第39話 証拠(2)——side勇者アクファ
俺様は、騎士エリゼによって、ギルドの応接室に通された。
よくここでギルマス・デーモと話をしたものだが。
「それで、先ほどの話ですが」
実に冷静に、静かに話を進める騎士エリゼ。
となりには、査察官がいて話を聞いている。
査察官はともかく、問題は騎士の方だ。
勇者という称号を得ている俺様でさえ、そう簡単に手を出せない。失踪したり死んでしまったら、王国は本腰を入れて犯人を捜すだろう。
いや……そもそもたかがギルマスの殺人に、どうして騎士まで出張ってくるんだ?
「勇者アクファ殿。あなたは、先ほど、デーモについておかしなことを仰いました」
「え? おかしなこと?」
大したことはまだ何も話していないはずだ。
おかしなこととは?
俺様はさっぱり分からない。
「『誰が殺したのかなあ』と」
「それがどうしたというのだ?」
「古典的なやり方で、ありふれたやりかたで……口を滑らすとは思っていませんでしたが、まだ分かりませんか?」
うん?
こいつは何を言っているんだ?
俺様がきょとんとしていると、騎士エリゼはふう、と溜息をついて続けた。
「元ギルマス・デーモが死亡したことは一部の騎士や牢獄の関係者しか知らないことです。あなたは、どうして『殺された』と知っているのですか?」
「えっ……。いや、騎士エリゼ、あ、あなたが殺されたと言ったのでは?」
「私は、死体になって発見された、としか言っていませんよ?」
「な、何っ?」
クソっ。古典的なやり方で、ありふれたやりかた、つまり、古くて多くの人間が知っている、ありがちな罠。
それにまんまと俺様はハマったというのが?
また頭痛がする。
そして、記憶にあった騎士エリゼの声が頭に響いた。
『——先日、地下牢にいたはずの元ギルマス・デーモが死体になって発見された件について、少しお話を聞かせていただきたいのですが』
「うわあああっ!!」
突然俺様の発した悲鳴に、目前の二人が目を丸くする。
そうだ。確かに騎士エリゼは「殺された」なんて言ってなかった。
「どうされました?」
「い、いや……なんでも……」
ヤバい。
どうして知っているのか? 俺様には理由が説明ができない。
元ギルマス・デーモが殺されたことを知っているのは、騎士や地下牢の関係者、そして……犯人だけだ。
「いやまてよ?」
ふと、俺様の冴えた頭が言い訳……ではなく、釈明を思いつく。
そうだ。あれは夢なのだ……ギルマス・デーモを殺したのは俺様ではなく、知らない他人で、そいつがデーモを殺す瞬間を——。
「ゆ、夢に見たのだ。ギルマス・デーモが殺されるところを。だから、それが事実だと思い込んで言ってしまった。それだけだ」
「……ふむ。夢ですか。勇者アクファ、あなたには【予知能力】のスキルは無いはずですが」
「だ、だから、スキルとは関係ない夢なのだ。偶然見ただけなのだ」
こう言ってしまえば、なんとでも誤魔化せる。
騎士エリゼは、いぶかしげな視線を送りつつも、ふむ、と頷いた。
「わかりました」
よし。なんとか納得させたようだ。
案外チョロいな、この女。
「では、質問しますが、その夢ではどのように殺害をしていましたか?」
どうせ夢の話なのだ。俺様は状況を説明してやることにした。
「犯人は、【祝福】のスキルで、デーモを殺したのだ」
「ふむ。【祝福】ですか? このスキルは、対象の能力値にボーナスを与える、つまり、筋力や体力などにバフを与えるもの。人を殺すなんてことはできませんが」
「だ、だから、夢の話なのだ。整合性を問われても困る」
そう言うと、騎士エリゼは考え込んだ。
いくら考えても無駄だ。ちょっと喋りすぎた感じはしたが、チョロい女のことだ。
どうせ気付かないだろう。
「そうですね。ちなみに【祝福】というスキルもありふれていますわね。私たち騎士だって使えます」
「ああ。それ以外にも神官などもな」
「司祭や司教、そして聖女だって使える」
「それが何か?」
「例えば、の話ですが。このスキルが暴走したらどうなるでしょう? 本来バフを与える効果が、マイナスとなって対象を苦しめる。筋力を失い呼吸すらできなくなったら?」
暴走? あれは暴走などではなく、スキルを反転行使しただけだ。勇者だからできることだ。
そういえば、アクファも最後はスキルが暴走がどうとか、言っていたような。
「何が言いたい?」
「どうやって殺害したのかさっぱり分からなかったのですが、なるほど、【祝福】の有効時間を過ぎてしまえば、痕跡もなくなると。興味深いですね」
「それがどうしたというのだ?」
「このスキル、あなたも持っていますよね? 勇者アクファ」
うっ。まさか気付いたのか?
いや、大丈夫だ。反転して使うことなど、俺様以外は知らないはずだが。
「た、確かに持っているが」
「では、ここで私に使ってみてください」
「な、何?」
「ですから、私に使ってみてください。このスキルはほとんど魔力を消費しないので、使えますよね?」
何だこの女は?
やはり馬鹿なのか?
スキルを反転せずに使えばいいだけだ。普通にバフがかかって終わりだろう。
暴走などあるわけがない。
そうだ。いいことを思いついた。
「明らかに俺様を疑っているな? もし何もなかったら、どうする気だ?」
「いえ、単に捜査の協力をお願いしているだけですわ」
「信じられるかそんなこと! じゃあ、こうしよう。もし何事も無くスキルでバフがかかれば……そうだな、俺様の言うことを一つ聞いて貰おうか」
「ええ。構いません。ですので、どうぞ、私に【祝福】を」
かかった!
これだから、頭の悪い女は好きだ。
「【勇者:祝福】スキル、起動!」
俺様は声高らかに叫んだ。もちろん反転などはしない。
——スキルが起動する。