第九十七話 「背教者」
場所が変わって、現在は飲食店の店内。
そこでダイヤと二人……ではなくもう一人、初対面のお姉さんを交えてテーブルに掛けていた。
理由は落ち着いて話を聞くためである。
先ほどは突然声を掛けられたせいで、僕とダイヤは揃って固まってしまった。
そこで、ちょうど晩ご飯の頃合いだったこともあり、僕たちは一度腰を落ち着けてお姉さんの話を伺うことにしたわけだ。
見た限りかなり緊急性を帯びた声掛けだと思ったので、無下にすることができないと思った。
「さっきはいきなり話しかけてごめんなさい。たまたま手隙の冒険者を見つけることができて、ちょっと熱が入っちゃって……」
手近な飲食店で腰を落ち着けるや、お姉さんはまず最初に頭を下げてきた。
それに対して僕はぶんぶんと手とかぶりを同時に振る。
「い、いえ、全然大丈夫ですよ。僕たちがちょっと人に慣れてないってだけですので」
声を掛けられただけでどぎまぎする冒険者なんて僕たちくらいのものだろうから。
「それにしても、よく僕たちが冒険者だってわかりましたね。自分たちで言うのもなんですけど、僕たちって冒険者から一番遠い外見をしてるような……」
気弱そうで華奢な体つき。
そのうえ見る人によっては、まだ成人もしていない子供にも見える童顔だ。
そんな僕たちを、なんで一発で冒険者と見抜くことができたのだろうか?
するとお姉さんは柔和な笑みを浮かべて、砕けた口調で答えてくれた。
「まあ、なんとなく雰囲気とかでね。日頃から魔族と戦ってる冒険者って、立ち姿だけで一般の人たちと違う感じが出てるし、何よりこの町って冒険者が少ないから、そもそも神器を持ち歩く人が珍しいの」
「あぁ、そういうことですか」
確かにこれ見よがしに神器を持ち歩いている人は少ない印象だ。
僕やダイヤのように背中に堂々と担いでいたら目立つだろう。
そして神器を持っているとは、つまり魔族討伐を行なっている証であるため、冒険者と結論付けるのは当然の成り行きである。
お姉さんの説明に納得しながら、僕は改めて最初の疑問を投げ掛けた。
「それで、『神器を取り返してほしい』っていうのはどういうことですか?」
お姉さんが最初にしてきたお願いの意味を尋ねると、彼女はテーブルの端に置いてあったメニュー表に手を伸ばした。
「それよりもまず先に注文しちゃおっか。二人とも晩ご飯はまだでしょ?」
「あっ、はい。まだ食べてません」
「話を聞いてもらう代わりに、ここは私が奢らせてもらうよ。驚かしちゃったお詫びも兼ねてね」
そう言われて、僕とダイヤは思わず顔を見合わせてしまう。
いきなり会ったお姉さんに、いきなりご飯を奢られることになってしまった。
そんな不可思議な展開に当然の如く戸惑い、僕たちは視線だけで『どうしようか?』と問い合う。
ここで無粋にも『結構です』と一蹴するのが、最大の悪手だというのは言われるまでもなくわかった。
このお姉さんは明らかに良い人であるため、そんな彼女のお誘いを冷淡にあしらうのは罪悪感に苛まれることだろう。
というわけで僕はやや恐縮しながらも、「じゃあ……」と言いながらメニューを手に取った。
ダイヤと二人でそれを眺め、程なくして店員さんを呼ぶ。
手早く三人分の注文を済ませると、そのタイミングでお姉さんが話を切り出した。
「じゃあ、話を始める前に、まずは自己紹介からしよっか。私の名前はアパタイト。アパタイト・コトルノスっていうんだ。二人のお名前は?」
「僕はラストです。ラスト・ストーンって言います」
「私は……ダイヤ・カラットです」
「宜しくね、ラスト君とダイヤちゃん」
優しげな顔のお姉さんは、さらに頬を緩ませて優しい印象を与えてきた。
続けてお姉さん……改めアパタイトさんは、ますます口調を砕いて話を繋げる。
「二人に声を掛けたのは、最初にも言ったように私の神器を取り返してもらいたいからなんだ」
「神器を、取り返す?」
その言い方に、僕は必然と疑問を覚えさせられる。
神器を取り返すって、まるで誰かに取られてしまったような……
とそこまで考えて、遅まきながらはたと気が付く。
同時にアパタイトさんが苦笑しながら頭を掻いた。
「今流行りの『神器盗難』に遭っちゃってさぁ、背教者に大切な神器を持って行かれちゃったんだよね」
「……なるほど」
そう、このグリンダの町では現在、神器を盗まれる事件が多発している。
アパタイトさんはその被害に遭って神器を盗まれてしまったみたいだ。
そういえばこの人、見た限り神器っぽい物を持っていない。
白と水色を基調とした衣服に、革の手袋と長靴。
それ以外の小物は帽子とマフラーと鞄だけで、どれも魔族と戦えるような神器には見えない。
小さな触媒系の神器ならその限りじゃないけど、アパタイトさんの服装は軽めで肌の露出もやや多めなので、どこにも装飾品を付けていないと一目でわかる。
「つまり、背教者に盗られてしまった神器を取り返してほしくて、冒険者を探していたってことですか?」
「そう。私は冒険者ってわけじゃないけど、神器を生かした仕事をしてるからさ、神器がないとすごく困るんだよね」
これでアパタイトさんが声を掛けてきた理由がわかった。
神器盗難によって奪われてしまった大切な神器を、背教者から取り返してほしいと。
それは重々理解できたのだが、なんでわざわざ僕たちに声を掛けて来たのだろう?
この町は冒険者の数が比較的少ないけれど、それでもゼロというわけではない。
むしろ僕が予想していたより多くの冒険者がここにはいる。
他にも頼りになりそうな冒険者はいるはずなのに、なんで僕たちなんだ?
それを問いかけるより先に、答えを先に言われた。
「初めは冒険者ギルドに神器捜索の依頼を出そうと思ったんだけどね、今は神器を盗られちゃった人たちがギルドに大集結しちゃってるでしょ。みんな神器を取り返すために依頼を出しまくっててさ、私の番は早くても一週間くらい先になるって言われちゃったんだ」
「あぁ……」
そういえば僕たちが冒険者ギルドを見に行った時も、神器盗難の事件のせいでごった返していたっけ。
確かにあれだけの人たちが神器捜索の依頼を出していたら、今から捜索を出してもすぐには対応してもらえないだろう。
冒険者の数がその分多ければ話は別なんだろうけど、この町では無い物ねだりもいいところだ。
そこでアパタイトさんは直接冒険者に声を掛けて、神器捜索の依頼を頼もうと思ったわけだ。
それなら道端で手隙の冒険者を見つけて、つい熱が入ってしまうのも頷ける。
「背教者が組織ぐるみで神器盗難をしていて、同じ場所に神器を保管しているなら、その隠れ家を見つけるだけで事件は解決するんだけど、そう上手くも行かないみたいだね。神器はそれぞれ別の場所に持って行かれちゃうみたいだよ」
と、そのタイミングで、注文していた料理がやってきた。
僕とダイヤはパンとスープのセット。アパタイトさんは大皿に盛られた麺料理だ。
奢ってもらう手前、僕とダイヤはアパタイトさんに『頂きます』と告げてから食事を始める。
食事の感想としては『美味い』の一言だった。
自然豊かな地方ゆえか、食材の味がしっかりと伝わってくる。
特に色とりどりの野菜が入ったスープは暴力的な旨みを宿していた。
他の二人より先にひと心地つくと、アパタイトさんがそのタイミングで、麺を啜りながら話を続けた。
「神器は盗まれたその時に、その場ですぐに破壊されちゃうみたいだから、恩恵の名残を頼りに追跡することもできないんだって。だから神器盗難の事件はなかなか解決しないし、犯人の背教者たちもほとんど捕まってないんだってさ」
「えっ? それじゃあ、どうやってアパタイトさんの神器を探せばいいんですか?」
盗まれてしまった神器の場所がわからないと探しようがない。
神器は手放すと“半装備状態”になる。
半装備状態ではスキルや魔法が一切使えなくなり、神聖力も効果を発揮しなくなってしまうのだ。
ただ、肉体に宿っている恩恵は完全に無くなってしまうわけではなく、神器との距離によって弱まるだけなので、実質的には神器との繋がりは途絶えるわけではない。
という点が“半装備状態”と呼ばれる所以である。
そしてこの特性を生かして、遠方にある神器を探す方法がある。
肉体に残された恩恵の繋がりを辿って、神器を見つけ出すという方法だ。
でもそれも、神器を破壊されてしまったら実行は不可能だ。
神器は破壊されたその時点ですべての機能を失い、当然恩恵も完全に途絶えてしまうから。
おそらく背教者の連中も、恩恵の繋がりを辿られることを危惧して、盗んだ神器を即座に破壊しているのだろう。
徹底しているな。
と思っていると、拍子抜けするような事実をアパタイトさんから明かされた。
「なんか、私の神器だけは壊されてないみたいで、恩恵を微かにだけど感じるんだよね。だから盗まれちゃった神器の場所も、ある程度はわかるんだよ」
「……そ、そうなんですか」
背教者の中にも間が抜けている奴はいるみたいだ。
でもそのおかげでアパタイトさんの神器がどこにあるのか正確にわかる。
これは思いがけない不幸中の幸いだ。
「で、その場所なんだけど、魔物が出没する危険域の中みたいで、それに背教者がいる危険性もあるからさ、冒険者の人について来てもらいたいってわけなんだ。それが私からの依頼だよ」
「……なるほど」
神器の場所はある程度わかる。
で、その場所が魔物が蔓延る危険域の中だから、冒険者の人について来てもらいたいと。
いくら神器の場所がわかっても、魔物と戦えない状態で一人で探しに行くのはさすがに無謀だからね。
「もちろん報酬は弾ませてもらうよ。成功報酬なんて言わずに、私が指定した場所まで連れて行ってくれたらそれでいいから。金額は20万キラでどうかな?」
「に、20万!?」
提示された金額に、僕は思わず席から立ち上がってしまいそうになった。
なんとか堪えて姿勢をそのままにするけれど、勝手に手が震えてきてしまう。
いくらなんでも高すぎではないか?
指定された場所までアパタイトさんを連れて行くだけで20万キラだなんて。
美味しい話どころではない。
隣に座っているダイヤも、驚いたようにパンを咥えて固まっていた。
するとその動揺を悟ったように、アパタイトさんは補足した。
「だって世界にたった一つしかない自分の神器を取り戻すためなんだよ? 10万や20万くらい掛けるのは当然のことでしょ」
「は、はぁ……」
そう言われると、まあ確かにお金を掛けるべきところだと思う。
もし僕がアパタイトさんの立場でも同じように破格の報酬金を提示していたことだろう。
神器はこの世にたった一つしか存在しない、自分専用の武器なんだから。
何より神様から授かったものだからね。無くしたと知れたらバチが当たるかもだし。
すっかり背中に馴染んだ【さびついた剣】に思いを馳せながら、僕はアパタイトさんに問いかけた。
「ちなみに、神器の気配を感じるのはどの危険域からなんですか?」
「んっ? 長夜森っていう、この町の近くにある危険域からだよ」
「……」
それを聞いた僕は、思わずダイヤと目を合わせてしまった。
今回のこの依頼は美味しい話どころではない。
なんとも僕たちに都合が良い話だと思った。
「わかりました。アパタイトさんの依頼、お引き受けします。ちょうど僕たちも明日、その危険域に行こうと思ってましたから」
「ホントっ!? それだとすごく助かるな!」
アパタイトさんは優しげな表情の上に、向日葵のような笑みをパッと咲かせた。
まあ、邪神の祭壇を探すついでみたいなものだし、問題はまったくないだろう。
アパタイトさんを指定の場所まで送りつつ、邪神の祭壇を探して一石二鳥だ。
なんとも都合の良い展開になり、僕は自然と笑みを浮かべていた。
ただまあ、不安がないというわけではない。
差し当たっての懸念点としては……
果たして僕は、背教者を前にした時、いつものように神器を振ることができるだろうか?
神器を悪事に利用する犯罪者――背教者。
冒険者と同じく高ランク神器を持っている奴が多く、連中は自分の欲望を満たすためならなんでもする。神器を使って人だって殺す。
そんな背教者と直接対面したことは、思えばまだ一度たりともない。
同じ冒険者と神器をぶつけ合ったことは数回あるけれど、完全な悪意を持った犯罪者を相手にするのはこれが初めてだ。
魔人とはもう何度も戦ったことがあるけれど、それとはまた違う感じだろうし。
そして、もう一つの不安要素は……
「……」
食事中、ダイヤが終始難しい顔をして、アパタイトさんを見つめていたことである。




