第9話 チャンネル改造着手、敬語、攻略法
鉄は熱いうちに打て、ということで翌日から早速、俺たちは『ゆずりはチャンネル』の改革に着手することになった。
今いる場所は電車。とある場所に向かうべく、俺と杠は隣同士で座席に腰掛けている。
「ということで今日から一緒にYouTubeをやっていくワケだけど」
「うん」
「その前に言っておきたいことがある」
「言っておきたいことね。わかった」
「かなり厳しい話もするが」
「だいじょぶ、覚悟はできてる」
「俺の本音を聞いておけ」
「……なんかの宣言風だね? もしかして私を嫁にもらうつもり?」
「お前そんな古い歌よく知ってるな。やっぱ中身おばさんだろ?」
「違いますー。中身も11歳ですー。今の子はYouTubeで昔の映像めっちゃ観てるってだけですー」
「まあそれはいいとして」
俺は空咳をつき、仕切り直す。
「俺はあくまでプロとして向き合うつもりだ。YouTube運営の裏方としてな。企画、撮影、編集、ブランディング、機材の選び方、セルフプロデュースに至るまで、ノウハウを全部お前に教える」
「心強い」
「俺が好きで教えるワケだから遠慮は要らない。俺らは9歳離れてるけど、そこは気にしなくていい。俺もお前を子供として扱わないし」
「ありがとう。嬉しい。私も遠慮なんかしない」
杠は力強い目で俺を見る。姫花だと絶対にしなかった表情だ。
「でも、杠からギャラをもらわない以上、対等な関係性というのは違うと思う」
「だよね。本当は私がお金払わなきゃいけないくらいなのに……」
お金の話になると、杠は一気に神妙な面持ち&声色。
「まあそれはそうだな」
「今日だって切符代買ってもらったし……」
「いやそれはいいじゃん」
「……またごはん食べにおいでね? 好きなものあれば作ってあげるからね?」
「あ、うん、そうする」
ビジネスモードで接したいのに、杠がこんな感じなので調子が出ない。意外と義理堅いとこあるんだよな、この子……。
けど、プロデュースすると決めた限りはそんなことも言っていられない。
「ということで提案なんだが、仕事のときは敬語で話してほしい……と思うんですがいかがでしょう?」
「威厳たっぷりで言った直後になんで丁寧語」
「いや、キャラじゃないからつい……嫌かな?」
「ううん、嫌じゃない。むしろ、そうしよう。私もなあなあになるのは嫌だし、ないと思うけど、勘違いしたくないから。あのリョータがプロデュースしてくれるなんて、ホントに運のいいことだし……」
噛みしめるような口調だった。
「それに、お母さんのためにも頑張らないとね……じゃなくて、頑張らないとです」
「ああ、そうだな」
杠はすでに腹をくくっているようだった。間瀬家のお財布事情が具体的にどうかは聞いていないが、なるだけ早く結果を出したいのが伝わってくる。
ちなみに、YouTubeには収益化の条件がある。登録者数が1000人以上であることと、総再生時間が4000時間以上であることだ。
今では登録者数が50万人くらいいてやっと人気チャンネル扱いされるけど、新米YouTuberにとっては1000人でもそう簡単ではない。お金をもらえるハードルは、なにげに結構高いのだ。
「それでリョータさん」
「なんだ?」
「私たち、どこに向かっているんしょう?」
「それは着いてからのお楽しみだ。ある意味YouTuberらしい場所、かな?」
「YouTuberらしい場所……六本木、西麻布、個室居酒屋、オフパコ……」
「どういうイメージなんだよ。しかも小学生がオフパコとか言っちゃいけません」
周囲を見回したけど、昼間で比較的電車が空いていることもあり、誰にも聞こえなかったようだった。
「んじゃ、時間もったいないから授業を始めるけど」
「お、お願いします」
気を取り直しつつ言うと、杠はリュックからメモ帳とシャーペンを取り出す。やる気が感じられて嬉しい。表情を見ても、真剣さが伝わってくる。
「これは俺の持論なんだが、YouTubeで成功するためのコツは3つだ」
「3つ? そんなに少ないんですか?」
「と思うだろ。それがめちゃくちゃ難しいんだ。ちょっと、貸してみろ」
俺は杠からシャーペンを貸してもらい、メモ帳に書いてみせる。
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①自分の魅力を正しく認識し、視聴者に伝えられること
②タイトルとサムネイルに徹底的にこだわること
③ヒット企画が出たら、それを徹底的にこすり倒すこと
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「なんだか想像以上に真面目ですね……」
「うん、真面目に話してるからね」
「失礼しました」
「じゃあ順番に説明していくけど、まずはこれ」
「①自分の魅力を正しく認識し、視聴者に伝えられること……」
杠が音読する。
「これはもう本当にめちゃくちゃ重要で、人気YouTuberになれるかなれないかはほとんどここにかかってると言っていい」
「はい」
「わかりやすくするために聞くけど、カケルチャンネルのどういうところが好きだった?」
「んーと、まず企画が面白いです。ちょっと編集とかクスッと笑えるし、他のメンバーとの掛け合いとかも好きです」
「それでそれで?」
「あとは、なんて言っても豪快にお金を使うとこが好きですね! ウチ貧乏なので普通に憧れますし、あとはだんだん観ていくうちに、カケルさんの生き方? とか考え方? にもハマっていくんですよ……って、もしかしてこういうことですか?」
話しながら気づいたらしい。
あどけない喋り口から急に真面目な表情に戻るのがおかしく、俺は笑いをこらえながら静かにうなずく。
「カケルチャンネルが人気なのは結局、カケル自身の魅力、やつが持つカリスマ性が理由なんだ。ルールとか常識に縛られず、とにかく豪快に生きている、そういう姿が多くの人を虜にする。だから正直、動画の面白さとかは二の次なんだよ」
「え、そうなんですか?」
「もちろん、面白いに越したことはないよ。けど結局、視聴者ってのはそのYouTuberのことが観たいから観に来るんだ。YouTubeの定番企画あるだろ」
「モーニングルーティンとかウーバーイーツとか」
「でも同じ企画でも観る観ない分かれるだろ? どんなYouTuberでもモーニングルーティンなら杠は絶対観るか?」
「いえ、観ないです」
「だからこそ、自分にはどんな魅力があるのかを理解するのが大事なんだ。顔がいい、話が面白い、声がいい、聞き上手、なんかの分野にめっちゃ詳しい……なんでもいいんだけど、そういう自分にしかない魅力をいかに伝えて、好きになってもらうかなんだ」
杠は納得したようにうなずいている。
ここは、YouTubeで人気を出すうえでは本当に重要なポイントだ。
自分が一番魅力的に見えるチャンネルの方向性、動画の企画、振る舞い方……そういうことを、細かく丁寧に考えて取捨選択していく。YouTubeは好きなことで生きていくことが許された世界だけど、人気を得ようと考えるなら、ありのままの自分を垂れ流して通用するほど、甘い世界でもないのだ。
……まあ、それもカケルレベルになると、話は変わってくるのだけど。
それは今はいいとして。
「次に②タイトルとサムネイルに徹底的にこだわる、だけど」
「サムネイルってのは、動画をクリックする前に表示されてる画像のことですよね?」
「そう。YouTubeって毎日たくさん新しい動画が投稿されるから、とにかくパッと見のインパクトとかわかりやすさが大事なんだ」
「でも、知らないチャンネルを知るときって基本そうですもんね。私も『あ、なんか面白そう』って思ってクリックするので」
「だろ? 作る側になるとどうしても動画の質にこだわるようになるんだけど、そもそもYouTubeの視聴者ってべつめちゃくちゃ面白い動画を期待してるワケじゃないからさ」
「まあ無料ですし、面白くなければ観るのやめればいいだけですしね」
「だから俺はとにかくタイトルとサムネイルにこだわるようにしてる。動画を撮る前の企画の段階から決めてたこともあったな」
YouTubeを始めたばかりでファンが少ない時期は、基本的に驚くほど再生回数が伸びないものだ。
で、こういうときにどこから新しい視聴者が入ってくるかと言うと関連動画から。どういう仕組みなのかは俺にもわからないけど、YouTubeは視聴者のニーズに沿ってオススメの動画を表示してくれるのだ。他のYouTuberの関連動画欄に表示されることもあるので、一本の動画で一気に風向きが変わることも普通にある。
と言っても、関連動画は他にも表示されるため、それらに勝つことが必要。というワケで、タイトルとサムネイルが重要なのだ。
このことに気づいてからは、俺はとにかくわかりやすさを意識するようになった。「見てくれたら面白さがわかる」という態度は、YouTubeで勝つうえでは絶対NGだ。
「最後の③ヒット企画が出たら、それを徹底的にこすり倒すこと。これはまあ、実際に動画を作り出してから解説するわ。そのほうがきっとわかりやすいから」
「心強いです」
杠はうなずきながら言う。
「で、この授業をまとめると、杠に考え抜いてほしいのは『自分の魅力とは一体なんぞや?』ってことなんだ」
「自分の魅力。ですか……」
「杠は自分のどこが武器になると思う?」
「私の武器……」
神妙な面持ちで杠は繰り返す。
「他の人にはないモノとか他の人より得意なこととか」
「他の人より得意なこと……煮物作りがちょっと上手いことでしょうか?」
「あー、たしかに前食べた大根とさつまあげの煮物すげえウマかったもんな」
「えっ、マジ? やったうれしーっ! また食べに来ていいからねっ!」
「あ、行く行くなんなら今夜でも……っておい、フザケてんのか?」
「ごめんなさい、本気でした」
「しかも敬語じゃなくなってたし」
「つい料理の話だったので……でもリョータさんも素に戻ってたじゃないですか」
「……」
そう言われると、たしかにそうなので反論が難しい。
「でも自分の魅力とかわかんないですよ……私って家も貧乏だし、学校でも普通グループだし、習い事とかしたことないんで特技とかないですし、ちょっと煮物作りが上手いだけの小学生なので……」
「そこはすごい自信あるんだな?」
煮物料理をそつなく作れるというのは、小学生としては十二分に特技と言えそうだが、彼女はわかっていないらしい。
まあでも、普通そんなもんだろうな、とも俺は思う。
自分らしさや個性が尊ばれるご時世だが、十代前半から考える人はいないだろうし、考えたところで答えが出ない大人も多いのだから。
というところで目的駅に到着し、下車。
改札を抜けて、陸橋を渡っていく。
「まあでも自分で自分の魅力とかわかんないよな」
「はい……そもそもあるのかどうかって感じです」
「ということで、今日はここに来た」




