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第10話 YouTube Space Tokyo、あーぽん、企業案件

 俺たちは立ち止まり、見上げる。そこにあるのは、立派な外観のビル。真ん中に『▷』を模したデザインのある外観は、シンプルながらも象徴的だ。


「ここって、もしかして……」

「YouTube Space Tokyoだ。一回は観たことあるだろ?」

「ええ、何度も……」


 ここはYouTubeが運営しているYouTuber向けの施設だ。もともと六本木ヒルズ内にあったが、2020年に移転。チャンネル登録者数1万人以上のチャンネルなどがスタジオや編集ルームなどの施設を利用することができる。


 俺やカケルも登録者数がまだ少なかった頃はよく利用していたが、来るのは久しぶり。渋谷に移転してからは初めてだ。


 中に入ると、俺は打ち合わせスペースへと向かった。杠はずっとキョロキョロ辺りを見回しており、圧倒されている。


「もしかして、ここで撮影とかですか?」

「その通り」

「えっ、でも私なんの準備もしてきてないですけど。というか動きやすい服でって言われたからデニムですし……」

「いやそれでいいんだ。撮影は撮影でも、今日は俺らのチャンネルじゃないから」

「ってことは……」

「今日、杠にはとあるチャンネルのスタッフとして働きつつ、セルフプロデュースを学んでもらう。で、そろそろ約束の時間なんだけど……あ、来た来た」


 俺は入口付近を見る。


 そこにいるのはラフな格好をした、いかにも仕事ができそうな雰囲気の大人の女性。


「やー、リョータくんっ!」

「お久しぶりです」

「お久しぶりですって、退社のときからまだ10日しか経ってないけどね」


 笑いつつ、弥生さんは快活な笑顔を向けてくる。


 あまりにも屈託のない笑顔で、俺は逆に申し訳ない気持ちになった。


「すいません、あんな感じで辞めたのに……」

「いいのよ、べつに。所属じゃなくなってもずっと仲間だし」

「弥生さん、前から思ってましたけどめっちゃいい人ですね」

「でしょー? いい人でいい女だから私! ……まあそう言ってたらまたバズマジに戻ってくれるかもって下心もあるけど」

「なるほど、理解」


 そんなふうに軽口を叩いたのち、弥生さんの視線が杠に向く。


 俺と弥生さんの会話の邪魔にならないよう静かにしていたっぽい杠だけど、ピッと体を緊張させた。


「で、この子が例の」

「はじめまして! リョータさんにプロデュースしていただくことになりました、間瀬杠と申します! 杉並区立杉並第八小学校6年1組です!」

「あ、杠ちゃんね、よろしくね」


 にこやかに言うと、 弥生さんは俺にしか聞こえないように耳打ちしてくる。


「杠ちゃん、聞いてた通り姫花ちゃんにめちゃくちゃ似てるね……」

「弥生さんもそう思います?」

「うん。直接会ったのは2~3回だけど、写真とか動画はリョータくんに散々見せられてたから」

「散々って……」


 この日のために、俺は弥生さんに連絡を取り、杠のことを説明していた。


 姫花に瓜二つであるということ。


 色々あって、新米YouTuberの彼女をプロデュースすることになったこと。


 姫花に瓜二つなのは、まだ杠には伝えていないこと。


 杠自身もまだそのことに気づいていないということ。


 正直、両親にもみれいにも話していない状況で、弥生さんに先に伝えるのは、俺としてもどうなのかと思ったし、弥生さんも電話口で、色々思うこと言いたいことがありそうな雰囲気だったが、空気を読んでくれたのか、それとも元所属のよしみなのか快諾。


 今では、違和感のない、自然な態度で接してくれている。


「で、今日はスタッフで手伝ってくれるだね?」

「あ、はい。俺で良ければですけど」

「むしろいいの? って感じだよー。リョータくん、その辺のカメラマンより全然機材に詳しいから」

「私も邪魔にならない範囲でお手伝いします!」

「……で、あーぽんはどこですか?」

「あーぽん?」


 聞き慣れない名前に、杠が反応。弥生さんが入口のところを指差した。ドアの裏側から少し身を乗り出すようにして、小柄なセーラー服姿の女子高生がこちらを見ている。


「あーぽん、はやくこっちおいで!」


 弥生さんが呼びかけると、女子高生はビクッとなるが、おずおずと一歩ずつ近づいてくる。切れ長の瞳に、長く真っ直ぐな黒髪はとても清楚だけど、負のオーラを身にまとっているせいか美少女感は全然ない。なんだか、呪いの人形とかネット通販で買っていそうな雰囲気だ。少なくとも、このYouTube Space Tokyoには似合っていない。


「久しぶり、あーぽん」

「リョーくん、久しぶり……」

「元気にしてた?」

「元気にしてたって? ふふっ、みんななぜか久しぶりに会うとそう聞いてくるけど、私、生まれたときからずっと元気ないんだよね……」

「そ、そうか」

「安定して体調悪いし、最近体育の授業で男子が蹴ったサッカーボールがぶつかって肋骨折れたんだよね……肋骨だから視聴者さんにはバレなくて済んだから良かったけど。あ、もう少し胸大きければクッションになって折れなかったのかな?」

「あーぽん、相変わらず暗いな……なんでYouTubeしてるのに暗いままなんだ? 普通性格明るくなるもんだろ?」

「私もそう思ってたけど、もう5年やってこれだから」


 フフッと不気味に笑う彼女。


 と、そこでTシャツの裾を引っ張られていることに気づいた。見ると、杠がいぶかしげな目で見てきている。


「あのリョータさん、この方は一体……」

「『1LDK&あーぽん』って知ってる?」

「はい、女子高生Youtuberの……え、もしかして」


 俺はコクンとうなずく。


 目の前にいるこの女子高生の名前はあーぽん。本名は、水瀬あずき。現役女子高生YouTuber・あーぽんとして活動しており、メインチャンネルの『1LDK&あーぽん』は登録者数70万人を超える人気チャンネルだ。


 その魅力は、なんと言ってもあーぽんの明るく元気なキャラクター。小学生時代からYouTubeをしてきたバックグラウンドを活かし、シールや手帳、お道具箱等のファンシー雑貨の紹介を得意としている。


 また、ファンが同世代の女の子中心なこともあって、最近ではメイク系動画も人気を博しており、彼女がプチプラブランドとコラボ&プロデュースしたリップが爆発的な人気を博し、店頭からすぐに品切れになった。


 しかし、その実態はイメージとは真逆の、根暗な地味女子高生。


 長い前髪は形のいい切れ長の瞳を完全に隠しており、もはや貞子とか霊的ななにかに近い。ファンシー雑貨より呪いのアイテムを紹介してそうなビジュアルだ。


 もちろん、この姿はファンは知らない。


 けど、少なくともバズマジ内ではそれなりに知られていて、タブーになっているので他YouTuberが動画内で話すこともない。


「リョーくん、なんで私のLINE返してくれないの……」

「えっと……いや、忘れてたというか」

「本当に忘れてたの……? 私のこと嫌いになったんじゃないの……?」

 そして、おまけに性格も暗い。 真横で杠がガンガン引いていくのを感じる。

「まあいいけど……リョーくん、今日はよろしく……」

「うっす、こちらこそよろしく……」


 挨拶を交わしつつ、俺たちは揃って撮影スタジオへと入っていく。


 今日の撮影は、案件の動画だ。


 某大手おもちゃメーカーの案件で、海外で人気のサプライズトイを紹介するらしい。ニオイのする人形や、洗うと形が変化する人形が入っているという。昔からずっとファンシー雑貨を紹介してきたあーぽんに最適な案件……のはずが、担当者との最終打ち合わせをしている彼女は黙ってうなずくばかりで、今も暗いままだ。


「あーぽんさん、動画と全然違いますね……」


 カメラの設置作業をしながら、杠がこぼす。


「YouTuberって普段静かだったり根暗な人も結構いるんだけど、あーぽんはその極みだからな。カメラの前とそれ以外じゃ別人なんだ」

「なんですかその『こち亀』の本田みたいなノリ……」

「でもYouTuberってそんなもんだよ。炎上系の人が裏で話してみたらすげえ常識人とかよくあることだし、杠が家に来たときに先に来てた迷惑系YouTuberも、話してみたら意外といいヤツだったぞ」

「そうなんですかー? キャラを演じてるってことですかね」

「そーそー。まあそう思ってたら隠し撮りされてて、勝手にアップされたこととかあるけどな! はははは」

「全然笑えないんですけど……普通に犯罪ですよそれ」


 杠の指摘はもっともである。


 YouTubeを長くしているとそういう感覚がおかしくなるんだよな。


 まあでも、イナズマに関しては普通にいいヤツだと思うし、標的にされなければ実際そうなんだろうけど。


「でも、ああ見えてあーぽんはプロだから」


 そんなことはさておき、俺は話を戻す。


「今日の撮影は絶対に勉強になる。じゃないと6年も7年も続いてないよ」

「リョータさんがそう言うなら見ますけど……ってそんなにYouTubeしてるんですか?」

「ああ。あーぽん小学生のときからYouTubeしてるし、なんなら俺と同期だからな。バズマジに所属したのも同じときだし」

「ホントですか……それはすごい」


 と、そこでプロデューサーさんの掛け声により、本番が始まった。


「よろしくお願いしまーす!!」

「こっち準備OKです!!」

「お願いしまーす!!」


 あちこちで声があがり、メインカメラを担当する俺に視線が集中する。横でしゃがんでいる杠が緊張するのがわかった。


「ではあーぽんの良きところで始めてください!」


 俺がそう言うと、あーぽんは小さくうなずく。


 スッと息を吸い込むと、一気に明るい笑顔を見せ、カメラに向かって喋り始めた。


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