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第5話 リョータ、カケル、ゆずりは

3日くらいで全部載せたいので今日は5〜7話分くらい掲載する予定です!

 その10分後。


 俺は、(ゆずりは)と名乗る少女と近くのファミレスにやって来ていた。


 それぞれ飲み物を注文したのち、俺は彼女を改めて見る。顔も背格好も雰囲気も、すべて2年前の姫花にそっくり。違うのは髪型と口元のほくろ、地味な服装と、気が強そうに眉が時折クイッと持ち上がるのだけ。


「てかいきなりパンツ見るとか、いくら私が厄介ファンでもありえないんだけど」


 そうだった。パンツも違った。


 ちょうど亡くなった頃の姫花と同じ外見をした彼女は、姫花とは対称的な気の強さを感じさせる声で言う。それだけで、俺の脳は混乱し続ける。


「いや、だからあれは事故だって」

「へー、事故」

「それに悪気があったワケじゃない」

「悪気なくても悪くないワケじゃないよ」

「たしかに……ってそれを言うなら、お前がした行動も同じだからな? 普通に法に触れるぞ、未成年じゃなければ」


 そう言うと、杠は口をキュッと締める。


「……家に勝手に行ったのは謝る。ごめんなさい」

「わかった。もういい、許す。俺もパンツ見てすまなかった」

「うん、もういいよ。今日は新しいパンツだったし」

「ああ、なるほど……なるほどなのか?」


 横を通り過ぎた店員さんがギョッとしたような気がしたが、怖いので見ないことにする。


「てか、さっき言ってたヒメカって」


 と、そこで杠が思い出したように言う。


「誰だっけ? なんかどっかで聞いたことある気がするんだけど……」


 冷や汗をかきそうになったけど、幸いにも彼女は覚えていないようだった。


 杠が姫花のことを覚えていて、自分と勘違いされた→自分と似ているのでは? というふうに考えたらどうなるかと思ったけど、今のところ気づいていないらしい。


「え、えーっと、友達の妹だよ! 2年くらい前に引っ越してから疎遠になったんだけど、杠とすげー似ててさ」

「ふーん、そうなんだ。あるんだね、そういうこと」


 杠はとくに疑う様子もなく、俺の下手な言い訳を信じたようだ。


 ちなみに、杠が姫花という名前を聞いてピンときたのは、カケルチャンネルの過去の動画が原因だ。


 姫花はシャイでおしとやかな性格の子だったので、自分自身が出演したことは一度もないのだけど、俺とカケルはよく姫花の話をしていた。とくに俺は結構な回数話していて、姫花が小4のときには「一緒にお風呂に入っている」と明かしてしまい、2週間くらい話してもらえなくなったことがある。


 俺としては、全国の兄というのはいつまでも妹と一緒にお風呂に入るものだと思ってたから話しただけでなのだけど、どうやら世間はシャイな兄妹が想像以上に多いようで、ネット上では「シスコン」の大合唱。


 ネットニュースにも「妹の髪を洗う以上の幸せがこの世にありますか?」という発言をわざわざタイトルに入れて記事化されてしまったほか、Wikipediaに「高校生にして小学生の妹と一緒にお風呂に入っており、リョータ自身もシスコンであることを認めている」と加筆されるなどの被害にあった。


 いや、シスコンってのを公式に認めたことはないぞっ! あくまで非公式だっ!


 その後、必死の謝罪と服および文房具のプレゼント攻撃を繰り返したのち、『姫花について1秒でも喋っている動画を全部非公開にする』という条件で許してもらえることになったのだけど、杠はどうやら非公開にされる前に動画を観ていたらしい。


 あれはもう、4年近く前の動画のはず。


 もしかすると、目の前にいるこの子は、意外と本当にファンなのかもしれない。


「カケルチャンネルで好きなのはどの動画?」


 尋ねてみると、彼女は考える面持ちになる。


「んー、いっぱいあるけど、とくに好きだったのは買い占めシリーズかな!」

「ほうほう。まあ代表作だな」

「カードショップもだけど、中古ゲーム屋さんの」

「え、どれだろ」

「覚えてないの?」

「うん。編集するときは何時間も見返すけど、一回出しちゃえば案外見ないから」

「へえ。そういうもんなんだ」


 そう言いつつ、杠はポケットからスマホを取り出してYouTubeを検索し始める。機種は今どき珍しいiPhone5sだ。母親のお古とかそういう感じなんだろうか。


「あったあった」


 杠がスマホ画面を差し出してくるので、身を乗り出す。



   ===


「はい、どうもカケルです。今日の企画は『倒産寸前のゲームショップの商品買い占めて経営救ってみた!』です」


   ===



 画面に写っているのは俺の実兄・カケルだ。トレードマークの金髪が輝いている。


「あー、あったなこんなの」

「思い出した?」


 杠が嬉しそうに笑う。ふたりで一台のスマホを覗き込んでいることもあり、距離が近い。


 俺は反射的に少し身を引きつつ、スマホを見る。



   ===


「付き合いのある地元のゲームショップの店長と喋ってたら、『最近売上がヤバい』『子供を大学に行かせてあげられないかもしれない』って言ってまして、僕もね、店長の子供さんと何度か会ってて、しかもその子、カケルチャンネルのファンなんです。ファンがいてくれるから僕たちは稼げてるワケなんで、恩返しするタイミングだってことで、リョータ、カバン貸して」

「はいこれ。エゲツない重さっすよこれ」


   ===



 画面の端からボストンバッグを持った俺が出てくる。バッグからは分厚い札束が何個か見えており、我ながら非常に品のない動画だ。


 そして、動画を観ながら少しずつ思い出した。これはカケルチャンネルが急激に登録者数を伸ばしてた時期の動画で、カケルが冒頭で説明した通り、『倒産寸前の中古ゲーム屋の商品を買い占めて救ってあげる」という内容。たしかトータルで100万円近くかかった記憶がある。


「ね、リョータも出てるでしょ」

「そりゃ出てるよ。これ、買い占めた商品、視聴者プレゼントしたんだよな」

「そう! それで私、応募してて!!」

「えっ、マジか! ホントにっ?」


 意外な動画が話題に出てきたので、つい声が出る。


「あの動画を見てたら、お母さんに『こういうのは買ってるフリなだけだよ』って言われたことがあって」

「お、マジか……まあそういうとこもあるもんな」

「カケルチャンネルもそうだったら嫌だなって思ったんだけど、もし私が当選すれば違うってことになるでしょ? だから応募してみようってなって、どうせならファンレターのつもりで出そう……って思って出したら、プレゼント当たって」


 そういいつつ、彼女はリュックの中をゴソゴソと探し始める。取り出したのは当時流行っていたゲームのソフトだった。見慣れた、カケルのサインが入っている。


「これこれ」

「うわー、懐かしー」

「それまでお母さん、YouTubeに対してあんまいいイメージ持ってなかったんだけど、これがきっかけで一緒に観るようになって」

「えー、めっちゃいい話じゃん!」

「だから私にとっても特別な思い出で」


 俺が心を開き始めたせいか、少し慣れてきたようだ。


「……あ、それで見てほしいのが……」


 そう言いつつ、彼女はリュックから小さな箱を取り出した。蓋を開けると、そこに入っていたのは1枚のハガキ。箱にしまわれてるだけでなく、ジップロックに包まれているという厳重っぷりである。


 手渡されたハガキを見て、俺は目を見開く。そこには、


『いつも応援ありがとう。カケルチャンネルはリョータがいるから面白いって言ってくれて嬉しい。99%はカケルのファンだから(笑) YouTuberになりたいとのこと、いいですね。もしなれたらいつか一緒に仕事できたらいいね!』


 と直筆で書いてあった。


「リョータからの返信。このプレゼントと一緒に入ってて」

「どう見ても俺の文字だな……」

「それで私、最近YouTube始めたから、約束通りプロデュースしてもらいたいなって」

「約束通り……なるほど、事態は飲み込めた」


 この動画を出した頃、俺とカケルはバズマジに入った頃だった。


 完全個人でやっているときはプレゼントやファンレターを受け取ることができなかったのだけど、事務所入りしたことで送ってもらえるようになった。結果、読むだけで大変なレベルのファンレターをもらうようになったのだけど、とは言え、表面的には裏方である俺に向けたモノはほとんどなかった。だから、たまに自分宛てに来ると嬉しくて何度も読んでいたし、時間ができればちょこちょこ返事を送っていたのだ。


 もちろん、「いつか一緒に仕事できたらいいですね!」というのは社交辞令だし、この返事のことも正直全然記憶になかった。当然だ。YouTuberになりたいと書いてくる子供なんて何十人何百人もいたし、俺は全員にこんな感じで書いていたのだから。


 しかし、まさか本当に来るとは。


「私、まだ小学校6年生で子供だけど、本気でYouTuber目指してて……だから、どうしてもリョータにプロデュースしてもらいたくて」


 そう思っている間も、杠は真面目な顔で語っている。


 困った。どう言って断ろう。


 正直、こうやって来てくれること自体は嬉しい。


 でも、ビジネスはそんな簡単な理由で始まるモノではないし、タイミングも悪い。俺は昨日で、YouTubeを完全に引退したのだ。


 仕方ない。気乗りしないけど、断るしかない。


「あの、プロデュースなんだけど」


 と、俺が言いかけたそのとき、着信音が聞こえてきた。


 テーブルの上を見るが、俺のスマホではなく……


「あ、ごめん私だ……弟と妹」

「出てもいいよ」

「ごめん、すぐ終わるから」


 そう言うと、杠は礼儀なのか顔を横に向けて電話をする。


「……え、鍵がない? 持って出るの忘れた? わかった、すぐ帰るね……あの」

「うん」

「私、家に帰らないといけなくなっちゃって」

「あ……そうなんだ」


 そう漏らしながら、俺は名残惜しく感じかけていることに気づく。


 そして、自分を心の中で叱る。


 この子はたしかに姫花に似ている。が、似ているだけで赤の他人だ。


 接しすぎると自分の気持ちがどこに転がっていくかわからないし……だからこそ、俺は自分を戒める意味もあり、別れの言葉を告げようと思った。


「でも、仕方ない。ならこの辺で……」

「だから、もし良かったら来ない?」

「……へ?」


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