チャプター1 シークエンス6 ゲンさんと萩原 (チャプター1ファイナル)
僕とゲンさんは延長コードを辿って萩原とも合流した、データのアップロードも無事に終えて、あのけたたましい発電機の騒音からも解放され、元の虫の鳴き声だけが聞こえる闇の中へと戻った
工場からなんとか無事に脱出できたものの、僕は暗闇で方向感覚を失い自分のいる場所がわからなかった為、一旦、ゲンさんと萩原についていくことにした
彼らの生活の拠点である橋の下に到着するや否や、突然の出来事の連続に神経をすり減らした僕は橋の下で一息ついていた
萩原とゲンさんは慣れた手つきですぐに焚火を付け魚を焼き始めた
僕は思わずその様子を撮影していた
彼らは撮影されることにあまり抵抗を示さなかった、カメラで撮られることのリスクをあまり理解できていないようだった。また彼らの生活レベルはとても低そうで僕はまるで原住民を撮影しているような気分になった
火にあたりながら焼けていく魚を3人で眺めていると萩原がゲンさんに話しかけた
萩原「ゲンさん」
ゲンさん「うーん?」
萩原「オレ、本当にITエンジニアに就職できるんすかね」
ゲンさん「なんで」
萩原「だって昼間は訓練校で時間がつぶれるし、橋の下だと工場と違って壁がないから騒音で夜間に電気を使えないじゃないすか?」
萩原「インターンの課題だって全部が終わったわけじゃないし、自前のシステムもまだ完成してない」
萩原「このままの状態じゃ採用面接は厳しいし、今日みたいな山をあと何回かは張らないといけない」
萩原「いっそのこと、他の拠点を探したほうが」
ゲンさんは萩原の言葉ひとつひとつを受け止めるように静かにうなずいている
とても重たく気まずい沈黙が流れていた、まるで別れ話を切り出した恋人たちのようだった、そして
ゲンさん「うろたえるな」穏やかでそれでいて重みのある声でゲンさんは萩原を制止した
萩原「、、、」
ゲンさん「必ず、チャンスは来る」
ゲンさん「もしかしたら一回しかこないかもしれねえ」
ゲンさんは焼き魚をしおれた紙皿によそって萩原に渡す
ゲンさん「そのチャンスをつかむことしか考えるな」
萩原「、、、」
ゲンさんは僕にも焼き魚をしおれた紙皿によそって渡してくれた
間
彼らは神妙な顔付きで黙り込み魚をついばんでいる
間
この空気の中では僕も気まずさを感じて黙りこんでしまった
ゲンさんがよそってくれた魚を一口食べてみると、とても生臭かった
間
二人は、ただ黙々と魚をついばんでいるが、正直、僕はこの魚を食べたいとは思わなかった
しかし、この気まずい空間で何もせずにいることもできない
僕がそんなことを考えて葛藤しているとは露知らず、彼らは魚を無言でついばんでいる
間
ニコラス「、、、醤油とか買ってきましょうか?」
手持ち無沙汰というやつか、僕は彼らに声をかけてみた
間
ずっと黙っていた僕が久しぶりに喋ったことに対する驚きだろうか
周囲にはより一層深い沈黙が流れた
気づくと萩原はじっと僕を見つめていた
ゲンさんは黙って火を見つめていた
ニコラス「あ、あの、、いや、醤油かけたら、めっちゃおいしいんじゃないかなー?って思って、、コンビニとかでも醤油売ってるんで、」
僕は誰が見てもわかるようなカラ元気を絞り出して二人に声をかけながら立ち上がった
しかし彼らは何も言わない、まるで醤油というものを理解できていないかのようだ
萩原はぽかんとした表情で僕を見上げている、
ゲンさんに至っては僕に対して一切のリアクションがなく、ただじっと火を見つめて何か物思いにふけっているようだ
ニコラス「えっと、、じゃあ、醤油買ってきます?、、ね?」
半ば強引に僕はその場をあとにした
僕は一人でコンビニに入り醤油を買った、自分が文明と切り離されていないことにおもむろに感謝の念を感じた。
橋の下からの帰り道、僕は歩きながらカメラに向かって彼らについてのセルフインタビューをすることにした、簡単に今のありのままの彼らに対する印象を残しておきたかったんだ
ニコラス「二人はなんというか、エンジニアになろうとしてるみたいですね」
ニコラス「はっきりとはわからないんですが、就職活動?みたいな、」
僕は彼らが橋の下で喋っていた「訓練校」というワードをスマホで検索した、そのスマホの検索結果画面もカメラで撮影した、訓練校とは職業訓練校の略称のようだ
ニコラス「訓練校って職業訓練校のことみたいですね、萩原?さんはこの付近の職業訓練校に通っているんですね」
分かれ道に差しかかり、僕はふと逆方向にカメラを向け立ち止まる
いまなら逃げだせるんじゃないか?という思念が脳裏によぎる
というか別にもう逃げ出すもなにも、そもそも僕があそこに戻らないといけない理由はなにもないことに気づいた
この分かれ道、反対側に踏み出せば、無事に家に帰れる、そんな迷いがカメラワークに現れる
彼らの焼いた魚は生臭くて正直美味しくなかった。彼らはそれを味付けもせずに食べていた。
きっと住む世界が違うんだろう、あまり深く関わるべきではないんだ。
このまま戻ってしまったら、気まずさの中声を掛けれなくなって、最悪、あの橋の下で野宿することになるかもしれないし、、、
僕は、来た道と反対側へと向かった、
家に帰ろう
アンジーはきっとこの動画と僕が体験した彼らとのストーリーを気に入ってくれるはずさ