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第29話 提案、和解、兄として

「俺たち、仲直りする必要はないと思うんだよ。もともと仲良しじゃないから……でも、距離は近づいたほうがいいと思うんだ。かつて、姫花が望んだように」


 思わず、反射的に翔の顔を見てしまう……と、翔も反射的にこちらを見た。


 数年ぶりにちゃんと目が合った気がした。身につけているモノはどう考えてもカタギじゃないのに、翔の瞳は昔からずっと見てきたのと変わらず、俺は自分が自然と弟に戻るのを感じた。同じように、翔も兄に戻ったのがわかった。


 ……いや、違う。今日会ったときから、翔はずっと兄だった。


 なんならあの動画のときも、カケルとしてじゃない、翔としての顔をちらつかせていた。


 隠せてなんかいなかった。俺が向き合おうとしていなかっただけだったのだ。


 信号が青に変わり、車を発車させる。首都高速に乗り込むと、等間隔で照明が左右に流れていった。規則正しい光景が、自然と心を落ち着ける。


 長い間、俺は色んなことを考えた。


 姫花のこと。


 翔のこと。


 YouTubeのこと。


 杠のこと。


 リンレンのこと。


 みれいのこと。


 親や、弥生さんや、バズマジの社員さんたちや、YouTuberの仲間たちのこと。


 翔はなにも話さなかった。きっと、俺に色々考える時間を与えたかったのだろう。


「なあ良太」


 永遠とも思える沈黙の末、翔がつぶやいた。


「戻ってこないか? カケルチャンネルに」


 動画内で呼びかけた、復帰の提案だった。


「3年前にお前が抜けるって言ったときは、正直べつにそれで構わないって思ってたんだ。あの頃、登録者数が200万人を超えて絶好調だったし、やり始めた頃と違って、編集社も作家もマネージャーもいた。お前が抜けても、チームカケルがいれば大丈夫だと思ってたんだ……でも、違った。そんなことは俺にとって、どうでも良かったんだ。ただ側にリョータがいることが大事だった。ウマの合わない、性格の全然違う、仲良くない弟がいるってことが大事だったんだ」


 俺を見つめる目は真剣だった。


 普段なら運転中に横を見るなと注意するところだが、それすらできないほど、張り詰めた空気が車内を支配する。


「それにだ。姫花の一番の望みは、俺らがまた一緒にやることだと思うぞ」


 そして、翔はダメ押しするかのように添える。


 正直、俺は翔の話に心を動かされていた。


 でも、と同時に、どこかで関心している自分もいた。こうやって実弟の俺を説得するときにも、YouTuberとして培った、自分をより魅力的に見せる技術を使っているのだろう……と思えたからだ。


 翔の話を聞きながら、俺は杠に対して、YouTuberカケルの魅力を話したときのことを思い出していた。自身をスターと形容してはばからないビッグマウスっぷり、周囲に迎合せず自分の生き方を貫く姿勢、自分にも他者にも徹底して厳しいプロフェッショナルさ……そんなことを語ったけれど、今思えばもっと重要なポイントがあった。カケルのスゴさの本質は、そんなところじゃない。


『自分の欠点や黒い部分すらさらけ出しつつ、それでも周囲を仲間に引き込んでしまう人間臭さ』


 これこそが、彼の最大の魅力なのだ。


 杠に常々話していることだが、YouTuberは『自分をいかに魅力的に見せるか』が大事な仕事だ。そのため、基本的には他者より秀でたところを見つけ、そこを押し出し、周囲との差別化をはかっていく。そうすることで、魅力的な人だと感じさせ、ときには錯覚させ、ファンにしていくのだ。


 しかし、カケルは逆ベクトルの、欠点や黒い部分すら視聴者に受け入れさせてしまう。


 一言でまとめると、きっと『カリスマ』という言葉が当てはまるだろう。

自分をいかに魅力的に見せるかを徹底的に考えた結果、その最高到達点として、素の自分を視聴者に愛させるようになったのが、俺の兄である山野辺翔、YouTuberカケルという男なのだ。


 ……ホント、マジでこいつ何者なんだよ。


 ……こんなのが兄貴って、冷静に考えて俺の人生ヤバいだろ。


 そして、こんな話のときにですら、こうやって相手を分析してる俺も、一体何なんだろう……。


「ははは……」


 心の中の自嘲が表情筋にも伝わり、自然と声を漏らして笑ってしまう。そんな俺の様子を見て、翔は満足げに笑っている。手応えがあったときの顔だ。


 だからこそ、俺は彼にきちんと伝えないといけないと思った。


「ありがとう。そう言ってくれて本当に嬉しい」


 翔が黙ってうなずく。


「カケルチャンネルに戻れるってのも、今の俺には物凄くありがたい提案だと思う。正直大学に戻っても楽しいことなんかないし、今さら普通に就活してサラリーマンになって……ってイメージもできないから」

「だろうな。お前は自分のこと普通の人間だと思ってるけど、俺と同じで頭おかしいからな。普通の人生なんて送れないんだよ」

「翔の言う通りだ。俺は俺のこと全然わかってない。周りのことは見えても、自分のことはなんにも見えてない」

「だからこそ、一緒に戦う人間が必要なんだよな」

「その通りだ」

「……リョータ、ありがとう。じゃあ、これからまた一緒に……」

「でも、ごめん。俺はカケルチャンネルには戻らない」


 俺の返答に、翔の表情が固まる。そして、一気に曇っていく。


「YouTubeは続ける。でも、カケルチャンネルには戻らない」

「……やっぱ、俺のことまだ……」


 翔が少し落ち込んだ表情になる。もうずっと見ていなかった弱々しい兄貴の姿に、俺はふっと笑ってしまいそうになった。


「違うよ。今やってる仕事で手一杯なだけ」

「……例のチャンネルか。姫花にそっくりの、あの女子小学生YouTuberの」

「ああ」


 俺が言うと、翔は口をつぐむ。


 亡き妹と瓜二つな少女への単純な興味、その子に俺が関わるようになった経緯、でもどこまで聞いていいかわからない葛藤……その横顔からは、様々な感情が見て取れた。俺と同じく、姫花の兄だからこそ、胸の中に生まれている感情だと思った。


「良太」


 長い沈黙ののち、彼は口を開く。


「戻ってきてくれてありがとうな……きっと、姫花も喜んでるだろう」


 自分のチャンネルではなく、YouTubeという世界に……というのは、添えられなくてもわかった。そして、同業者としてそう言うのと同時に、3きょうだいの長男として言っているのもわかった。


 俺がなにも言えずにいると、さらに翔はこう言った。


「自慢のお兄ちゃんでいような。俺らふたりとも。仲良しじゃなくても、いい距離感保ってさ」


 ほとんど音を立てない静かな高級車のなか、翔の言葉はすっと俺の胸に入ってきたのだった。



   ◯◯◯



 首都高速を降り、地下鉄の駅の側でおろしてもらうと、俺は翔と別れた。


 電車を乗り継ぎ、間瀬家に戻ったときには、すでに22時近くになっていた。時間も時間だし、そのまま俺の家に戻っても良かったのだが、心配させるかと思って一応顔を出したのだが、


「え……良太? どうしたの?」


 玄関ドアを開けた杠は、なぜか物凄く驚いた表情を浮かべていた。


「え、どうしたって。普通に帰ってきただけだけど」


 しかし、異変が起きていたのは杠だけではなかった。奥でリンレンが、涙で顔を真赤に腫らしていたのだ。


「りょ、りょーたああああっっっ!!!」


 などと叫びながら、俺に抱きついてきたので、こちらとしてはもう意味がわからない。


「いででっっ!! お前ら急にどうしたんだよ? なんで泣いてる?」

「だ、だっで……」

「グスングスン……」


 すると、ふたりは杠を見る。


「どうしたんだよリン」

「ゆず姉が『もう良太は帰って来ないんだよ』って言うから……」

「え、帰って来ないことになってたの俺」

「……」


 杠を見ると、明らかに気まずい顔をしていた。目を逸らし、気のせいか頬を赤くしている。


「だってカケルが言ってたから。リョータ、戻ってこいって……だから『ゆずりはちゃんねる』からはもう離れるのかなって……」

「いや、そんなこと誰も言ってないだろ。早とちりするな」


 小さくおでこをこずくと、杠は小さくうっ……とうめいて、俺を見上げる。心なしか、その大きく美しい瞳がうるんでいる気がした。


「もしかして10万人いって満足したのか? 銀の盾もらえるって思って、これで人気YouTuberの仲間入りって思ったのか?」

「そんなこと思ってない……」

「自分で言うのもアレだけど俺、責任感だけはあるからな。まだまあ教えることはたくさんある。そんな状況で離れるワケないよ」

「良太がそういう人なのは知ってた……けどあの流れで出て行ったら……思うよ。思ちゃうよ」


 噛みしめるような口調だった。それは安堵しているようでもあり、俺をなじっているようでもあった。


 だが、不思議と不快な気持ちはない。むしろ、そこまで思ってくれていることがわかって、嬉しかった。


「……そうだな。ごめんな、心配させて」

「うん……」

「ゆずりはちゃんねる、手伝ってもいいんだよな?」

「当たり前じゃん……嫌だって言っても離さないから」


 俺に近寄り、杠はTシャツの裾を両手で掴みながら言う。表情は見えないが、そのTシャツの裾に涙がぽとぽと落ちていくことで、彼女の感情が伝わってきた。


 とは言え、ずっとこうしているワケにはいかない。リンレンに両脇から抱きしめられ、そのうえで正面から杠に抱きつかれているのだ。と、そんなことを思っていると。


「ううう……ダメだ。完全に調子狂った」


 涙をぬぐいながら、杠が俺から離れる。そして、リンレンの手を掴んで、俺から離れさせた。


「入りなよ。まだお祝い中でしょ?」

「……そうだったな」

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