落日の最果て
王は恐怖した。一体何に?
迫って来る死の羽音に?
まだ鼻腔に残る血の匂いに?
自らが犯した罪の大きさに?
いいや、違う―
寝室のドアを叩く音に続いて男の声がした。
「起きておられますか?王よ」
「…入るがいい」
現れたのは背の高い青年だった。金の髪に緑の双眸。
―そうだ。王が恐れていたのは、たった一人のこの青年だった。
寝室に入ると、青年は臆することなく王の側へと歩み寄った。王の傍らに跪いて、手の甲へ唇を落とそうとした青年を王は咎めた。
「形ばかりの挨拶はやめるがいい」
その王の様子を驚いたように青年は見ていたが、口の端を歪めるとはっと笑い捨てた。
「形ばかりと申しますか?私は貴方に忠誠を誓い、貴方の願いは全て叶えて参りました」
黙り込んでしまった王にたたみかけるように、青年は続けた。
「この度の戦も貴方に言われるまま戦い抜き、そして勝ちました。今宵の宴はそれを祝うためのもの、その宴の場で貴方は私に何とおっしゃいましたか?」
王に口を開かせる暇もなく、青年は慟哭した。
「『闘え』と!『私の近侍と闘い、勝った者には、望みのものを与えよう』と!」
青年の強く握った拳は怒りの余り震えていた。
「まるで見世物か何かのように、貴方はそう言いました。けれど私はそれすら従った。なのに、私には貴方の手に触れることすら許さないのですか!!王よ!!」
青年の慟哭にもっともだと思いながらも、王はこの後に及んで恐怖していた。
青年に?
いや、青年だけではない。青年の血に塗れ闘う姿を美しい、と思った自分にも王は恐怖した。
「……恨み言を言いに来たのか」
青年は王の言葉に美しい顔を綻ばせると「いいえ」と言った。
「先程の約束通り、望みの物を頂きに参りました」
「何を」
望む、と言うより前に王の前に血塗れの剣が差し出された。
「貴方の首を下さい、王よ」
青年の言葉に王は目を見開いた。けれど不思議と驚いてはいなかった。この青年が何を望むか、とうの昔に王は知っていた。
「……良いだろう。望みの物を与えよう」
ああ、これが落日の騎士団長と謳われた自分の最期か、と一瞬王の頭をよぎったが、いいや違う、と王は思い直した。
父を殺し兄を殺して、玉座についたその日から、この運命は決まっていたのだ。
ああ、あの雪の日、自分の腕の中で息絶えていった兄を抱いた時から、この運命は決まっていたのだ。
「兄上――」
王がそう呟くか、呟かないかのうちに、青年の手にしていた剣は振り下ろされた。
「『兄上』か……」
と青年は王の横たわる身体を見て言った。幼い日に王から『兄上』の話は聴いていた。
ああ、いつもそうだった。王は自分の向こうに誰かを見ていた。もういなくなった自分ではない誰か。
「けれども貴方はもう誰のものでもない。貴方の手に口付けしても誰も咎める者はいない。」
青年は横たわった王の手を取るとうっとりとこう言った。
「父上――」