第2話 残念な長兄
「クリフト兄さん・・・」
リビングの扉を振り返ったカイトが見た光景、ド派手なシャツに短パンサンダルという理解しがたい格好で爽やかに挨拶をしてくるクランベル家の長男、クリフト・グランベルであった。
「カイト、忙しいところすまないね。ちょっとお願いがあって来たんだよ」
長兄クリフトのムダにイケメンな爽やか笑顔にカイトの脳裏に嫌な予感がよぎる。
大体、クリフトのイケメン笑顔が向けられた時にカイトにはいい事があった記憶がなかった。
「なんですか?」
「妻たちにプレゼントを買うのにお金が欲しくてね・・・今月もう少し仕送りしてほしくてね」
クリフトのあまりな言い分に唖然とするカイトだったが、カイトが文句を言う前に早く、他の家族が文句を言い始めた。
「ちょっと! クリフトちゃんまた奥さんたちにプレゼント!? ちょっと度が過ぎるんじゃないかしら?」
「そうだぞクリフト。長兄であるお前が子猫ちゃんたちのために生きると言ってこの館を飛び出していったのではないか。次男坊のカイトに甘えるのは筋が違うのではないか?」
「ダメ兄様、せっかくカイト兄様がお家のために一生懸命稼いでいるお金を、自分のハーレム維持のために使うのはダメすぎます。腹掻っ捌いて死ぬといいのです」
父母のダメ出しとは別に末の妹からのダメ出しが鬼レベルである。
「いや、腹掻っ捌いてお小遣いをもらえるならば喜んで掻っ捌くが」
「いや、<吸血鬼>だからって、簡単に腹掻っ捌かないでくださいよ・・・」
カイトは大きくため息を吐いた。
そう、長兄クリフト。つまりクランベル家長男のクリフトは<吸血鬼>である。<吸血鬼>はほぼ不死のアンデッドである。腹掻っ捌いても死にはしないだろう。
しかも、クリフトは自分が一目ぼれした女性がたまたま<吸血鬼>であったため、その女性と悠久の時を添い遂げようと、自ら<亡者転生>の秘呪文を持って亡者へと転生を行った、いわゆる『真祖』の<吸血鬼>である。
ちなみに父親も母親も自ら<亡者転生>の秘呪文でそれぞれ<不死の王>、<死霊女王>となっている。
妹のメルティのみ5歳児の時の事故で亡くなっているため、現在の状態を自ら魔法で作り上げているわけではなかった・・・ある意味自分の魔法実験で爆死してこの状態になっているんドエ、自分で作り上げたと言えなくもないが・・・。
「みんな冷たいじゃないか。愛しのハニーたちにご機嫌を取るためのプレゼントが必要なんだ。カイト、なんとか助けてくれないか?」
へにょりと眉を下げて困った顔をするクリフトにカイトのため息が止まらない。
「何言ってるの! どうせハーレムの娘たちの誰かについ肩入れして、怒られたんでしょう? 自業自得ですよ」
「お前は女の子たちに甘いからな。その肩角だって、ハーレムの女の子たちと目隠し鬼ごっこで遊んだ時に修復依頼を受けて作業中だった聖なる骸骨にぶつかって折れたんじゃないか。聖遺物にぶつかったせいで角が生えてこなくなったからお前は『隻角の闇魔導士』の二つ名が付いたんだぞ? ちょっとは自重した方がいい」
「いや、父さん恥ずかしい記憶を思い出させないでくれたまえ」
なぜか偉そう且つ堂々としたクリフト長兄にカイトはその時の状況を思い出してこめかみに指を当てた。
尻ぬぐいに奔走したことが思い出されると軽い頭痛にも襲われる。
「聖なる骸骨」はグランベル一家が住む山の麓一帯を治めるガレンバシア王国の国宝で、初代国王となった勇者の亡骸がもとになっているという触れ込みだった。
その聖なる骸骨を王女様が壊してしまったのでなんとか直してほしい・・・という依頼で持ち込まれたのである。
聖なる骸骨がなぜ闇魔導士の元へ・・・と思わなくもないが、実は修復能力に使える「同化」は闇魔力の分野でもある。もっとも厄介なのは、聖なる骸骨の名の通り、表面が聖なる力でコーティングされていることであった。聖なる力というのは、いわゆる光の魔力の事である。基本的に光と闇は相反する力になるため、骸骨の表面の光コーティングに闇魔力を流せない。そのためカイトは研究の末、折れた骨部分の内側に闇魔力を流し込み、折れた骨を接続、しっかり同化するまで固定しておくことで修復できるようになったのである。
その聖なる骸骨修復作業中の固定期間に、なんとクリフトは自分の妻たちとカイトの作業場に乗り込んできて、目隠し鬼ごっこで遊んだ挙句聖なる骸骨に頭から衝突して片方の角を折ってしまったのである。ちなみにバンパイアの再生能力をもってしても、光コーティングされた骸骨にぶつけたため、自力での角再生ができなかったのである。
その時の聖なる骸骨はそれはもう壮大に大破してしまい、カイトが夜なべして涙目になりながら修復する羽目になったのは言うまでもない。
その時カイトが「ボクはプラモデルもパズルも得意じゃないんだよー!!」と泣きながら作業していたのだが、誰もその意味を理解することはなかった。
「とにかく、研究費をもう少し出してくれないか?」
カイトの父、<不死の王>である『深淵の闇魔導士』アルタイル・グランベルが研究費の無心に。
「カイトちゃん! お茶会の費用、ちょうだい!」
カイトの母、<死霊女王である『妖艶なる闇魔導士』イザベラ・グランベルが遊興費の無心に。
「カイト、我が妻たちのプレゼントを買う小遣いを頼む」
カイトの兄、<吸血鬼>である『隻角の闇魔導士』クリフト・グランベルがお小遣いの無心に。
「お兄様!一緒に遊んで~~~~!!」
カイトの妹、<生きた人形>である『爆裂の闇魔導士』メルティ・グランベルが兄と遊びたいと。
「・・・ああ辛い。働けど働けど我が暮らし楽にならず」
ぼやくカイトであった。
(後、生きてるのボクだけって、この家大丈夫なのか―――――!!!)
カイトの心の叫びは誰にも届くことはなかった。




