?大丈夫ですか?」
島谷さん「・・・」
時折、島谷さんは小さく口を動かしている
僕は島谷さんが話そうとしてくれているのかな?と期待した
よく耳を澄ますとくちゃくちゃと音を立てている
島谷さんはガムを噛んでいる
急に島谷さんは近くにあったゴミ箱にガムを吐き捨てて僕の前から去っていった
頂いた訓練校の生徒の名簿の中では数少ない女性の生徒だったので、絵的にはだいぶ期待していたのだが、島谷さんは取材等には向いていない方なのかもしれない
その後も僕は、訓練校で働く人や、生徒の方、大勢に取材をしていった
仕事を辞めた人、ひきこもっていた人、引っ越してきて仕事を探している人、生徒だけでなく、事務員の人、講師の人、清掃をしている人、食堂のおばちゃん、、、いろんな人にインタビューをお願いした
ある程度、人々を撮り終えたので僕は萩原と再会しに行った
萩原だけは少し特別で、明日の面接風景も取材させてもらえることになっている
訓練校の生徒の実力の見どころでもある
萩原は工場で見かけた時と同じような、タンクトップとカーキ色のズボンを履いていて、みすぼらしい感じがした
ニコラス「萩原さん」
僕は萩原に声をかけた、萩原は工場での一件を根に持っているような様子はなかった
萩原「前来ましたよね、橋、その後にここの仕事受けたんすよね」
萩原「それでなんか明日、僕の面接の密着取材するってセンター長が言ってましたけど」
僕は謝りながら醤油と菓子折りを萩原に渡そうとした
ニコラス「そのもしよかったら、ゲンさんにも直接謝りに行きたくて」
萩原「ああ、ありがとうございます、、、じゃあ橋いきます?」
ニコラス「はい、お願いします」
萩原「いいっすよ持ちますよ」
萩原はそそくさと菓子折りを手に持つと橋へ案内してくれた。
萩原達にとって甘いものの価値は高いだろうと思っていたが、交渉とも言えないほどとてもスムーズに撮影は進みそうだ