第九十六話 「助けを求める声」
ブリリアント地方の情報収集のため、僕とダイヤは図書館にやって来ていた。
ここで周辺の危険域について書かれている書物を見つけ、探索場所を定めたいと思う。
ちなみに先に冒険者ギルドを見に行ってはみたのだが、例の『神器盗難』の事件のせいで少々ごった返していた。
どうやら神器を盗られてしまった人たちが、神器捜索の依頼をギルドに出しているらしい。
まあ、どんな凄腕冒険者でも神器が無ければ“ただの人”なので、他の冒険者に頼るしか手は無くなってしまう。
仲間がいない単身冒険者なら尚更のことだろう。
大枚をはたいてでも、自分の神器を取り返したいに決まっている。
僕たちもそうならないように注意しながら、ギルドから図書館までやって来た。
「じゃあ僕は奥の方から見ていくから、ダイヤはここから先をお願い」
「はい、了解です」
意外にも危険域について書かれている書物が多かったため、まずは二手に分かれて情報を集めることにする。
すでにわかっていることは、この辺りの危険域の魔族出現率はここ最近変わっていないということ。
となれば『邪神の祭壇』が破壊されている可能性は非常に低く、ヘリオ君の言った通り大量の祭壇がこの近辺には眠っているに違いない。
そのため今ほしい情報は、危険域の特徴と出没する魔物の詳細、そしてそれらの対策方法だ。
それによって探索する危険域を断定しようと思う。
「んっ?」
と考えながら書物を漁っていると、他とは異なった内容の物を偶然手にした。
そうと気付いた理由は、冒頭から話し口調で文章が始まっていたからである。
これ、たぶん“冒険譚”だ。
ここは危険域の情報のみが集まっている棚のはずだけど、誰かが間違ってここに戻しちゃったのかな?
代わりに正しい棚に戻しておこう、と思って冒険譚の棚に行こうとしたのだが、無意識の内に僕はページをめくっていた。
冒険譚が好きだからというのもそうだけど、何よりこの一冊に不思議な運命を感じた。
「どこか良い感じの危険域ありましたか?」
「あっ……」
気が付けばかなり読み耽っていたみたいで、棚の半分を調べ終えたダイヤが僕の元にやってきた。
そんな彼女に声を掛けられたことで、ようやく意識が冒険譚から離れてくれる。
だがすぐに自らの過ちを自覚し、だらだらと冷や汗を掻いてしまった。
チラリとダイヤを窺うと、彼女は僕の手元の書物を目撃してジト目になっていた。
「ラストさーん、これはなんですか―?」
「いやぁ、そのぉ……」
誤魔化すつもりは毛頭なく、僕は素直に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。危険域の書物を探してたら、たまたまここに冒険譚が挟まってて……」
「それで気になって読んじゃってたわけですか」
「……はい」
本当に申し訳ないです。
僕が場所の分担を決めたのにもかかわらず、自分の好物にうつつを抜かして仕事をサボってしまうとは。
反省して木造りの床にじっと視線を注いでいると、クスッと小さな笑い声が聞こえた。
「本当に冒険譚がお好きなんですね。大切なお仕事のことも忘れて、二十分近くも没頭してしまうなんて。そんなに面白いお話だったんですか?」
「う、うん。偶然見つけた冒険譚なんだけど、すごく面白いんだよ。このブリリアント地方に実在した英雄が題材になっててね、実際にこのグリンダの町にいたこともあったんだって」
と言うと、ダイヤは関心を示したような声を上げた。
彼女のその様子を見た僕は、少し調子付いて説明を続けてしまう。
「割と最近の話みたいでね、およそ五十年前、稀に現れるとされている『巨大魔獣』が、何の因果か三体同時にブリリアント地方に顕現しちゃったんだって。その影響で町や村に相当な被害が出たみたいで、当時のその災害は『三獣災』って言われてるみたいだよ」
「あっ、それは少しだけ聞いたことがあります。今まで特筆するような災難が無かった穏やかな地方で、突然悲惨な出来事が起きたとか。ここのことだったんですね」
すでに知っているのなら話は早い。
「どの魔獣もとんでもない力を持ってたみたいで、一体を倒すのに当時の黒級冒険者が十人は束にならないといけないって言われたらしいよ。その時もこっちの地方には冒険者が少なかったみたいだから、本当に絶望的な状況だったって綴られてる。で、そんな窮地から人々を守って、見事に三獣災を止めてみせたのが……」
僕はわざとらしく一呼吸を置いて、物語の肝心な部分を開示した。
「当時二十にも満たない、冒険者でもないたった一人の青年だったって話だよ」
「……」
ダイヤは驚いたように目を丸くしていた。
これが実在した英雄を題材にしていると前置きしたのだから当然である。
僕も最初に読んだ時は信じられなかった。
「その青年は冒険者じゃなかった。普段は山小屋でひっそりと暮らしているだけのただの木樵で、町に下りてくることも滅多になかったんだって。元々冒険者としての才能……というかかなりの性能の神器を授かってたみたいだけど、静かに暮らしたいから木樵の道を選んだらしいよ」
この部分は割と珍しくもない話だ。
誰しもが僕みたいに英雄に焦がれて、冒険者になりたいと思っているわけじゃないからね。
神様からとんでもない神器を授かったとしても、平穏な日々を送りたいからと“戦い”とは無縁の道を選択する人は多くいる。
村の掟なんかで、強制的に冒険者の道を歩まされる人もいるけど、それはまあ特例中の特例だ。
ともあれ僕は少し興奮気味に続けた。
「そんな木樵の青年が、町が窮地に陥った時に突然山から下りて来て、誇示してこなかった力で恐ろしい巨大魔獣たちを圧倒しただなんてさ、ただならない感じがしてすごくかっこ良いんだよ。今まで読んできたどの冒険譚の英雄とも違う感じでさ、自分の才能に自惚れない謙虚さとか……」
と、そこで自分が語り過ぎていることに気が付き、いったん口を止める。
そしてチラッとダイヤの方を一瞥すると、彼女は口を半開きにして呆然としていた。
完全にダイヤを置いてけぼりにしていた。
遅まきながらそれを察し、僕はハッとなって補足する。
「も、もちろん、どこまでが本当のことかはわからないし、尾ひれもどれだけ付いてるかは想定できないけどね。実在した英雄を題材にしたって言っても、冒険譚は書き手の心象でどんな形にも化けるものだし、登場人物の年齢や性別だって嘘偽りの場合もあるくらいだから」
だからあまりこの冒険譚を鵜呑みにして、英雄に過大な幻想を抱くのは良くないということだ。
そもそも英雄の行動を正確に一つ一つ綴るなんて、どんな書き手にも不可能なことだから。
何はともあれ語り過ぎてしまったため、僕は咳払いを最後に口を閉ざす。
冒険譚のことになるとつい熱くなってしまい、我を忘れて唇が勝手に動いていた。
気持ち悪く思われなかっただろうか。
そう危惧しながら恐る恐るダイヤを窺っていると、彼女は再びクスッと笑った。
「本当にラストさんは冒険譚がお好きなんですね。そこまで熱く語られてしまうと、私も中身に興味が出てきちゃいました。ちょっと貸してもらってもいいですか?」
「えっ……? う、うん! もちろんだよ!」
意外にも好感触を得ることができて、僕は勇んで冒険譚を手渡した。
気持ち悪いだけの語りだと思っていたけど、まさかあれで興味を持ってもらえるだなんて。
密かに嬉しい気持ちで、ダイヤはどんな風に冒険譚を読むんだろうと観察していると、彼女がふと笑みをこちらに向けた。
「では、今度は私がこの冒険譚を読んでいるので、ラストさんが残りの半分を調べて来てくださいね」
「……あっ、はい」
僕は申し訳ない気持ちになりながら、危険域の情報を集めるために棚を漁り始めた。
なんか、体よく冒険譚を取り上げられてしまったような気が……
でもよく見ると、ダイヤは真剣な様子で冒険譚に齧りついていた。
うん、後で感想を聞くとしよう。
ダイヤがゆっくりと冒険譚を読み進められるように、僕は少しだけ丁寧に調べ物を進めることにした。
「図書館にいる間に、すっかり暗くなってしまいましたね」
「だね」
図書館を出ると、空には星々が瞬いていた。
僕たちはかなりの時間、書物に齧りついていたらしい。
「で、どうだったかな? 『英雄スフェーン』の冒険譚」
「とても面白かったですよ。それに少なからずこの周辺の危険域の情報も書かれていたので、今後の参考にもなりました」
「そ、そっか」
それならよかった。
にしても、あの冒険譚に危険域の情報なんて書かれていたかな?
ぼんやりと内容を思い出そうとして、ふと“暗くなった空”を見上げてみる。
と、そこで僕は思い出した。
「あっ、『長夜森』」
「はい、その危険域です」
あの冒険譚には『長夜森』という危険域が登場する。
朝昼晩関係なく、常に真夜中の時間にいるかのような真っ暗な森。
森の中には発光する植物があり、光源には困らないとのことだが、どこか不気味な雰囲気の場所らしい。
そういえば冒険譚に色々と詳しく書いてあったっけ?
「このグリンダの町からも結構近いみたいですし、何より邪神の祭壇がありそうな場所も書いてありましたよ」
「えっ? そうだったっけ?」
物語に熱中し過ぎてて全然気が付かなかった。
「実話を元にしているだけあって、かなり詳細な内容まで綴られていましたよ。ぬかるみが多くて足を取られやすいとか、似たような木々の並びで道に迷いやすいとか。実際にその場所を歩いた人の声がそのまま書かれているような感じでしたね」
「邪神の祭壇の在処も、同じように書かれてたっけ?」
ダイヤは銀髪を揺らしながらかぶりを振る。
「正確な位置までは書いてなかったですね。ただ、森の奥深くに不気味な“館”が建てられているそうです。おまけにその周辺に出没する魔物が不自然なくらい凶暴で、まるで館を守っているみたいだという話でした」
「あっ、そこに『邪神の祭壇』があるかもしれないってことか」
確かに可能性は高い。
邪神の祭壇は基本的に高難易度の危険域の、さらに奥深くに眠っているとされている。
加えて洞窟の中や遺跡の地下など意味ありげな場所にあることが多いらしいので、その不気味な館に隠されていても不思議ではない。
他の危険域の詳細も調べはしたけど、特にこれといった祭壇の情報は手に入れられなかったので、ひとまずは長夜森を目指すってことでいいかもしれないな。
「じゃあ次の目的地は、グリンダの町の北側にある『長夜森』ってことで」
「賛成です!」
ダイヤの良い返事も聞けたことで、今後の方針についての話を終えた。
そして探索は明日に回すとして、次は休息を取るための宿屋を探すことにする。
安いところ安いところ、といつもの癖で宿を探していると、それを察したらしいダイヤが横から助言をしてきた。
「安いところでもいいんですけど、この町ではなるべく防犯のしっかりしたところに泊まりたいですね」
「えっ……? あっ、そっか」
すっかり忘れていた。
そういえばこの町では今、変な事件が起きてるんだっけ?
なんでも冒険者の神器が、背教者たちによって盗まれているらしい。
確かに眠っている間が一番盗まれやすそうではある。
「うーん……お金も良い感じに貯まってきたし、今日はちょっと奮発して高い宿に泊まってみよっか。ていうか女の子的にも、普通に安全な宿屋さんの方が絶対にいいよね。なんかいつもごめんね」
「あっ、いや、私のことは別にいいんですけど」
思えば僕たちって、ほとんどお金を掛けない旅をしてきたな。
荷物も最低限のものしか持ってないし、これといった贅沢も今までしたことがない。
冒険者階級が上がったとしても、みすぼらしい格好だってそのままだ。
そろそろこの、“村から出たばかりの少年”みたいな服も変えた方がいいかな。
せっかく祭壇破壊の報酬で一気にお金が増えたわけだし、近々派手にダイヤと買い物でもするとしよう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、僕は良い宿がないだろうかとあちこちを見渡していた。
すると、そんな時……
「あ、あのっ!」
「んっ?」
突然後ろから声を掛けられた。
女の子の声だった。しかしダイヤのものではない。
すっかり聞き慣れた柔らかくて穏やかな声音ではなく、ハキハキとした元気に満ちているような声だった。
首を傾げながら後方を振り返ると、そこには鮮やかな水色の長髪を揺らす、少し上の歳くらいのお姉さんが立っていた。
白と水色を基調とした軽めの服装。同色の長いマフラーとマスクが目を引く。
何よりも特徴的なのは存在を主張するように強めの色を放つ、黄色い帽子と肩掛け鞄だ。
帽子には鳥が羽ばたいているような帽章が付いており、鞄の収納には何やら色んな小物が入れられている。
どういう仕事をしている人なんだろう? と疑問に思いながらお姉さんを見ていると、逆にこちらの職について問われてしまった。
「もしかして冒険者の人ですか!?」
「えっ? は、はい。そうですけど」
だよね、と同意を求めてダイヤに視線を送るが、すでに彼女は僕の背中に退避していた。
相変わらずの人見知り。魔物相手だと率先して前に出てくれるのだけど、対人では僕がダイヤの盾役だ。
そして今回も僕だけで相手をしなければならないらしい。
にしても、いったいどんな用があって僕たちに声を掛けてきたのだろう?
道にでも迷った? むしろ今は僕たちの方が案内がほしいくらいなんだけどなぁ。
なんて呑気なことを考えていると、まるで予想もしていなかった話を持ち掛けられた。
「急なお願いで悪いんですけど、私の神器を取り返してくれませんか?」
「……じ、神器?」




