プロローグ
「ここは・・・」
気付くと俺は何もない真っ白い空間にいた
少しの間ぼーっとしていたが、徐々に思い出してくる
そうだ、俺は死んだんだった
享年 二十三歳
吉田 拓実
最後は確か仕事中に突然倒れたんだったか
そんなことを考えていると声がかかる
「目覚めましたか」
声のした方を見ると一人の女性が立っている
とても美しい女性だが、幻想的すぎて、この世のものとは思えない
ーーいや、もうこの世じゃなかったか
「どうしました?」
しゃべった! じゃない
「あ、いえ・・・えと、ここは一体」
「ここは転生の空間、あなたたちの世界でいう天国と呼ばれる場所です」
それから女性が教えてくれたのは、死後の転生についてだった
人の一生には限りがあるが、転生を含めると無限らしい
多くの神が創造した世界は無数にあり、死後はそこへと転生していくそうだ
「あなたはもしかしてーー」
「はい、ご想像の通り転生をつかさどる女神です」
なんと、目の前のこの女性は女神様らしい
やたらと幻想的だった理由にも納得だ
そして俺は死んでから転生までの間、魂を止めたまま保管されていて
今やっと転生の順番が回ってきたらしい
「転生の準備は整っていますが、あなたの場合は少し他とは違いましてーー」
女神様いわく、神の管理する世界は多く、一つの世界にも多くの生物が存在する
それら全てを完璧に管理するのは難しいため、神の代理として転生者を送るらしい
神の代理には記憶を引き継がせ、神との連絡手段なども用意しているらしい
なるほど、生前見ていたラノベ主人公みたいなものか
もしかしたら神の代理とやらが書いていたりしてな、とか思っていると突然床が光り輝く
「眩しっ・・・なんですか、これは?」
よく見ると床には模様のような文字のような何かが書かれている
「これは召喚陣、この先の世界は魔王と呼ばれる脅威に襲われています、あなたはそこへ勇者として転生するのです」
その世界は魔王の脅威に対抗するため、異世界より勇者を召喚しようとしているらしい
だが、だいぶ古い召喚陣を使っているらしく、異世界からの召喚など行えない
というわけで、代わりにそこへ割り込んでしまおう、ということだ
「ではどうぞ前へ」
「はい」
言われた通り、召喚陣の上に乗る
「向こうに着いたら管理している神から接触があるので、分からない事はそこで聞いてもらえればと思います」
「分かりました・・・あの、一ついいですか?」
「何でしょう」
「神の代理は誰でも、というわけではないですよね? 俺が選ばれた理由ってなんでしょう?」
「基本的には前世での行いを見て管理する神自身が選びます、選ばれたという事はよほど善良だったという事でしょう」
どうやら俺の前世は善良だったらしい
「では転生を始めますーー」
享年からすると長くは生きられなかったみたいだが、それでも人々の役に立ったという事だろうか
「ーーそのままリラックスしていてくださいーー」
だが、残念ながら今の俺にそう言った記憶は無かった
それは記憶が混濁しているからとかでは無い、なぜならーー
俺の前世は詐欺師
一仕事終えて焼肉に行った帰り、美人のお姉さんに声をかけられた
ホイホイついて行ったところで黒服のお兄さん達が出てきて、美人局だと気付いたところでもう遅く
喧嘩なんて、小学生の時に幼馴染の女子に負けて以来一度もしたことないので一目散に逃げ出した
全力で逃げた先で追い詰められ、悪あがきで海に飛び込み、気づいたのだ
あれ、俺って泳げたっけ、と
正直、前世で善良なことをした記憶は無い、どころか基本的には小狡く生きた
だがまぁ、女神様が善良だと言うならそうなのだろう
「では、良い人生をーー」
きっとそうに違いない
◇◆◇
先程の真っ白な空間に女性が二人
片方がもう片方に掴みかかっている
「いやーっ! すみませんすみません先輩!」
「なんて事してくれたのあんた! 今まで散々ミスしまくってたけど、今度のこれはシャレにならないわよ!」
「だってだって! 名前も性別も同じで写真もないんじゃ仕方ないですよ!」
「言い訳しないっ! だから日頃から私に確認するようにちゃんと言ってたでしょ!」
「ひぃーっ! 怖い怖い先輩顔怖いぃぃ! だから結婚できなくていつまでも売れ残って」
「今なんつったコラーっ!!」
掴み合いの喧嘩になるが、一瞬で決着がつき、片方が正座させられる
「大体あんたは昔からーー」
そこからは先輩と呼ばれてた女性の説教が始まる
叱られてるのは、つい先程、異世界への転生を行なっていた女神だ
「ーーよりにもよって転生者を間違えるなんてーー」
すぐそばの書類の山から一枚の紙が落ちる
ハラリと地面に落ちた紙には転生者の情報が載っていた
■勇者召喚予定者
出身 日本
名前 吉田 拓実
性別 男
写真 なし
職業 プログラマ