異世界の神様の気まぐれで死んだはずの俺は異世界で勇者になりました。
俺の名前は伊勢櫂、どこにでもいる普通の高校生だ。
いつものように学校に通い、授業が終わったのでいつものように自宅に帰ろうとしたはずなのに俺は真っ白な空間にいた。
ここはどこだとあたりを見渡していると、突然俺は声をかけられる。
「突然じゃが伊勢櫂よ、お主には異世界に行ってもらう」
「はぁ!? 異世界だぁ!?」
突然目の前に現れた爺さんのあまりにも唐突なその言葉に、俺は驚き大声を上げた。
突然異世界に行ってもらえってどういうことだよ……。それにここはどこなんだよおい!?
そんな戸惑いを抱えた俺を無視するように爺さんは話をすすめる。
「ワシの手違いで死ななくてもいいお主が死んでしまったからのう。元の世界で復活させると色々面倒じゃし異世界で復活させてやることにした」
「……は? 死んだ……俺が?」
「なんじゃ覚えておらんのか。伊勢櫂、お主は元の世界で突然暴走したトラックに引かれて死亡してしまったんじゃ」
俺がトラックに引かれただって……? そんなことあったかな……?
そうやって俺が考え込んでいると爺さんの隣にいる女性が説明を始めた。
「伊勢よ、お主は帰り道に子供が転がしたボールを拾おうと道路に飛び出してトラックに引かれてしまったんじゃよ」
「……あー、たしかにそんな事あったな」
爺さんの言葉に俺は自分の行動を思い出す。
確か目の前の子供が落としたボールを拾おうとしてその直後にトラックが迫ってきてたな。
「いやーほんとは間一髪無事に済むはずじゃったじゃが、ワシが因果律の操作をミスってのう。お詫びに異世界に送ってやろうというわけじゃ」
「お詫びになってなくね―かそれ……」
爺さんの言葉に俺はため息をつく。
「まあ事情は話したしさっさと異世界に行くと良い。ほーれ転生!」
「おいおいそれだけかよ! ……って、うわああああああ!」
爺さんの言葉とともに突然光の渦が現れて、俺はそれに飲み込まれ意識を失った。
「……おーい、君大丈夫? 生きてるよねー?」
語りかけてくる声を聞き俺は目を開ける。
「……誰だ?」
目を開けると目の前には若い女性の姿があった。
大きなトンガリ帽子を被り、背中には大きな杖を背負って緑色のローブに身を包んだその姿はゲームに出てくる魔法使いのようだった。
「おー、生きてたか。よかったー」
語りかけた声に反応する俺の姿を見て安心した様子を見せ、女性はそのまま自己紹介を初めた。
「私は冒険者のリン。ここで倒れてるあなたを見つけて声をかけたの」
「そうか、ありがとな。俺は伊勢櫂ってんだよろしくな」
「イセカイ? なんか変わった名前だね。それでどうしてこんなところで寝てたの?」
「まあ話すと長くなるんだけどよ」
ここに来るまでの経緯を話すと、リンは不思議そうな表情を浮かべた。
「不思議なおじいさんにここに飛ばされてきたって、にわかには信じがたいわね」
「んなこと言われても事実だからなぁ……」
まあ信じられなくても当然な話だとは自分でも思う。
「……カイの話にでてくるトラック?っていう機械とか、ニホン?なんていう地名はこのナロワールドにないから本当のことなのかもね」
「ナロワールド? なんだそりゃ」
「この世界の名前よ。かつて偉大な神様が作り上げた世界だと言われているわ」
「偉大な神様ねぇ……」
神様が作ったファンタジーっぽい世界とか、なんだかいよいよゲームめいた話になってきたぞ。
「そういえばカイみたいな境遇の人の話、聞いたことがあるわ」
「えっ、そうなのか? どんな話なんだ?」
「ナロワ聖書っていう本に書かれた話なんだけど、異世界で無念の死を遂げた一人の青年が創造神の手でナロワールドに送られて勇者となり魔王を倒すってお話よ」
「おー、だったら俺も勇者になれたりすんのかなぁ」
伝説の剣で魔王退治! ……なんてことになればますますゲームだなこりゃ
なんて思ってたら、リンが真剣な表情で話を続ける。
「今のナロワールドには蘇った魔王ショウっていう魔王がいるの。そいつが暗黒邪神セツと手を組んで世界を大きな混乱に陥れているわ」
「うわー、テンプレな展開だなおい」
「ナロワールドを統治するテンセ王国の国王から、私が授かった使命はナロワ聖書に記された勇者を探すことなの」
勇者を探す旅か……それは随分と大変そうだなぁ。
「カイ……あなたがここに来た経緯的に、あなたがその勇者かもしれないわね」
「異世界を救う伝説の勇者カイか……、面白い響きじゃねえか」
こういう話は嫌いじゃないし、勇者ってのも面白いかもなぁ。こう……雷とか出したりして。
そんな事を考えていると、リンが空を見上げて突然杖を構える。
「どうしたんだ、リン?」
「カイ、物陰に隠れて! 魔王ショウ配下のドラゴンよ!」
リンの言葉に空を見上げると、大きな翼と鋭い爪を持つまさにドラゴンといった風貌の生き物がこちらを睨んできていた。
こうしてリアルに姿を見るとその巨大さに圧倒されてしまう。
そんなことを考えるとドラゴンは突然炎を吐いてきた!
「おわっ!? 危ねえぞおい!?」
「私が応戦するわ! いけっ、氷雪の魔法!」
岩陰に伏せて攻撃をやり過ごした後、リンがドラゴンに向かって魔法で攻撃する。
氷の嵐が降り注ぐその魔法だが、大した効果はなかったようでドラゴンは平然としていた。
「おいおいおい、効いてねえぞ! もっとすげーのねぇのか、リン!」
「……私使える魔法これだけなのよね」
「魔法一個しか使えない魔法使いとか、なんでそんな奴に大事そうな使命を与えてんだテンセ王国……」
「仕方ないでしょ、魔王のせいでどこも人手不足なのよ」
「世知辛い理由だなおい」
そんなくだらない会話を続ける間にもドラゴンはこちらに炎を吐いたり、旋回して近づいてきたりしている。
その度にどうにか木陰や岩陰に隠れたりしてやり過ごしていたが、徐々に追い詰められていく。
「こりゃ絶体絶命の窮地ってやつじゃねぇか?」
「そうね……私の冒険もここで終わりかも……」
あきらめムードが漂う中、突然俺の制服のポケットに入っていたスマホに着信が入る。
異世界でもスマホって使えるんだな……そんなことを思いながら岩陰で電話に出ると聞き慣れた声が耳に入った。
「すまんすまん、聞こえとるか伊勢よ」
「爺さん! なんだよこんな時に!」
「いやいやお主にこのナロワールドで生き抜くための武器<チート>を与えたのに、それについて教えてなかったからのう。こうして伝えようと電話したんじゃ」
「……爺のドジっ子とか可愛くねえぞ」
そんな俺の抗議の声を無視して、爺さんは説明を始めた。
「お主の武器は心のなかにある! お主の思う困難に立ち向かうための武器を想像して見るんじゃ!」
「随分と抽象的だなおい! ……こうか!?」
ゲームの攻略本で見た剣の姿を俺が思い浮かべると、俺の右手には突然剣が握られていた。
「うおっ! 念じるだけで本当に剣が出やがった!」
「カイ、武器なんて持ってたの!?」
「持ってたというかでてきたというか……」
突然剣を握り締めた俺に驚くリンの反応はもっともだが、戸惑いはこっちのほうが強かった。
「どうやら成功したようじゃな! お主の想像次第でこの能力は如何様にも作用するぞい! 以上! 説明終わり!」
「これで終わりかよ!?」
「習うより慣れろじゃ! 頑張れ若人!」
そういうと爺さんは一方的に電話を切ってきた。
まったく、なんなんだよ一体……。
そうやって爺さんへの不満を募らせる中、ドラゴンが大きく息を吸い始めた。
「カイ! 大変よ、これまで以上に大きな炎が来るわ!」
「くそっ、しゃあねえ! 燃え上がれ俺の想像力!」
ヤバそうな雰囲気を察知した俺は、とっさにゲームの攻略本で見た鎧や盾、兜の姿を想像する。
そしてドラゴンが炎を放射してくるのに合わせて盾を構えた。
「……すごい! 周りが溶けるような炎なのにカイの背後だけは何も起こってないわ!」
「どうやらこいつで攻撃を防げるようだな!」
盾で炎が防げることがわかった俺は、ドラゴンが炎の放射を止めるまで耐えた。
後ろにいるリンに飛び火しないか心配では合ったが、炎が盾の後ろに回ることはなく安全地帯となっていた。
やがてドラゴンも息切れしたのか、炎の放射をストップする。
「こりゃ今がチャンスだな!」
そう考えた俺は剣を振り、剣から稲妻が出る想像をしながら思い切り剣を振りかぶった。
すると剣から凄まじい稲妻が迸りドラゴンを襲った。
「グギャアアアア!」
耳をつんざくほどのドラゴンの絶叫が響き渡ると、ドラゴンは地に落ちた。
剣を携えドラゴンの様子を見に行くと、ドラゴンが動き出す様子はなかった。
「凄いわカイ! あのドラゴンを一撃で倒すなんて!」
「お、おう。まさかこんなことになるとは」
想像力ってすげえんだな……。そんなことを考えてしまう威力だった。
「カイこそ勇者に違いないわ! 王様に会ってもらうわよ!」
「……まあ行く宛もないから別にいいぜ」
「決まりね! さあテンセ王国に向かうわよ!」
こうして俺はリンとともにテンセ王国に向かうこととなる。
そしてこれがナロワールドに新たな勇者伝説が刻まれるきっかけとなるのだが、それをこの世界の住人が知るのは遥かに先のことであった……。