第12話 幼馴染、失望、勝負
杠の家の最寄り駅に到着すると、俺は一緒に立ち上がった。
「家まで送ってくわ」
「え、いいのに」
少し前に仕事モードが終了していたせいで、彼女はタメ口だ。
「でももう暗いだろ」
「じゃあ晩ごはん食べていきなよ」
「え、いいよいいよ」
「ひとり増えたって変わらないし、それにYouTubeのこと教えてほしいし」
「あー」
たしかに、教えることがまだまだ山程あるのも事実だ。
「なにか食べたいものある?」
「そーだな、なににしよ……」
そんなことを言いながら、俺たちは電車を降りる。改札を出ると、食材を買い出ししたいと杠に言われ、駅の側にあるスーパーに入った。
「晩ごはんなに作ればいい?」
「んー、任せる」
「それ作る人間的に結構イヤなセリフなんだけど」
「じゃー自信あるやつで」
「それも言われたくないセリフ」
「ちなみに一番言われたくないセリフは?」
「んー、『もうちょっとお袋の味に寄せられないかな?』かな」
「なんだよその夫婦喧嘩の予兆みたいなセリフ。再放送のドラマ観すぎなんだよ」
「じゃあ、牛肉とピーマンの細切り炒めかなあ」
「そんなん作れるんだな」
「簡単だよ? オレンジ切って入れるの」
「え、鬼美味しそうなんだけど……あ、このお菓子好きなんだよな」
「ちょっと良太! 今から晩ごはんなのにお菓子はダメ!!」
「えー、いいじゃんべつに」
そんなことを話しながら、俺は杠と買い物を続けた。
杠の料理はかなり美味しいし、こうやって誰かと一緒に買い物するのも新鮮だった。YouTubeで買い出しに出ることは過去にもあったけど、カケルとか男と行くことが基本だったから。
「……っえ」
そんなふうに楽しく過ごしていた俺だけど、大量に積み上がったオレンジの裏から、見慣れた顔が現れ、言葉を失った。
「あ、良太じゃん! 珍しいねこんなとこで」
夕時の混雑したスーパーの中でもひときわ明るいその声の主は、幼馴染のみれいだった。
「みれい……」
「何してんのこんなとこで。って買い物に決まってるか……って、誰その子」
声色が一気に深刻さを帯び、絶句したのがわかる。
視線が杠の顔を捉え、上から下に移動し、そしてまた顔に戻った。
「間瀬杠と申します! リョータさんにYouTubeのプロデュースをしてもらってます!」
「おい、杠……」
止めようとしたときには時すでに遅しだった。事情を知らない杠は、仕事モードに戻り、明るい笑顔で対応している。
みれいの口が小さく『姫花』と動いたあとで、俺に困惑を隠さない視線が向けられた。
「プロデュースってなに? YouTubeは辞めたんじゃなかったの?」
「辞めたつもりだったんだけど……」
「つもり……?」
「……」
「良太」
そこで、みれいは一歩俺に近寄る。
「ちょっと時間ある? あるよねっ?」
「えっ、いやでもこのあとは」
「杠さん、だっけ。ちょっと良太借りてくね」
「えっ、あ、はいっ」
大いに困惑した杠をそこに残し、みれいは俺の手を引っ張って連れ去っていった。
○○○
「なるほどね……」
みれいに連行される形で、近くにあるチェーンのカフェに入って30分後。
しどろもどろになりながら、俺が杠との出会い、プロデュースを始めるに至った経緯、今日なにをしていたか……などを話し終えると、みれいは腕を組んでそう言った。
いつもは快活で元気な彼女が、気難しい表情で窓の外を見ている。と、思ったら鋭い視線がこっちを向いた。
「そりゃさ、良太がYouTubeまたやるのは嬉しいよ。正直すごく才能あると思うし、むしろ変態すぎて普通の仕事はつけないだろうってかさ」
「俺のどこが変態なんだよ。妹のパンツを頭からかぶるとこか?」
「いやそれ……そうだよ。って今のは間違えるとこでしょっ! 一回くらいボケ挟めっ!」
「す、すいません」
真面目にいくのが正解と思ったけど、違ったらしい。
みれいはテーブルに肘をつき、頭を抱えるような姿勢になる。
「あのさあ良太……いくら顔が似てるからっておかしいでしょ。知り合ったばかりの女の子をプロデュースするなんて」
「いや違う。そういうの関係なくて、ただあの子にYouTuberとしての伸びしろがあると思って……」
「思ってても、それだけじゃない」
「……」
尋ねるのではなく、もはや断定で、俺は言葉に詰まってしまった。
みれいの表情に気圧されたのもある。
が、どこか心の奥を見透かされた気がしたの事実だった。
もし、杠が姫花に似ていなかったら、プロデュースを引き受けていたかと言うと、それは間違いなくNoだと言えると自分でも思うというか……。
「私、めちゃくちゃ心配してたんだよ。姫花がいなくなってから良太、家にこもりきりになって、ずっと姫花のクローゼットの中に閉じこもって」
「それは昔からだ」
「でも増えたじゃん。一番ヤバいときなんか寝るとき以外クローゼットの中に入ってたじゃん」
「みれい、心配させてたのは謝る。でも、これは前向きな決断というか」
「どこが前向きなのっ!! 思いっきり過去にすがってるでしょっ!!」
みれいが叫ぶ。
あまりにも大きな声だったせいで、周囲のお客さんたちが一斉にこっちを見た。
我に返り、みれいが小さくなる。
「……ごめん」
「いや、俺は大丈夫」
「……でも、今言ったことは本音だから。YouTubeをまたやるのは嬉しい。けど、今の良太は姫花の面影をあの子に重ねてるだけだから」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ、なんで姫花に似てるってこと伝えてないの?」
「……」
みれいの口から放り出される言葉たちは、俺の胸に深く突き刺さった。
俺としては、本当に前向きな決断だと思っていた。それは紛れもない本心だ。
杠にYouTuberとしての適性を感じているのも本心だ。
でも、杠に姫花を重ねていなかったと言えば、それはウソになる。
「行こっか」
「ああ」
みれいに言われ、俺たちは席を立つ。
そして、店を出た途端、
「あっ」
そこにいたのは杠だった。スーパーの袋を持ったまま、直立不動で立っている。どうやら俺たちの会話が終わるのを待っていたらしい。
「お疲れ様です!」
「え、なになんでいるの?」
「リョータさんを待ってました。このあとウチでYouTubeに関する指導をしていただく約束をしていたので」
「YouTubeの指導」
「はい。あと、晩ごはんをご馳走する約束も」
杠が言葉を発するにつれ、みれいの表情がこわばっていくのを感じる。
「へー、えらく楽しそうだね」
「はいっ! ……えっと、もし良ければ来ます?」
杠としては、悪意も他意もない一言だったのだろう。
だけど、みれいを怒らせるには十分だった。
「はっ? 誰が行くもんですか」
「えっ」
善意を跳ね返され、杠は驚きの声をあげる。
「……すいません、あの、私なにか失礼なこと言いましたか? リョータさんのお友達」
「幼馴染だ」
「幼馴染の方なら、私も仲良くしたいんですけど」
「言ってないよ。言ってないけど……良太がちゃんと話してないからでしょっ!!」
そう言うと、みれいは俺の脇腹にグーパンを入れてきた。
「いでっ」
「リョータさんっ!!」
反射的にうずくまった俺にすぐさま駆け寄って、杠がキッとみれいを睨む。
「あのっ!」
「なに?」
「私よりずっと付き合いが長いのをわかったうえであえて言わせていただきますがっ! さっきから何なんですか!? 喧嘩腰だしいきなり殴るし!」
「あなたには関係ないこと。悪いのは良太だから」
「だから何が悪いんですか? 理由を言ってくださいっ!」
杠が叫ぶ。が、さすがのみれいも俺に配慮したのか、こちらを一瞥したのち、吐き捨てるように続けた。
「……そのうちわかるよ」
「あの、何言ってるのか本格的にわかんないですけど。私、本気でYouTuberとして人気になりたいんです。だから、邪魔しないでもらえますか?」
「許さない。そんなの、私が許さない」
杠もみれいも一歩も引かなかった。杠はみれいを睨みつけ、対照的にみれいは杠から目を逸らし、時折、ちらっと視線を送る。姫花と瓜二つな杠を見ることに困惑しているのが伺えた。
そして、永遠とも思える十数秒がすぎると、みれいは俺のほうを向いて、
「良太。じゃあ、勝負しよう」
「えっ」
「10万人。3ヶ月で10万人登録。それが良太がこの子のYouTubeに関わる条件。それがクリアできたら、この子のプロデュースするの認めるから」
みれいが憮然とそう言い放った。当然、俺は慌てふためく。
「いや、そんなの無理に決まってるだろ! ゼロから始めるんだぜ?」
「わかりました! いいですよ!」
「っておい杠!」
「だってリョータさん! 悔しいじゃないですかここまで言われて黙ってるの!!」
杠が俺を見上げて言う。その瞳からは、すでに固い決意が感じられた。
「いくら幼馴染だからって好き勝手言っていいワケないです! ガツンと言わせてやりましょう!!」
「いやだから杠」
「じゃ、決まりね。3ヶ月で10万人いかなければこの子の裏方から外れること」
「ってみれい!」
しかし、みれいは早くも身を翻しており、
「良太……あたし、良太のこと世界一のシスコンだと思ってたけど違ったみたいだね」
どこか寂しそうにつぶやくと、俺たちの元から去って行ったのだった。
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