チャプター1 シークエンス5 ニコラスと救出
僕と萩原は延長コードを連結して工場から距離を取っており茂みの中に突入している、姿勢を低くしていれば一時的にだが隠れることもできる
進みながら僕は萩原に質問した
ニコラス「大丈夫ですか?ゲンさん?」
萩原「大丈夫じゃねーの、ってかお前、あんまり草倒さないように歩けよ、そんなバカみたいな歩き方してたら追跡されたら一発でアウトだから、犬でもマシにあるくぞ」
萩原はこちらに振り返るや否や注意してきた、わざわざこんなチクチクする言い方をしなくてもと感じた。
ニコラス「・・・はい、すいません」
萩原「すいませんじゃねえよ、そんなもん考えたらわかるだろ、いちいち言わせんな」
萩原は高圧的で細かい、どんな些細な行動が彼の気に障って怒らせてしまうのかわからない、まとめ役のゲンさんがいないと相手をするのは骨が折れる
第一、僕は魚を運んで協力しているのに、、、、
確かに僕が叫び声をあげてしまったわけで、良心の呵責が全くないわけでもないし、一生懸命な彼らの窮状に同情心も少しはあるが
萩原の気性は荒い、暴力も振るってくるかもしれない、わずかばかりの僕の善意は萩原のこの対応で一気に萎えてしまった
僕は、この萩原と二人きりになってしまったことを憂いた、そして疲れて小さくため息を吐いた
ニコラス「・・・ふぅ」
萩原「・・・」
僕がため息とも言えないような吐息を漏らした瞬間に萩原は即座に反応してきた、
そしてまじまじと僕を見つめてくる、野生動物並みのカンの良さだ
ただ萩原は意外にも優しい表情になり、先ほどと打って変わって落ち着いた声で僕に話しかけてきた
萩原「ゲンさんならやり過ごしてコンセントを抜いて戻ってくる、こういう時はそういう手筈になってる」
萩原「それにゲンさんは俺よりも強い、もし万が一見つかったとしても2対1なら、不意打ちで先制して1人減らして互角に持ち込める、無傷とは言わないまでも一方的にやられちまうことはねえ、きっとケーブルも守り抜いて合流してくれる」
萩原はどうやら僕がゲンさんを心配して溜息をついていると勘違いしているようで、ゲンさんの無事を約束するような言葉を投げかけてくる
僕は彼らの空気の読めなさや低いモラルに厚かましさを通り越して不安を感じた、
一方でここまで性格の悪い萩原が追い込まれているのに、それでも仲間を思いやっていることに微妙な感動も覚えた
移動しながらそんな話をしていると工場に明かりが灯った
工場の窓ガラスは全壊しているので明かりはまぶしくはっきりと見えた
萩原「まずいな、あれだけ明るいとゲンさんでも闇討ちが出来ねえ、少し早いがこの距離ならいいだろ」
萩原は発電機を起動させる、何度か紐を引っ張るがうまく立ち上がらない
ガガ、、カカッカ、ガガッカ、、カスス、、
萩原「クソが、、、おら!」
萩原が憎しみを込めて力強く紐を引っ張るとけたたましい音が溢れ発電機が起動する
ブーブッブブッブッブ!ブォォオオオオン!ブォーン、、ブォーン、、ブォーン、、ブォーン、、、
PCの電力を工場の電源から発電機に切り替える
この音でさらなるパトロールが派遣されそうなものだが、『長時間でなければ大丈夫』『長時間でなければ大丈夫』と萩原は早口で何回も呪文のように繰り返し言っている、まるでルール違反をする子供が自分に言い訳を言い聞かせているときのようだ
そして萩原は自分の手に唾をかけて延長コードのプラグ部分に触れる
萩原「イてっ、クソ、まだ通電してやがる」
萩原「ゲンさんは発電機の音が聞こえたら、すぐに工場の電源を抜くことになってるのに」
ニコラス「・・・」
萩原「つまり身動き取れなくなってるってことか!」
ニコラス「逃げないと!僕らも捕まる!」
萩原「いや、追手が来てるなら、懐中電灯のライトが近づいてくるのが見えるはず、ゲンさんはきっとまだやられちまったわけじゃないんだ、あるいはうまく隠れてやり過ごしてるのか、、、明かりがついたから出てこられないのかもしれない」
萩原「お前、アップロードが終わったらシャットダウンできるか?シャットダウンしたら発電機を落とすんだ、出来るか?」
ニコラス「えっ、それって、僕がここに残るってことですか?」
萩原「お前のせいでこうなってんだろ」
萩原「ゲンさんが見つかったら、警備の奴らが延長コードを辿って追いかけてくる、アップロードが終わらないうちは発電機を切ることもできない、、俺たちも見つかる、わかってんのか」
ニコラス「こんな音が出てる発電機が横にあったら、僕だって危険に」
萩原「あぁっ?くそが、じゃあお前が行くのか?いや裏切るな、あっお前カメラ寄越せ」
ニコラス「いや、」
僕は抵抗したがカメラを奪われてしまった
萩原「アップロードが終わったらシャットダウンして発電機おとしていいから、で誰か来たら逃げていいから、お前が待ってたらカメラ返すから」
あまりにも突拍子のない萩原の飛躍した行動に僕はたじろいでしまう、つまり僕のカメラを人質にとっているっていうこと?
ニコラス「なっ」
僕は萩原が行くのを阻止しようとする
萩原「早くいかねえと、ゲンさんがやべえんだよ!捕まったらただじゃすまねえ、急いでるんだよ!」
ニコラス「わ、、わかりました、、い、いきます、行かせてください」
萩原「おまっお前が行くっていうのか」
ニコラス「ぼ、僕も、好きで手伝ってるわけじゃないですけど、僕のせいで誰かが捕まるっていうのは嫌ですから」
萩原「、、、わかった」
萩原は僕にカメラを返してくれた
僕はずっと片手で持っていた魚を萩原に渡して工場へ向かって歩き始めた
怖い気持ちはあった、でも彼らの勢いに飲まれてしまった、僕も勝手に工場に侵入した後ろめたさはあったし、そのせいで彼らが窮地に陥っていたし、
萩原「お前、逃げんなよー!」
離れていく僕に萩原は声をかけてきた、僕は手を振って答えた
そうか、本当にヤバかったら遠くから撮影だけして逃げればいいよね、正直逃げると言う選択肢は考えていなかったのだが、
萩原に逃げるなと言われて思いついてしまった、、、確かに今なら逃げても失うものがないな
それが心の余裕にもつながった、僕は工場に向かって歩を進めた
廃工場の窓ガラスの割れた窓から出る光はずっと暗闇の中にいた僕には眩しかった
カメラのレンズだけを下から少しづつ窓に入れ部屋の中の様子を探っていく
僕等がいた広間に警備員が二人いて雑談している、ゲンさんは、僕らを見送った時と同じ場所でボロ布をかぶって隠れている
警備員は椅子に座ってパチンコの話をしていて、ゲンさんには気づいていないようだ
ボロ布が動き、ゲンさんが顔を出す、ゲンさんはこちらに気づいたようだ、何か合図を送ってくる
ゲンさんは、天井の明かりと明かりをつけるスイッチを指さして、それを切るように、そして、外の暗闇で音を立てるようにジェスチャーのみで指示を出してきた
ゲンさんのジェスチャーは表情や身振りがとても大きく、間抜けだった、でもマンガのように分かりやすかった
ゲンさんの指示どうりに消灯すると慌てふためく二人の警備員
警備員①「わっ」
警備員②「くそどうなってんだ」
僕は間髪入れずに工場の外側から工場の外壁の中でトタンになっている部分を叩いて音を出す
警備員①「外だ!外になんかいるぞ!」
警備員①、②が工場の外に出てくる、
ゲンさんは警備員が外に出ると同時に素早く延長コード巻いて回収しながら合流してくる、
なんとか僕とゲンさんは警備員に気づかれずに工場を後にした
ゲンさんは延長コードを巻きながらしばらく進んだところで声をかけてくる
ゲンさん「本当はな、ああいうのブレーカー落とすといいんだけどな」
ゲンさん「電源スイッチじゃ誰かが切ったの後でばれちゃうだろ」