3-1 悪女の新生活
あの日以来、私の生活は一転した。
まず、家族で食事をするダイニングルームに行く事をやめた。更に母には今後一切くだらない家庭教師を私に付けない様に父に話すように伝えた。
今では母は私の言いなりだ。何故なら不倫現場を見られた挙句、愛人のシャツを私が浮気の証拠品として取り上げているからだ。母が父をどのように説得したかは知らないが、私より愚かな家庭教師は全員去ったし、今の部屋を使う事に関しても一切のおとがめは無かった。
今の私の日課はこうだ。
2度の食事は料理人が日替わりで部屋に運んでくれる。午前中は町へ出て、様々な風景画を描き、昼は『パネム』のパン屋でパンを買い、公園のベンチで食べる。
午後2時くらいまで写生をした後は、屋敷へ帰り自主勉強をする。そして16時になればカサンドラが学校の宿題と、お茶にスイーツ、そして金貨1枚を持って現れる―。
「ライザ、お願いします。本日の課題は社会学の論文と、科学の問題が出ています。どうか私の代わりにお願いします。」
怒りで震える身体を抑え、顔を真っ赤にさせながらカサンドラは私に深々と頭を下げて来る。・・・結局、あの日の翌日・・・・宿題をやって来なかったとして、カサンドラはたっぷり油を搾られ、罰として2倍量の宿題を出された挙句、自分のプライドを投げ捨てて、私に頼み込んできたのだった。
「ふ~ん・・・今日は論文の課題が出ているのね?つまり・・・いつもの宿題よりは手間がかかるって事ね・・。だったら・・。」
私はジロリとカサンドラを見ると言った。
「手間がかかる宿題は、当然報酬も2倍よ。金貨を後1枚持ってきて頂戴。さもなくばやらないわ。」
「な・・何ですってっ!ふざけないでっ!もう何枚あんたに金貨を施してやってると思っているのっ?!」
カサンドラは美しい顔をゆがめながら、私に言い返す。
「施し?ひょっとして施しているつもりでやっていたの?呆れたわね・・・。私はねえ、ボランティアで貴女の宿題をやっているわけではないのよ?宿題を代わりにする見返りとして貴女からお金を徴収しているだけよっ!そんな大口を叩くなら、今後一切宿題を私に頼まないで頂戴っ!」
しかし、カサンドラが学院の宿題を1つも自力で解く事が出来ないのは・・・本人が一番理解しているだろう。
カサンドラは深呼吸すると言った。
「わ・・分かったわ・・・。金貨を後1枚持って来るから・・・お願いします。」
悔しさをにじませながらカサンドラは言う。
「そうね、最初から素直に私の言う事を聞いておけば良かったのよ。」
「くっ・・・!」
カサンドラはわざとカツカツと足音を立てながら私の部屋を出て行くと、すぐに金貨を手に戻ってきた。
「はい。」
金貨を無造作に剥き出しにしたまま、差し出してきたので私は無言でそれを受け取った。
「・・・どの位で出来そう・・?」
カサンドラの質問に私は答えた。
「そうね、2時間もあれば出来るかしら?出来上がったら貴女の部屋の机の上に置いて置くから、早くジャックの所へ行ったら?」
私は顔も上げず、論文に取り掛かりながら言った。
「そうね、それじゃ後はよろしく頼むわよ。」
それだけ言うとカサンドラはスキップしながら去って行った。
「全く・・・本当に愚かね・・・。」
1人になると私は呟いた。
ジャックとは最近カサンドラと恋仲になった父のフットマンである。中々令息を紹介してくれない父に業を煮やしたのか、とうとうカサンドラは使用人達に次々とお手付きをするようになっていたのだ。
そして今の恋人はジャックと言う訳である。愚かなカサンドラは、恐らく父はその事に全く気付いていないと思っているようだが・・・私は知っている。とっくに父は気付いているのだと言う事に・・。
そして後に、私は父の本性を知り・・・戦慄する事になるのだった—。