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第6話 弟妹、手料理、お断り

 俺の最寄り駅から各駅停車で2つ隣で下車し、そこから10分ほど歩いたところに、間瀬家――杠の名字は間瀬と言った――が住む建物はあった。


 距離的には数キロ程度だけど、友達が住んでいるワケでもめぼしい商業施設があるワケでもなかったので、今まで訪れたことはなかったのだが……こんな近くに、姫花に瓜二つの女の子が住んでいたとは。


 近づくと、全体像がわかってくる。


 1階に古びたコインランドリーがある建物で、築年数はおそらく50年近く。2階に続く階段近く

に達すると、そこには小学校中学年程度の男児と女児が並んで座っていた。


「やっと来たー!」

「来たー!」

「もう、ゆず姉おそいよ~!」

「おそいよ~!」


 女の子が長いフレーズを言い、男の子がそれに続く形で短縮形を言っている。


「遅いって、リンレンが鍵持って出なかったからでしょ」

「それはそうだけど~」

「だけど~」

「しかもふたり揃って忘れるなんて。それじゃ双子の意味ないじゃん」


 杠は大げさにため息をついてみせる。口調が一気に姉っぽい。


 姫花はずっと妹だったし、そもそも杠の容姿も妹感にあふれているので、なんだか二重の意味で新鮮だ。


 だけど、そんなお姉ちゃんに双子は……


「あ、それ双子差別だよ~」

「差別だよ~」

「私たち、二卵性だから全然似てないし~」

「似てないし~」

「考えてることも」

「全然違うから」

「性格とか趣味とかも」

「全然合わないもん」

「「ね~!」」

「いや、めっちゃ似てるし合ってるだろっ!!!」


 思わず身を乗り出して、ツッコミを入れてしまった。突然の来客なので、杠に軽く説明してもらってから紹介……と決めていたのだけど。


 突然現れた謎の男に、リンレンは当然ながら困惑。固まってしまった。


「あ、ごめん。実は俺その、君たちのお姉ちゃんに」

「「えーっ!!! なんでここにリョータがっっっ!!!」」


 と思いきや、一緒に叫んだ。ふたりとも俺を指出し、もう一方の手で口を押さえている。ジェスチャーまで同じだ。一卵性を軽く超えている。


「えっ、あのリョータ!?」

「あのリョータだっ」

「カケルチャンネルのリョータだ」

「そうだよ、カケルチャンネルの」

「なんでゆず姉と一緒に……」

「一緒に……」


 と、そこで双子が杠を見る。杠は俺と双子を交互に見たのち、最終的にこちらを向いて、どこか恥ずかしげに言った。

「とりあえず、一旦、中に入ろっか?」



   ○○○



「ふわー、ホントにリョータだ」

「ホントにリョータだ」

「本物は意外とイケメンだね」

「えー、そうかなあ?」

「なんでそこは一致してないんだよ。一致させろよ」

「うわ、やっぱリョータだ」

「リョータだ」

「カケルチャンネルでカケルに見せてたあのツッコミが」

「あのツッコミが」


 そんなことを言いつつ、双子は俺をしげしげと見つめたり、興味深そうにツンツンつついたりしてきた。動物園で気になる小動物がいたときの反応だろそれは。


 双子の姉弟の名は鈴・リン・レンと言った。杠とはまたタイプの違う容姿だけど、ふたりとも整った顔立ちでかわいい。


 正直、プロデュースの申し出を断れば、すぐに帰ろうと思っていた。


 姫花に似た少女が目の前にいるのは、俺にとってあまり良くないことのような気がしたから。


 だけど、俺はこの場から離れられないでいた。いきなり杠がやって来て、こうやって家に招かれ、双子の弟妹の相手までして……そうやって自分の身に起こっていることが、正直少し面白くなってきていたのだ。常に動画のネタを探している、YouTubeを生業とする人間の性だろう。


 周囲を見回す。これと言った特徴のない、普通のアパートだ。


 間取りは2DKで、古いキッチンダイニングと、フローリングのリビング、奥が畳の寝室という構成。和室の窓の低さや、クリーム色の台所などで、相応に年季のいった建物だとわかる。ちらっと見えたが、お風呂もバランス釜と言われる、浴槽の横に給湯器が設置されたタイプだった。ベランダもなく、物干し竿を窓枠の外にかけて洗濯物を干しているのが見えた。窓を開けていると、1階のコインランドリーの音が入ってくる。


「ごめん、お茶でいいかな?」

「あ、うん、ありがとう」


 杠が出したお茶に俺は手を伸ばす。いきなり家に来るし、敬語が喋れるワケでもないしで、正直少し常識のない子かと思いきや、態度がフレンドリーなだけで、親の躾は意外としっかりしているのかもしれない。


「あの、リョータ」

「……あ、うん、なにかな?」

「リンレンがお腹すいてるみたいで料理作れたらと思うんだけど」

「あ、いいよ、全然待つ」

「良かったら軽く食べてく?」

「……え、食べるの?」

「そだよ」

「俺も一緒に?」

「……ぼっちメシに慣れすぎててそれしか無理とかだったら、下のコインランドリーで食べてもいいけど」

「いやそういうことじゃなく」


 聞き返した結果、変なやり取りになってしまったが、大人としては当然の反応だと思う。


 たしかに小学生って友達の家でごはん食べるの結構普通にするけどさ、成人もすればそんなこともなかなかないワケで……。


「もうお昼過ぎてるし、ごはん食べながらさっきのお話の続きどうかなって」

「あ、そういうことね」


 なるほど、要件がわかった。たしかにメシを食べながらのほうが、スムーズに進むだろう。俺も断りやすい気がするし。


「それに、ファミレスでご馳走してもらったでしょ」

「ご馳走ってドリバーだけだろ」

「でも439円もしたじゃん! 我が家の1日分の食費超えてるからっ!!」

「そうなんだ」

「なにもお返ししないの嫌なの」


 そう話す杠は、本当にそう思っているのが伝わってくる表情だった。


「なら食べさせてもらおうかな」

「良かった! じゃあ今から作るね。ゆっくりしてて」


 そう言うと、杠はエプロンを器用に首の後ろでくくりだす。母親のモノを丈詰めしたものなのか、エプロンは大人っぽい色合いだったが、それが逆にいい味を出していた。めちゃくちゃ似合っているし、というかエプロン姿なんて姫花のも見てないワケで、正直死ぬほどかわいい……。


 とか思っているうちに、杠は調理を開始。お湯を沸かしつつ、フライパンで炒めものを始めると、あっという間にいいニオイがしてくる。スゴい手際だ。


 立ち上がって台所に近づき、俺は尋ねる。


「何作ってんの?」

「パスタだよ! 春キャベツとベーコンのパスタ。キャベツとベーコンと梅昆布茶があればできるんだ」

「へー……てか小学生なのに料理とかするんだ」

「うち母子家庭なんだ。お母さん、私たちのためにずっと働いていて、だから私も結構料理するんだ」

「そうなんだ……」


 思わず、ため息にも似た声が出てしまう。


 こういう話は、わりとどこにでもある話だろう。


 しかし、俺にとっては、姫花とそっくりな外見をした女の子が言っていることが重要だった。三人きょうだいの末っ子で、両親はもちろんのこと、兄からも過度な保護を受けて育った姫花とは、いろんな意味で大きく違いそうな子だ。


 パスタを茹で終わると、杠はそれをフライパンに入れ、梅昆布茶や調味料を入れてあえた。程なくしていい具合に仕上がり、大きな器に盛りつけられた。


「あ、じゃあこれ運ぶね」

「いい? ごめんね客人なのに」

「いきなり家に来といてよく言うよな」

「ふふっ。たしかに」


 そして、ふたたび茶の間に移動。小皿に取り分けながら、4人で食べていく。


 具材はキャベツとベーコンでシンプルだけど、梅昆布茶の酸味が程よく効いており、とても美味しい。


「美味いな……」

「ゆず姉の料理は何でもおいしいよ」

「なんれもおいひいよ」

「こらリンレン、口の中に入ってるときに喋っちゃダメって言ってるでしょ」

「「らーい」」

「ごめんね、大したもの作れなくて」

「いやこれ、マジでウマいよ」

「そう? なら良かった! うれしーっ!」


 杠は微笑む。エプロンをつけたままであることや、弟妹を前にしていることもあってかお姉さん感が強い。


「ウチ、貧乏だからパスタ多いんだ。安いときに大量に買っておくの。これも4人分で100円くらいだよ」

「え、そんな安いんだ」

「うん……カケルチャンネルとは真逆だよね」

「まあたしかにあのチャンネルは高いモノ食べるからな」


 最近、なにかとリッチなイメージのYouTuberだけど、その中でもカケルは良く言えば『金持ち』の、普通に言えば『成金』の代表的存在だ。


 だから、メシ系の動画でもたくさんお金を使っていて、過去には……


『高級焼肉、全メニュー食べきるまで帰れません!!』

『居酒屋で居合わせた客の代金を全部支払ってみた』

『1週間食費100万円生活してみた』


 みたいな、本当に品のない企画をやっている。ちなみに、企画を考えたのは俺。今までやってきた仕事にはそれなりに誇りは持っているけれど、でも品がない自覚はあるのだ。


 だけど、目の前の少女は目をキラキラさせて、


「カケルチャンネルの動画は全部観てるんだけどさ、とくにごはん系が好きで」

「そうなんだ」

「ちなみに、一番お金使ったのって何なの?」

「逆に何だと思う?」

「高級焼肉のやつ?」

「ブー。正解は『A5ランクの牛一頭買いしてみた』」

「……え、そんな動画あったっけ?」

「そう、ない。ボツになった。たまたま同じ時期に別のYouTuberが丸かぶりのやつ出したんだよね」

「え、同じ時期に」


 杠が目を見開く。


「そう。パクリって言われるのカケルめちゃくちゃ嫌がるから……たぶん400万円くらいかかったんじゃないかな」

「400万円……お母さんの年収何十年分だろ……」


 杠は、遠い目をして言う。


 彼女と話しながら、俺はあることを感じていた。きっとこの子は、家が裕福ではないからこそ、カケルチャンネルに憧れていたのだろう、ということだ。


 自由で奔放で豪快で、湯水のようにお金を使う、金持ちYouTuberカケルの姿に、きっと惹かれたのだ。


 自分たちが好きで始めたことが、ネットを通じて、お茶の間へと夢や楽しさを届けている……今まで、YouTubeでのコメントやツイッターでのリプライ、イベントでの声などで知りつつも、漠然としか感じていなかったことが、急に具体性を帯びてくる。


「YouTubeを始めようと思ったのも、もともとはお母さんを少しでも楽にさせてあげたいって気持ちからなんだよね」


 杠がふたたび口を開く。声色から、真面目に戻ったことがわかった。


「小学生ってまだバイトできないじゃないでしょ?」

「まあ被雇用者は無理だな」

「それ私にはわかんないけど……今から子役になるのも難しいし、だいたい私が外で働くとリンレンの面倒を見る人がいなくなる。でも、YouTubeならできるんじゃないかって」


 杠は真面目な顔で語る。


「実際、海外には子供でもYouTubeでお金持ちになっている人もいるし、まあそこまでは無理だとしても、上手くいけば家計の足しくらいにはなるんじゃないかなって。そうなれば、お母さんが朝から晩まで働いてるのが、朝から夕方くらいになるかもでしょ?」


 夢中になってパスタをむさぼるリンレンを見ながら、冷静に語る杠の横顔はとても大人びていて、とても小学生の考えとは思えなかった。こんなふうに語る姿も、3きょうだいの末っ子だった姫花とは、かなり違う印象で、俺は脳内がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。


 だからだろうか。


『もし、事務所に在籍していたときに、後輩でこの子が入ってきていたら、俺は手伝ったんだろうか??』


 一瞬、そんな問いかけが頭のなかで浮かんだけど、すぐに自分で打ち消した。


 YouTubeからはもう離れると決めたじゃないか……。


 だいたい、この世界には姫花はもういないんだ……。


 姫花を喜ばせるために動画を作り始めたのなら、もう頑張る理由なんてないじゃないか……。


 それに、いくら似てると言っても、この子は姫花ではないんだ……。


「……プロデュースの件、なんだけど」


 声が聞こえ、俺は思考の海から顔をあげる。姫花とそっくりの顔をした少女は、俺のことを真剣極まる面持ちで見ていた。


「お願いできないかな?」


 胸が痛かった。 


 理由を詳しく言えないのも苦しい。


 だけど、伝えないといけないと思った。


 彼女の真剣さに少しでも報いなければと思った。


 長い説得になるかもしれないけど……でも言うしかない。


「……ごめん、それはできないんだ」

「うん、わかった。諦める」

「じつは俺、YouTube辞めるつもりで、事務所も辞めたばかりで……って、えっ?」


 自然と顔を見たことで、彼女から目を逸らしていたことに気づく。


 悲しい面持ちをしているのかと思いきや、杠はむしろ満足げに、柔らかい笑みを浮かべていた。


「ごめん。正直さ、断られるのはわかってたんだ」

「え……なんで?」

「私みたいな子はきっとたくさんいるだろうし」


 いや、家まで来たのは初めてだ。事務所の人から、後輩のアドバイスを求められることは何度もあったけど。などと言いそうになって止める。


「YouTubeから離れるのも、なんとなく感じてて。カケルチャンネルに出なくなってもう2年だし、ツイッターも最近は全然動いてなかったし……」

「……」

「家に行ったのも、心配だったってのもあったんだよね。だから思ったより全然元気で安心した……あ、辞める理由は聞かないから」

「なんで」

「きっと色々あったからそういう決断になったんだろうし、そうじゃなきゃ辞めないよね」


 頭のいい女の子だと思った。


 それでいて大人で、性格が本当にいい。出会いこそ色んな意味で酷くて、礼儀とかもなってないのかと思いきや、実際は心から俺のことを思ってくれていることが伝わってきた。


「……そう思ってるなら、なんで頼んだんだ?」

「無理だとわかってても、伝えておきたかったんだ。私、カケルチャンネルのリョータのこと本気で好きだったから」


 そう言うと、杠はニコリと微笑む。


 気づくと、リンレンもこちらを見ていた。俺が見ると、すっと目を逸らす。


 この子たちもとても賢いようだ。子供である利点を使わず、姉の真面目な話に介入しないよう、静かにし続けている。


 俺はなにも言えなかった。残ったのは、自分の気持ちを完全に汲み取られ、先回りされたことへの、ちょっとした敗北感だった。


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