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最終話 ハグ、涙、疑似兄妹

 部屋に入ると、リンレンはすぐに寝てしまった。俺がチャンネルから抜けると勘違いして泣き続けたことが原因だろう。日頃の編集作業や生配信の肉体的疲労がすでにあったことを考えると、小学生の子供としては致し方ない。


 というワケで、俺は杠とふたりきりで話すことになった。自然と会話の内容は、翔とのドライブの報告になる。俺の話を静かに聞いたのち、杠はこう口を開いた。


「そっか。和解できたんだね」

「ああ」

「それはすごく嬉しい。一緒にYouTubeする仲間としても、カケルチャンネルの元ファンとしても」

「杠のおかげだよ、マジで」

「おかげ? 私の?」

 俺としては当然のこととして言ったつもりだったが、杠はキョトンと聞き返す。

「そりゃそうだろ。もともと俺、YouTubeから足を洗うつもりだったワケだし」

「あ、そう言えばそうだったね。なんか忘れてた……私、自分のために頑張ってるだけだったからさ」

「それでいいんだよ。俺は裏方だ。主役が輝ければそれでいい」

「そっか……ありがとね」

「ああ」


 今日何度目かわからない杠の感謝の言葉に、俺は小さく返す。気づけば夜も深まっている。外はとても静かで、隣の部屋からリンレンの寝息だけが聞こえている。


 むず痒い沈黙が、俺と杠の間に訪れた。


 いつもくだらないことを言い合っている俺たちとしては、異例な時間だ。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 嫌どころか心地良くすら感じられて……俺はその理由に気づく。そっか……姫花と一緒にいた時は、こうやって黙ってることも多かったもんな。懐かしさすら伴うこの空気感の理由は、目の前の杠ではなく、記憶の中の姫花であった。


 杠と姫花は似ていない。容姿は瓜二つだが、内面は真反対だ。


 でも、真反対だからこそ、こうやって偶然訪れた空気の一致が、胸の中に入り込んできて、柔い部分を容赦なく刺激した。


 ダメだな、本当に。もう2年経つのに、忘れるどころか思い出すことのほうが多いんだから……と、そんなことを思っていると。


「ね、良太」


 杠が声をかけてきた。顔を上げると、優しい笑みを浮かべている。俺は思考を、姫花から目の前の杠に切り替え、意識して明るい声を出す。


「なんだ?」

「もし良かったら、なんかお礼させてくんない? 10万人突破の」

「10万人突破のお礼……」

「そう。ありがとうって言うだけじゃ足りない気がして」

「…………えっ」


 カケルとあんなドライブをしたあとで、杠があまりにも普通なことを言ったので、俺は逆に面食らってしまった。


 まあそりゃYouTuberにとって10万人は大きな節目だけど、数百万登録のチャンネルに関わっていた俺としては、気を緩めているように思えてしまう。ので、小さくため息をつく。


「おいおい杠、お前俺の話聞いてたか? 10万人くらいで喜ぶなんて気が早いって」

「うん、聞いたよ。でも節目は節目でしょ?」


 俺が言い返しても、杠は折れなかった。


「それに今お礼しとかないと、次にお礼するタイミング難しいし。いくら良太でもすぐ100万人にいくワケじゃないでしょ?」

「まあ、それはそうだろうけど……」


 静かにうなずく。その反応を確認したのち、杠は一瞬ためらうような素振りを見せて、しかし意を決したように口を開く。


「……わかってよ。良太のためでもあるけど、私のためにお礼したいの……良太と一緒にYouTubeやるようになって、色んなこと学べて、色んな嬉しいことがあったから。良太がいなければウチは家族がバラバラになってたかもしれない。リンレンと一緒に過ごせなくて、寂しい思いをさせてたと思うの……だから、良太は救世主なの。私にとってスターはカケルじゃない、良太なの」


 頬を赤らめながら、でも俺の目をじっと見ながら、杠は語った。


 その声は決して大きくなく、トーンも低く一定で動画の中の彼女とは大違いだが、だからこそ、本気なのが伝わってきた。


 ついさっきまで翔と話していたこと、とくに姫花について話していたことが自然と重なってくる。姫花の死で、俺の家はバラバラになった。とくに翔とは一度は完全に袂を分かってしまった。その結果、天国にいる姫花も悲しませてしまった。天国の彼女から笑顔を奪ってしまった。


 だけど、裏方として杠に関わることで、彼女の家族をバラバラにするのを防いだ。杠の笑顔を、自分の力で守った……。


 そんなことを思いながら、杠の感謝の言葉を聞いていると、色んな気持ちがぐちゃぐちゃになった。姫花への罪悪感、杠への感謝、翔への愛憎……全部が混ざった。その結果、どうなったかと言うと……。


「え……良太、もしかして泣いてる……?」


 涙となって溢れ出てきてしまった。自分でも予想できないほど涙が溢れて、心から決壊してしまったことを悟る。止めようとしても無駄で、今まで必死で押さえつけていた感情、自分でも気づかなかった思いが暴走するのがわかる。


 急に泣き出したのにびっくりしたのか、杠は驚いて目を見開いていた。


「いや、これはその……目から汗が」

「めっちゃおもんないこと言うね。ホントに天才クリエイターなの?」

「うるせーっ!」

「じゃあテイクツー」

「えっと、目から……目から……」

「反応遅い! 普段あんなに偉そうなのに!!」

「いいんだよ、俺は裏方なのっ!!」


 ニヤけながらイジってくる杠に、少しでも涙を見られまいとして俺は顔を背ける。


 だが、止めようという意思に反して、涙は溢れ続けた。


 くそ、なんてだせーんだ。ハタチにもなって小学生の前で泣くなんて……。


「良太、大丈夫?」


 挙句の果てには、心配までされちゃったし……。


「すまん、なんで泣いてるのかわかんなくて。変だよな」

「変じゃないよ」

「すぐ落ち着くから。ごめん」

「あやまんないでいいから」


 フローリングの感触で、杠が立ったことがわかり……直後、後頭部から背中にかけて、彼女の体重を感じる。俺の体を包むように、彼女の両腕が伸びており……俺は、杠に後ろから抱きしめられていた。


「カケルさんと仲直りしたんだもんね。緊張の糸が切れて安心したんだよ」

「杠、お前なにを……」

「頑張ったね、良太。きっと姫花さんも喜んでるよ」


 そう言いつつ、杠は片方の手で俺の後頭部に触れ、優しく撫でる。


「よしよし。いい子いい子」

「杠、だから一体なにを……」


 言い返そうとするが、言葉はすぐにしぼんでしまう。すると、数秒の沈黙ののち、杠が耳元で囁いた。


「良太、一分だけだよ。一分だけ、妹になってあげる」

「……」

「お兄ちゃん、寂しかったね。ずっと寂しかったんだよね。私が死んじゃって、そのせいでカケ兄ともケンカして仲悪くなって……ずっとひとりぼっちだったんだよね」

「杠……それが、お前の言うお礼なのか?」

「お礼? なんのこと? 私は姫花だけど」


 杠は、優しくとぼけた。


「ひとりで頑張ってきたね。辛かったよね。辛い想いさせてごめんね」


 杠は、静かに言い続けた。姫花として、姫花の言葉を言い続けた。


「YouTube始めたの、私を励ますためだったもんね。なのに私がいなくなったらダメだよね。ごめんね、お兄ちゃん」


 ……なんて子供だましな遊びなのだろう。


 杠の言葉を間近で聞きながら、俺は思う。


 当たり前だ。姫花はもうこの世にいない。


「ごめんね、お兄ちゃんに心配かけちゃって」


 今、俺を抱きしめ、頭を撫でているのは、杠という別の女の子なのだ。


 姫花じゃない。


「でも、もう大丈夫だから。お兄ちゃんはもうひとりじゃないから。お兄ちゃんのことを本当に大切に思ってて、必要としてる人が側にいるから。その人は、お兄ちゃんのこと大好きだから……」


 断じて姫花じゃない。我が最愛の妹じゃない。


 ……けど。


 ……だけど。


「好きだよ、お兄ちゃん。これまでも、これからも」


 背中で感じる温もりは、耳元で紡がれる言葉は、紛れもなく姫花のモノだった。


 ぐしゃぐしゃになった顔で振り向くと、姫花が笑っていた。


 誰がなんと言おうと、そこにいたのは姫花だった。


「姫花……」

「お兄ちゃん」


 面と向かってその声を聞くと、必死にせき止めていた感情が溢れて。


 それだけでなく、胸の奥深くにあった泉からさらに新たな感情が沸いてきて。


 気づけば、俺は姫花を抱きしめていた。


「姫花……ぐすっ……俺、ずっと辛かったんだ。お前がいなくなってホント寂しくて、生きる意味とかマジわかんなくて仕事も全然楽しくなくなって……翔とは絶縁状態だし、でも事務所の人たちはいい人ばっかで、だからこそ胸が苦しくて本気になれない自分が申し訳なくって……ぐすぐすっ……お前の死に目に会えなかったのが申し訳なくて、無理にでもイベントに連れてったらって思って、申し訳なくて……」

「うんうん、頑張ったね。お兄ちゃんはホントに頑張り屋さんだね」

「俺、ずっと会いたかった。姫花に会いたかった……写真とか動画の中じゃなく、こうやって生身の姫花と会いたかった……」

「会えたじゃん。だからもう泣かないで。ね? お兄ちゃんは強い子でしょ? 男の子でしょ?」

「姫花……」


 あとになって気づいたことだったが、杠が言っていた1分という時間は、大幅にオーバーしていた。


 だけど、杠は止めなかった。俺の涙が枯れ切るまで、ずっと姫花で居続けていてくれた。俺のことを慰め続けてくれた。


 そうして、俺はたくさんの涙とともに、解放されたのだった。


 天国にいる、最愛の妹に対して抱えていた、重い重い罪悪感から。


   ~おわり~

公募用に書いたやつでした。ライターとしてYouTube関連の記事かいたり取材したりの知見を反映させた感じで、ちょこちょこモデルいたり元ネタがあったりします。

ただ、振り返ってみるとカケルの周りの書き込みが足らない印象ですね、我ながら…。

まあ公募はページ数の制約があるんで仕方ない面もあるにせよ、背景とかをもう少し書き込んだほうが良かったなと読み直して感じました。


読んでくださった方がいればありがとうございます!他の作品でまたよろしくお願い致します

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