チャプター1 シークエンス4 ニコラスと脱出
僕は魚を持ちながら、彼らの様子を少し離れて観察していた
ゲンさんはそそくさと、荷物を整理していき、萩原はPCのキーボードをカタカタとしている
彼らは旧日本軍の産業スパイかもしれない、この廃工場に隠されたデータを回収して、自分たちの組織に役立てるとか?
でもゲンさんが整理している荷物の中には武器の類はなく、せいぜい糸切バサミと裁縫用の針ぐらいだ
他にもガスコンロやダンボール、茶色い液体の入ったペットボトル、などなど、彼らがホームレス生活をしていることはなんとなくわかった。
萩原の機嫌を損ねるのは怖かったがPCで何をしているのかが気になって、後ろからそっと近づいた
萩原は集中しているのか、こちらに気づくそぶりを全く見せていない
僕は萩原のPCの画面をカメラに捉えた
真っ暗な画面にひたすらプログラミング言語が入力され続けている
ゲンさんが近づいてきてそっと僕の肩に手を置いてきた
ゲンさん「すげえだろ、こいつ今、開発してるんだよ」
ニコラス「えぇっ、、」『なにを?』と思った
開発という言葉にゲンさんは誇らしさを込めていた、その言い方がなんとなく世の中のIT関係に対する無知さを感じさせた、
ゲンさん「お前それ本当に終わらせるつもりでやってんのか?」
萩原「もうちょいだから」
萩原「それにどのみち、今、電源切り替えてもシステムに電気の使用履歴が残っちゃうから」
ゲンさん「間に合わせろよ、警備の奴らといえど開発中に来られたら手も足も出ねえ」
萩原「わかってる」
萩原のコーディングのスピードが上がっていく
~10分後~
コーディングを終え、メールソフトを起動してメールを送る萩原、
僕はメールの文章をカメラで捉えることに成功した
株式会社 ○○ネクストホールディングス様
インターンの萩原です。
今週分の指定課題となっていたシステム案件のプログラミングを終えました
いまから数十分後にシステムにアップロードをします。明日の朝には確認可能となります。
貴社のシステム構築に携われることをいつも大変有難く思っています。
誠に恐縮ながら、走らない箇所、ミスした箇所、指定して頂ければ可能な範囲で素早く修正し再提出いたします。
来週分の課題についても、変更点や追加点、他の案件の応援等ございましたら随時ご連絡ください。微力ながら貴社に与えていただいた学びの場を可能な限り活かしたいと思っております。貴社に貢献するチャンスを得られるこのインターン実習に心から感謝申し上げます。
萩原 ○○
メールアドレス xxx.hagiwara@xxxmail.com
この野蛮で口汚い萩原が流暢に敬語を入力していくことに複雑な感情を感じた
彼も彼なりに必死なのかもしれない
インターンとかしてる場合じゃないと思うんだが
萩原はメールを書き終えると、2,3度読み返しチェックしてから送信し
次はシステムにデータをアップロードし始めた
萩原のパソコンは旧式でフォルダ間のデータの移動を行うと、フォルダがパタパタする奴が表示される
Windows XPとかの時代はそんな感じのあったよなと懐かしんでいた、
コーディングのデータのみを送付しているからか、データ量は1Mバイトにもみたない数百Kバイトと表示されている。
しかしながら残り時間が48分56秒と表示されていた、やけに長い
そういえば確かに先程○○ネクストホールディングスに送信したメールもいまだに送信中で処理が終わっていない。
ネットつながってんのかな?これ?と思いながらPCの画面をしばらくぼんやりと見ていると
萩原「おまえ突っ立てんな、伏せろ」
萩原は僕をしゃがませて外を指さす
窓の外には懐中電灯のライトが二つピカッと光っているのが見えた、警備員?だろうか
萩原「きやがった、、、ゲンさん!この距離ならシステムにも気づかれないと思う!」
ゲンさん「おうよ、電力切り替え、、、3,2、1」
ゲンさんのカウントと同時に萩原は発電機の電源を切った、
それとほぼ同時にゲンさんはPCの使用電源を延長コードを使って工場の電源に差し替える
PCの画面は一瞬暗くなるがすぐに復旧した
いままでずっと鳴り響き続けていた発電機の騒音が突然なくなり、真空の中に放り出されたような無音になった
暗闇の中、次第に虫の声が、戻ってくる
警備員の声「なんだ、音が急にやんだぞ」
暗闇では人の感覚が研ぎ澄まされるという話があるが、外にいる警備員の声や足音、動きが生々しく伝わってくる
見つかったらまずいんじゃないのか?
ニコラスはいままでの夜間の撮影でも、不法侵入に近いようなことを何度かはしてきたが、人気の少ない場所で迷惑にならないように目立ちすぎないように音を出しすぎずに活動し、注意されること自体、少ない立ち回りをしてきた。
萩原とゲンさんを見ると、すでに脱出しようとしている
萩原「俺らは逃げる、捕まりたくなかったらついてこい」
ニコラス「まって、、、」
僕は魚を持ちながら萩原を追いかける
ニコラス「あれ、ゲンさんは?」
周囲を見渡すとゲンさんが工場の電源プラグ差込口の近くの物陰に身を潜めている
一瞬だけ窓に顔を出し警備員の様子を見ながら声を出さずに身振りでこちらに合図をだしている
ゲンさんの合図でタイミングを推し量りながらこっそりと工場から出ていく萩原、荷物はすべて台車にまとめている、僕は魚とカメラを持って萩原に追随していく、
どうやら彼らが使っているパソコンは旧式でバッテリーが壊れてしまっていて、常時、電源に接続していないといけないようだ、さらにネット回線も不安定でアップロードには時間がかかってしまうから作業を終えても電源を切ることが出来ない、でもガソリン発電機を回し続けていたら警備員に見つかってしまう、
だから警備員が工場に着いたそのタイミングで電気を使用し始めたんだ、それならシステムに電気の使用履歴が残っても警備員が使ったように見せかけれるそうだ
僕は思ったよ、この人達はまるでマトリックスみたいだって、とてもスリリングだったよ、
工場の外に出ると、ちょうど警備員が中に入っていくのが見えた
ゲンさんのタイミングの指示は完璧だった、あと少しでも早ければ、工場の外に出た時に警備員に見つかってしまったかもしれないし、あと少しでも遅れていたら、工場から出ていく姿を見られて追跡を受けたかもしれない
工場を出ると萩原は立ち止まって、電源の延長コードをタコ足繋ぎした、
今もPCは工場の電源でメールやデータの送付を行っている
延長コードを付け替えながら電源を供給し続けて進んでいるんだ
荷物の中には延長コードがいくつかあり、使い込まれ汚れてはいるが30m、50m、とラベルが張ってある。
これなら、警備員から見つからないところまで一時的に逃げることが出来る
逃げ切ったら、ガソリン発電機で電源を確保する
考えられている、明らかに初犯では思いつかないようなピンチの切り抜け方、そして慣れた手つき、冷静な対応、
なんなんだ、この人たちは!