第08話 指示——side 王都ギルマス・デーモ
王都の冒険者ギルドの一室。
もう昼だというのに、二日酔い気味のギルマス、デーモは頭痛に悩まされていた。
転売の利益で得た高い酒が身体に合わないようだ。
一応ギルドに出向いたものの、帰って寝ようかと思い始めていたときのこと。
彼がいる部屋に、血相を変えギルド職員が飛び込んで来た。
「ディーナ公爵が突然いらっしゃったのですが……ご存じですか?」
「公爵だと……どういうことだ?」
「それが、フィーグという男が貴族や騎士達のスキルのメンテを行っていたようでして」
「はあ? わかった。オレが話す」
心の中で舌打ちをしながら、デーモは応接室に向かった。
公爵は貴族の中でも王族に近い存在だ。王族と婚姻の資格を持つのも貴族の中で公爵という爵位を持つ者たちだけだ。
無碍にはできない。
慌てて応接室に入るデーモ。
そこには、腕を組み、しかめっ面の中年男性が一人いて、デーモが部屋に入るとすぐにイライラをぶつけてきた。
「これはこれは……ディーナ公爵様。今日はどのようなご用件で?」
「フィーグ殿のことだ。彼がどこにいるか知っているか?」
「フィ……フィーグ殿?」
デーモは頭の中で考える。
フィーグ殿?
公爵に敬称付きで呼ばれる人物はそう多くない。
頭を巡らすと、勇者アクファが口にしていた人物を思い出す。
フィーグ……勇者パーティから追放された男。
役立たずで、勇者アクファが追放したとかいうボンクラ。
「はっ。あの役立たずがいかがしました?」
「何ッ? 役立たずだと?」
ディーナ公爵の怒りが一段階上がり、顔が赤く染まっていく。
「はい……ボンクラですので、いなくなっても問題ないかと——」
「は? フィーグ殿をボンクラ? いなくなっても問題ない? ……こっ、この大馬鹿者が!!」
「ひっ」
ディーナ公爵は苛立ちを隠さず、デーモを罵倒した。
デーモはこのように激昂するディーナ公爵を見るのは初めてだった。時々公務などで見かける事もあったのだが。
普段温和な人物が豹変する時ほど、恐ろしいことはない。
脂汗がデーモの額を伝う。
「えっ……ど、どどど、どういうことですか?」
「フィーグ殿こそ疲弊したスキルをメンテできる貴重な存在なのだ。それをボンクラだと……!?」
再びドン、とテーブルを叩く公爵。
その勢いに、王都ギルマス・デーモはたじろぐ。
——まさか……いや……もしかして。俺は大きな間違いをしていたのか? いや、勇者が間違っているのか?
デーモは状況を飲み込めない。
「フィーグ殿をボンクラなどと呼んでいたとはな。まさかとは思うが……勇者アクファと何か悪だくみなどしてないだろうな?」
「い、いえ……悪だくみなどとそんなことはっ!」
現在進行形で、フィーグの口止めしようと手はずを整えている。だけど、そんなことは恐ろしくて言えない。
——公爵はどこまで知っているのだ?
もしかして、俺は終わっているのか?
いや、こうやって公爵自ら乗り込んでくるくらいだ。大したことは知らないだろう。
デーモは怒る公爵を前に、少し余裕を取り戻した。
「あの、フィーグは一体何をしていたのですか?」
「王都ギルドマスターのお前がそんなことも知らんのか? フィーグ殿は時々我が屋敷にやってきては、娘のスキルメンテナンスを行ってくれていたんだ」
「そ、それはどういう内容で?」
「私の娘は現在騎士団にいるが、最近忙しくしててな。魔導爆弾のことは聞いたことがあるか?」
「魔導ば……い、いえ、寡聞にして」
魔導爆弾という言葉にわずかに反応するデーモ。
しかし、なんとか平静を装う。
「まあ良い。 とにかく多忙で【聖騎士】のスキルが調子悪くなることがあってな。暴走の予防というわけだ」
「スキルが暴走? 本当なのでしょうか?」
「私が嘘をついているというのか?」
「い、いえ……そういうわけでは」
「うむ。ならば、早くフィーグの居場所を教えてくれ」
デーモはフィーグの居場所を把握している。
仕方ない、とりあえず今は時間を稼ぐしかない。
「そ、それが……彼は自ら勇者パーティを脱退し、もう王都にはおらず——」
「王都にいないだと? 何があったのだ?」
ディーナ公爵は青い顔をして立ち上がる。
「そ、それが、勝手に脱退したと」
「そんなことを聞いているのではない!どうして引き留めなかったんだ!
では、どこにいるのだ?」
今度は顔色が青から真っ赤に変化しディーナ公爵はギルマスに詰め寄る。
「イアーグの街に——」
「イアーグだと!? 馬車で二週間もかかるではないか。馬鹿者が!」
「も、申しわけありません……」
「こうしてはいられぬ!」
立ち上がり、去ろうとするディーナ公爵の背中に質問をする。
「い、いかがなされましたか?」
「早急に娘と相談することにする。それに勇者パーティに何があったのかも確認しなければな。
あの人材を手放すなど信じられん。懇意にしている貴族や騎士も多かったはずだが?」
「ま、まさか……そんな話は——」
「知らなかった、では済まないだろうな。ふん、失礼する!」
ディーナ公爵が立ち去る姿を呆然と見つめ、額に脂汗を浮かべるギルマスデーモ。
勇者アクファから聞いたフィーグの印象と随分違う。
もしかしてアクファは、俺に隠していたのか?
いや、あの様子だと、知らなかったか、知ってて追放したか?
デーモの中に勇者アクファに対する不信感が芽生える。
これからも勇者アクファを信用してもいいのだろうか?
最近、彼の行動がおかしいとは思っていた。
元々隠れてコソコソやっていた悪事のスケールが大きくなっている。
デーモは勇者アクファの行動が暴走しているように感じる。
「ヤバい。ヤバいぞ。これどうすんだ。
まさかフィーグってヤツは……勇者より必要とされていたのか?
追放してはいけなかった?
王都に引き留めなければならなかった?
口封じなど、考えるべきではなかった? ま……まさかな。
どちらにしても、どうにか隠蔽しなくては」
事の重大さに気付きつつあるギルマス、デーモ。
しかしそれは全て、後の祭りであった。
ここで、思い出す。勇者がいざというときに使えと言った、あるアイテムがあることに。
「……そうだ。魔導爆弾があるではないか。イアーグの街ごと消してしまえば良い。今使わなくて、いつ使うのだ……?」
デーモはニヤリとして口元を緩ませる。
その一手こそが、自らを破滅に追いやると思いもせずに。
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