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第7話 大学、ゆずりはちゃんねる、時計の針

 モヤモヤとした気持ちは、次の日になっても晴れなかった。


「なんだろ……この気持ちは」


 正直、彼女になにを言われても断ろうと思っていた。


 でも、ああやって向こうから引き下がられてしまい、しかもその理由が俺を気遣ったモノだと肩透かしを食らったようで、逆に「ちょっと待てよ」と言いたくなる。俺は天の邪鬼な性格なのだ。


 そんな状態なので、2年ぶり来た大学も、授業に身が入らないでいた。入学したはいいものの、仕事で多忙だったことや、姫花の件で行く気を失い、ずっと休学していたのだ。


「でも……YouTuberになりたいならそれじゃダメだろ……」


 自然と独り言が出る。


 正直、YouTubeは物凄く厳しい世界だ。


 本人に人間的な魅力がないとダメだし、コツコツと動画を作り続けるのは精神力も体力もいるし、収益も安定しない。将来なんかまったく見えないし、誹謗中傷も日常茶飯事だ。


 だからこそ、俺はYouTuberで成功するのは2パターンだと思っている。「YouTuberでなくても成功した人」と「YouTuberじゃないと生きていけない人」だ。


 カケルは前者に当てはまる。


 世間にはあまり知られていないけど、彼は仕事への情熱が半端なくて、自分にも他者にも厳しい。だからこそ、実は弥生さんに固定される前に、半年間でマネージャーが4人も変わっていたりする。すべてカケルが事務所に「変えてくれ」と猛抗議した結果だ。見切りも早くて、最短はなんと3日間である。古代ローマの暴君でも、もうちょっと様子見したんじゃないか。


 そんなだから、間近で見ていた俺としては「そこまでキツく当たらなくても……」と思うことも正直よくあったのだけど、とは言え、そんなストイックさが、今の地位に繋がったのも間違いない。


 まあ、だからこそ俺と()()()()()したワケだけど……。


 話が少し逸れたけど、そういう意味で、杠が見せた優しさは、YouTuberという苛烈な職業を志す上では不要でしかなかった。利用できるものは利用しつくす、人脈が作れそうになったときは逃さず掴んでいく……そういう貪欲さが、Youtuberには必要なのだ。


 ただ、一方で、人間としては、杠という女の子はとても好きだなと思った。


 家に直接来るのは肯定できない行為だけど、それを差し引いても、フレンドリーで頭のいい女の子だ。ルックスもいいし、もしちゃんとプロデュースすれば人気が出る可能性は十分にあるし、押しの弱さなんかよりも長期的には性格の良さのほうが大事なワケで……。


「まただ……また考えてる」


 独り言が大きくなった。周りの人が少し見てきて、俺はうつむく。


 大学の授業は大きな教室で行なわれることが多い。俺が今受けているのがまさにそうで、結果、教師の視線も届かず、どうしても気が緩む。


「……あ。そういや、まだあの子のチャンネルって見てなかったな」


 暇すぎて思い出した。すぐにスマホを取り出し、イヤホンをさして耳につける。


 YouTubeを始めたとは聞いたけど、チャンネル名までは聞かなかった……ので、俺は検索して探してみることにする。


 イナズマの初期動画を知っていたことからもわかる通り、俺はコアなYouTubeファンだ。仕事である前からどっぷり沼に浸かっていて、趣味という意味では、トップYouTuberよりも、むしろ無名の人の動画を観るほうが好きだったりする。


 彼らの動画は基本的に拙く、映像も音も編集も構成もそもそものチャンネルのコンセプトもダメダメだったりするのだけど、カメラに映る楽しさとか、初めてのことに接した心の高揚とか、仲の良い友達と一緒になにかをする喜び……などなど、そういう初期衝動的なものがにじみ出ていると思うのだ。


 分析を重ねてウケる動画を作り、求められる自分を演出していくプロのYouTuberたちの動画とは、また違った良さがあると言うか。


 もし俺の言ってることがイマイチ通じてないのなら……。


 例えば『自己紹介』と入力して検索してみてほしい。そして、その次に検索窓の下にある検索フィルタで『アップロード日』をクリックしてほしい。そうすることで、オススメ順ではなく、投稿順に並び替えることができる。


 そうやって出てくる動画はどれも再生回数が数十回程度だし、YouTubeで食べてきた人間としては色々不十分と言わざるを得ない。


 サムネイル(動画におけるアイコン的なやつ)ひとつにしても、写真のチョイスが微妙だったり、縦横比が合ってなくて左右の端が黒くなっていたり、フォントの縁取りをしていなくて視認性が悪かったりする。


 サムネイルでこんだけ拙いのだから、動画本体はもっと拙くて、ただ友達や家族で撮ってアップしたという感じのモノも多い。


 だけど、不思議と、どの動画も驚くほど面白い。


 プロのYouTuberには出せない空気感がそこにはあるし、映像の粗さはホームビデオを見ているかのような親近感に思える。洗練されてないゆえの不確定さが楽しく、面白くない会話も友人たちの雑談を聞いているようで、それが逆に新鮮に感じられる。


 もともと、テレビなどと違って作り込まれてないところが、YouTubeの良さだった。昔に比べれば随分質も予算も上がったはずだけど、今でもそこは変わっていないと俺は信じている。

被写体となる人自身の魅力や空気感こそが、一番の面白い部分なのだ。


 ……と、YouTubeへの愛情ゆえ脱線が長くなってしまったけど、そんな俺でも杠らしきチャンネルは見たことがなかった。


 彼女はビジュアルもキャラクターも生まれ育った環境もYouTubeを始めるに至ったストーリーも、どれも一級品だ。カケルチャンネルとまではいかないにしても、上手くやれば金の盾、つまり登録者数100万人を狙うこともできると感じるが……


「……あった」


 俺は目を見開く。『ゆずりは 女子小学生』で検索した結果だった。


 チャンネル名は『ゆずりはちゃんねる』。そのまんまなネーミングだ。


 そして、肝心の登録者数は……0人だった。底辺も底辺。もはや地底。いくつかの動画を再生するが……すぐにため息とともに、再生を止める。


「これでよくプロデュースしてほしいって言ってこれたな……」


 若さゆえの勢いというのは怖い。


 でも。


 正直、彼女は素材がとてもいい。誰かがちゃんと舵取りをして、正しい方向に導けば、人気YouTuberの仲間入りする可能性も十二分にありそうだ。


「でもな……本人が断ったワケだしな……」


 俺は小さな声でつぶやく。


「はい、では今日の授業はここで終わります」


 気づけば、教授がそうアナウンスしていた。周囲を見ると、生徒たちはすでに片付けを始めていた。俺も教科書をカバンに片付け、教室を出る。


 次の授業まで少し時間があった。が、やることはない。入学以来ずっと休学していたので、友達もいない。


「暇だな……」


 周囲の学生たちは、仲のいい人と一緒に和気あいあいと過ごしていて、早くもここに俺の居場所はないのではという気持ちが浮かんでくる。YouTubeをしていた時期は、カケルはもちろんのこと、いつも周りに人がいて、暇を感じることもなかった。


 そこで、俺は気づいた。


「動画作る以外なにやればいいんだろ……」


 俺の時計の針は姫花の死から、1ミリたりとも動いていなかったのだ。

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