第26話 10万人、援護射撃、弥生のお叱り
その後、駆けつけた警察官に、イナズマたちは交番へと連れて行かれた。
イナズマたちは民事不介入と言っていたようだが、リンレンが奪ったカメラの映像が原因で、普通に逮捕されることになった。俺を3人がかりで踏みつけるところまで、動画におさめられていたのだ。俺がこんなこと言うもんじゃないのかもしれないが、あの緑の髪は、意外にカメラマン魂があるのかもしれないと思った。
……いや、ダメだな。こんな考えだから、イナズマの襲撃を受けたのだ。
警察署では、俺も話を聞かれることになった。事情聴取なのか取り調べなのか、もっと他に適切な日本語があるのかわからないが、それはさておき、不審者と間違われて以来の警察署である。
「君、前にも会った気がするんだけど」
話を聞いてくださるふたりのうち、片方は前のときにもいた人だった。
「あ、その俺……」
「警部、知らないんですか? この人、有名なYouTuberさんですよ」
と、そこでもうひとりの刑事さんが話に入ってくる。20代中盤くらいの、若い刑事さんだ。
「リョータくんでしょ?」
「あ、ありがとうございます。そうです」
「俺、動画観たことありますよ」
そんな流れで、なんとなく握手を求められ、一応こたえる。なお、俺は厳密にはYouTuberではないのだけど、ここでそれを言うのは野暮だろうと判断した。
「YouTuberさんも大変ですね。迷惑系YouTuberでしたっけ? に狙われて」
「まあ、そうですね……でも、こうやって刑事さんに知ってもらえてたら、それはメリットなので」
「まあそうかもですが」
どこか苦笑、という感じ。
「あ、そうだ。あのカケルさんの動画感動しましたよ」
そして、苦笑をごまかすかのように、若い警察官は言い添えた。
「あ、あれですが……」
「そんなことあったんだなって。カケルさんの、弟妹への想いが伝わってきて、俺も実家の妹に会いたいなって。まあまだ高校生で……」
途中から、話は耳に入らなくなっていた。
あれで感動するなんて、本当にあいつの思惑通りだ。YouTubeに魂を売った男に、踊らされているだけなのだ。
そんな感じで取り調べなのか、事情聴取なのか、その他のなにかかわからない時間を終えると、俺は担当してくれた刑事さんふたりに一通り感謝をしつつ、取調室を出た。
廊下を少し歩くと『生活安全課』とか『経済保安課』などと書かれたプレートが吊り下げてあるフロアに入った。奥に、杠が座っているのが見えた。
「良太っ!!」
すぐに俺に気づいた杠は、すかさず駆け寄ってきて、
「うぐっ」
そのまま俺に抱きついた。斜め上に飛び上がる形で、自然と彼女を持ち上げる形になる。
「良かった、なにもなくて……」
「大げさだな、杠。命狙われてるワケでもあるまいし」
「それはそうだけど……でもわたし、不安で。良太、めっちゃ弱かったし……」
「うっ、それは……」
弱くて貧弱なのは事実だが、小学生の女の子に指摘されるのはショックである……まあ、こんな状態ならそう思われても仕方ないけど。あちこち擦りむて、赤くなっている手足を見ながら、俺は思う。
「みれいは?」
「リンレンと先に帰ったよ。良太待ってるといつになるのかわかんないからって」
「そっか」
みれいのことを語る杠の表情は穏やかで、以前あった棘のようなものはなくなっていた。きっと、俺が来るまで話したりしていたのだろう。
そして、心の距離が近づいたのだ。
「あ、あのカメラはSDカードぶっ壊したから心配しないでね」
「それは良かった。ロリコンってことでバズっちゃったのに、ボコボコにやられてる動画流されたらいよいよヤバい人になっちゃうからな」
「ふふっ。そうだね」
俺の冗談に、杠は優しく笑った。
○○○
「あっ、やっと帰ってきたー」
「やっと帰ってきたー」
「ゆず姉おそいよー」
「おそいよー」
間瀬家に到着すると、先に警察署から帰っていたリンレンが詰め寄ってきた。つい数時間前までは恐怖にふるえていたはずだが、すっかり元通りになっている。
みれいも帰ったのか、家の中にはいなかった。まあ、あの出来事のあとで家にあがるのは、ちょっとハードルが高いのもわかる。
それはさておき、リンレンがパソコンを覗き込んでいた。
「リンレン、どうしたの?」
「ほら見てこれ。YouTubeアナリティクス」
「アナリティクス」
そう言われ、差し出されたパソコンの画面を覗き込むと、チャンネル登録者は9万9000人を超えていた。今朝の時点ではまだ9万人を少し超える程度だったはずだが、一気に増えている。
「あれ、なんで」
尋ねると、リンレンは別のタブを開く。
===
「このチャンネル! 私の大切な同期のリョーくんが裏方やってるチャンネル! めっちゃ面白いしゆずりはちゃん超かわいいからみんなぜひチャンネル登録してあげてねー!^^(@1LDKaaapon)」
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そこに写っていたのは、以前撮影にスタッフとして協力したあーぽんのアカウントだった。フォロワー数20万人の影響力は凄まじく、すでに数百のリツイートと数千のいいねがついていた。
「あーぽん、マジか。頼んでないのに……あ、もしかして弥生さんかな?」
「あの人、二重人格でやばい人と思ってたけど、性格いい二重人格でやばい人だったんだ」
「杠、それ全然褒めてないからな」
ツッコミを入れる俺だったが、今回は杠に共感していた。そして、リンレンがパンと手を叩くと、ふたり一緒にキラキラした瞳で俺のことを見上げてきた。
「ね、あれやろうよ! 10万人突破記念配信的な」
「記念配信的な」
「あ、たしかに。なんなら今夜、生配信中に10万人超えそうだな……色々あって疲れてるかもだけど、どうする杠?」
問いかけると、杠は前向きな笑みを浮かべて、
「わたしは大丈夫ですよ。リョータさんさえOKならやりますっ!」
と言ったのだった。その表情は、朝よりも少しだけ大人になった感じで、昔よりずっと自分への自信に満ちていた。
○○○
生配信は、19時から始まった。
企画を練る時間もなかったため、ほとんどぶっつけ本番だが、初めての生配信ということもあり、視聴者の人も好意的に受け止めてくれたし、肝心の10万人は数分で突破したので、放送はほとんどお祝い配信となった。
基本的に放送事故は起こらなかったけど、予想していなかった反応が多かった瞬間もあった。リンレンが登場した際に、視聴者にめちゃくちゃ驚かれた。単なる弟妹としてではなく、動画編集をしている弟妹として出たからだ。
その結果、「マジか」「小学生YouTuberより小学生編集者のほうがびっくり」「Final Cut Proを使いこなす小学生ってどうなの?」という声も寄せられた。
俺としては亡くなった妹に瓜二つの少女という驚きが強すぎてその辺全然意識してなかったけど、たしかに普通は編集ソフトを使いこなす小学生のほうがヤバい気がする。めっちゃ盲点だった。リンレンさっさと出してたら、もっと早く10万人いけたんじゃね……?
小学生だけで生配信するのは現実的に難しいということもあり、俺も少し出ることになった。
結果、カケルチャンネル時代からのファンの人が「懐かしい」「いや警察に連れてかれてたから懐かしくない」「嬉しい」「やっぱロリコンじゃん」などと言ってくれた。言ってくれやがった。
正直、あんな去り方、消え方をしてしまったので、ここまで歓迎されるとは俺も予想していなかった。もはや、不審者として警察に連行された日のことを、動画にする日も近いかもしれない……と俺は思った。
と、そうやって生配信も佳境に差し掛かった頃である。
スマホに着信があった。見ると、弥生さんである。杠たちに視線で合図を送って、俺はそっと家の外に出た。
「よっ、リョータくんっ!」
いつも通りの快活な声が聞こえてくる。どうやらイナズマの件は知らないようだ。もう所属ではない以上、自分から話すことでもないので、俺は普通に会話することにする。
「お疲れ様です、弥生さん」
「それはこっちのセリフだよー。放送見たよー」
「わ、ありがとうございます!」
「すごいね、10万人って! まだ始めて3ヶ月とかでしょ?」
「ですね」
「いやーさすが天才クリエイターのリョータだ。ホント弊社は惜しい人材を手放したものだ……」
「やめてくださいよ。円満退社なんですし」
「ねー。YouTuberが言う円満退社は9割がた円満じゃないのに、リョータくんの場合はマジで円満なんだから。やっぱヒモで縛って辞めれないようにしといたら良かったかー」
「いや、それただの監禁ですから。普通に犯罪犯罪」
「たしかにね」
「あ、そう言えば、あーぽんがツイートしてくれたのってもしかして弥生さんが?」
「ううん、言ってないよ。あれは彼女が善意でしてくれただけ」
「そうでしたか……あとでDM送っときます」
「おっけおっけ。相変わらず君は礼儀正しいねえ」
弥生さんの口調は、とても優しくて、俺は心が温くなるのを感じた。少しの沈黙が流れ、それが逆に心地よい。
「で、あれかあらカケルくんの動画だけど観た?」
そして、どこか切り替えるかのようなトーンで弥生さんが言う。
「いや、観てないです」
「え、観てないのっ?」
途端に、弥生さんの声色が変わったのがわかる。焦りを超えて、もはや怒りの色を少し帯びている気すらした。
「えっと、すいません、あのあと色々あって……」
「色々っ!? 色々ってなに!?」
「でもまだ数時間ですよ? それにあれ再生回数稼ぎでしょうし……」
「は、観てないんでしょ? 観てないのになんでそうだとわかるの!?」
「……」
「動画ちゃんと観ないであれこれ言うのダメでしょ! 今すぐに観ることっ! いいねっ? わかったっ!?」
「はっ、はい……」
反射的にそう答えてしまったのち、電話が切れた。いや、切られたといったほうが適切かもしれない。
弥生さんはこんな怒り方をする人じゃないし、怒りの矛先が自分に向けられるのも初めてなので驚きで少し放心してしまうが、
「良太、大丈夫……?」
振り返ると、そこには杠の姿があった。心配して見に来たらしい。
「ああ、うん……放送は?」
「今終わったとこ。ちょうど1時間経ったから」
「そ、そっか……弥生さんがカケルの動画観ろって」
杠がキョトンとする。
「え、あの動画?」
「うん、あの。今日、色々あったから……」
「そうだね……見ようか、今」
「うん」
そして、俺と杠は階段に腰をおろすと、『【ご報告】妹を失くしました。』という動画をクリックした。




