第九十四話 「神器盗難」
夜の森にひっそりと佇む館。
扉を開けると小さな玄関があり、奥には薄暗い廊下が見える。
闇夜に誘うようにして赤い絨毯が伸びていて、外観の雰囲気も相まって非常に不気味だ。
「……」
しかし一人の女性――アパタイト・コトルノスは、恐れる様子もなくズカズカと館に入っていく。
そして壁に掛けられた淡い灯りだけを頼りに、コツコツと暗い廊下を進んで行った。
時折曲がり道や部屋の扉などが横目に入るが、それらに構わずに真っ直ぐ歩いて行く。
突き当たりの階段を上り、廊下を歩き、また階段を上る。
やがて館の最奥――三階の大部屋に辿り着くと、そこには一人の女が待っていた。
「あら、おかえりなさい。今日もたくさん持って帰って来たのね」
「……」
薄紅色の巻き毛に、過度な露出の踊り子のような衣装。
全身の細部には豪華な装飾品がいくつも付いており、一目で羽振りの良さを感じさせる。
見る者を艶めかしく魅了するようなその女は、玉座にも見える豪華模様の椅子に腰を掛けていた。
そしてアパタイトが肩から下げている黄色い鞄を見るや、その膨らみを察して不敵に笑う。
次いで上機嫌な様子で足を組み直し、不意に右手の指をパチンッと鳴らした。
その瞬間、大部屋の傍らに控えていた男が、音もなくアパタイトの目の前までやって来る。
全身黒ずくめの衣装と目深まで被ったフード。
不気味なその男を目前にやや身を引きながら、アパタイトは自分の黄色い鞄に手を伸ばす。
それをおもむろに開け、雑にひっくり返すと、中からジャラジャラと多種多様な“物品”が出てきた。
腕輪や指輪といった装飾品。小剣や手斧といった凶器の類まで。
それらはすべて、神の恩恵が宿った“神器”である。
「これで全部だよ」
そう言うと、目の前の男が床に散らばった神器を丁寧に拾い始めた。
神器はすべて“破壊された状態”なので、集めるのに多少の苦労をしている。
やがて欠片残さず拾い終えると、男は女の元まで歩いて行った。
そして集めた神器を献上するように女に差し出す。
「Dが四つ、Cが二つ、Bが二つ。……アハッ! さすがアパタイトちゃん! これまた高ランクの神器ばっかり狙って来たのね! 大した活躍じゃない!」
神器それぞれの性能を見た女は、耳に響く甲高い声で笑った。
自分が神器を持って帰って来るといつもこうだ。
その度に不快な思いをさせられて、アパタイトは密かに奥歯を噛み締める。
だがすぐに雑念を払うと、冷静な声で女に告げた。
「これで100万キラ分は貯まった。あと50万キラ分の神器を持ってくれば、それでいいんでしょ」
「えぇ、その通りよ。約束はちゃんと守るわ」
それだけを聞くと、アパタイトは鞄を閉じて早々に踵を返す。
大部屋の扉に手を掛けて、雑に押し開けようとすると、そのタイミングで女が後ろから声を掛けてきた。
「でもその前に、あなたが捕まらないといいけどね。知っていると思うけど、私はあなたに大いに期待しているのよ」
期待という言葉を使われて、ここまで嬉しくないのは生まれて初めてだ。
その不快感を払拭するように、扉に掛けている手をぎゅっと握り締めていると、さらに激情を煽るような言葉を掛けられた。
「だからせいぜい気を付けることね、立派な“盗人”さん」
「……」
いったい誰のせいでこうなったと思っているんだ。
抱え込んだ不満を、今この瞬間にもぶち撒けたいと思いながらも、アパタイトは唾を飲み込むようにぐっと堪える。
せめてもの抵抗として、強めに扉を開け放ち、わざとらしく足音を鳴らしながら部屋を後にした。
「ふぅ、結構遠かったね」
「ですね」
ヘリオ君に教えてもらった通り、ブリリアント地方を目指して五日。
馬車で村や町を行き繋いで、なんとか目的の地に辿り着くことができた。
ここはクリアランドからほぼ真東に行ったところにあり、自然が多くぽかぽかした陽気が特徴的な地方だ。
そんなブリリアント地方で一番栄えているらしい『グリンダ』という町に到着し、僕たちはようやく一息ついた。
目に付いたカフェに入り、喉を潤しながら休息を取る。
「雪花壇とは違って、こっちは暖かくて空気が綺麗だね。過ごしやすくてなんか眠くなってくるよ」
「あっ、ここで眠っちゃダメですからね」
カフェのテーブルにぐでっと、だらしなくもたれ掛かっていると、ダイヤに優しく注意されてしまった。
我ながらみっともない姿だと思うが、温暖な気候にやられてかなり眠いのだ。
あの羊のような魔人の攻撃を受けたように、今は凄まじい眠気に襲われている。
しかしなんとか欠伸を噛み殺して、苦笑しながら体を起こすと、僕は改まった口調で今後の話をした。
「じゃあ、しばらくはこの町を拠点にして祭壇探しをしていこう。そのためにまずは宿探しと……」
「危険域の情報収集ですよね」
というダイヤの返しに、僕は『そうそう』と頷きを返す。
正直この地方については完全に無知だ。
クリアランドの図書館にもほとんど情報はなかったので、残された手は現地での情報収集しかない。
どんな危険域がどの辺りにあるのか、それくらいは知っておかないと探索のしようがないからね。
というわけでこのグリンダの町で情報を集めることにした。
差し当たっては、まだ祭壇を破壊されていない危険域を見つけることだけど、果たして上手くいくかどうか。
「とりあえず色々と情報が揃いそうな『冒険者ギルド』か『図書館』に行ってみよっか」
「ですね!」
うとうとする僕とは打って変わって、元気一杯な様子のダイヤ。
そんな彼女の張り切る声を聞きながら、僕はカフェを後にした。
にしても本当にこの地方の危険域に邪神の祭壇がたくさん眠っているのだろうか?
ヘリオ君の情報を疑うわけではないけど、どうにも不安がよぎってしまう。
辺境の地方ということであまり探索が進んでいないのがその理由だと思っていたんだけど、どうも冒険者っぽい人たちが多い気がする。
見る限りかなりの熟練者揃いのようなので、祭壇破壊の依頼を託されている可能性だって充分にある。
もしかして先を越されたかな? 競争相手が多いのは正直やだなぁ。
けどまあ、この周辺の危険域で魔物の出現率が極端に低下したという話は聞いていないので、手付かずになっている祭壇は意外に多いのかも。
「情報収集と言えば、酒場に行くのも結構定番ですよね」
「んっ?」
町の表通りを歩いていると、隣のダイヤが不意に話を振ってきた。
「カウンター席に座って、お酒の注文と一緒に店主さんに『何か新しい情報はないか』みたいな感じで聞いて、冒険者は情報を集めるのかと思っていました」
似てない、というより似つかわしくない冒険者の真似事を、ダイヤは得意げにしてみせる。
それに対して微笑ましい気分になりながら、僕は相槌を打った。
「確かにそんなイメージが強いし、酒場の店主さんって意外と情報通だったりするけど、僕たちはあんまり行かないね」
冒険譚でもよくそんな場面が書かれていることがあるけど、積極的に行こうという気にはならない。
そんな話をしていると、ちょうどその時大きな酒場が横目に入った。
中からはガヤガヤとした喧騒が聞こえてきて、楽しげな雰囲気を感じさせてくる。
でも正直、酒場はあんまり好きじゃないんだよなぁ。
酒場というかお酒が好きじゃないって感じかな。
飲むのもそうだけど、何より酔っ払っている人がすごく怖いです。
お酒が好きで嗜んでいる人はかっこいいし、ちょっとした憧れもあったりするけど、ただの酔っ払いはなんか苦手だ。
だから酒場には必然的に足が向かない。
でも、たまには寄ってみてもいいかな。
今まで知らなかったような情報が手に入るかもしれないし。
なんて考えながら遠目に酒場の様子を窺っていると、突然中から……
「チクショウやられたっ!」
「んっ?」
男の怒声が聞こえてきた。
いったい何事だろうと首を傾げていると、次いですぐに中から一人の男性が飛び出してくる。
軽めの防具に身を包んだ男。頬はほんのり赤らんでいて、目元も若干緩んでいる気がする。
かなりの酔い具合に見える。そしておそらく彼は冒険者だろうか?
そんな呑気なことを考えていると、飛び出してきた男性は町中に響く声で叫びを上げた。
「神器を盗まれた! 近くに背教者がいるはずだ! 頼む探してくれ!」
神器を盗まれた?
いったいどういうことだろう? 背教者が近くにいる?
と、さらに首を傾けていると、傍らに立つ二人組の男性が呆れた様子でぼやいた。
「あぁ、またやられたっぽいな、『神器盗難』」
「なっ。これで何十件目だろうな?」
神器……盗難?
なんだか穏やかならないその響きに、僕は必然と眉を寄せた。
よくあることみたいに言っているけれど、あの男性が何らかの事件に巻き込まれたということだろうか?
そんな僕の内心の疑問を感じ取ったかのように、二人組の男性は話を続けた。
「背教者の連中が新しく始めた悪事みたいだけどよ、相変わらず目的がいまいちわかんねえよな。冒険者たちの神器を盗んで何がしてえんだか?」
「被害もまだこの町だけみたいだしな。ま、あいつらの考えなんて理解したくもねえし、そもそも明確な目的なんてねえのかもしれねえけど」
神器を盗まれてしまったらしい男性冒険者に同情の視線をくれながら、二人はこの場から立ち去っていった。
近くで話を立ち聞きしていた僕とダイヤは、お互いに顔を見合わせて驚きの声を交わす。
「冒険者たちの神器を盗む『神器盗難』。この町でそんな悪事が流行ってるんだね。全然知らなかった」
「ですね。新しく始めたって言っていましたし、まだ情報が出回っていないのかもしれませんね」
そう、『神器盗難』の事件なんて聞いたこともない。
まだ情報が出回っておらず、今ここで立ち聞いたのが初耳だ。
背教者たちが新しく始めた悪事。冒険者たちの神器を盗んでいるらしい。
なんでそんなことをしているのだろう? 目的がまったくわからない。
同じ疑問をダイヤも感じていたようだ。
「冒険者の神器を盗んで、いったい何をしているんでしょうか? お金にでも換えているんですかね?」
「お金に換えられる……のかな? 他人の神器はどうやったって使えるわけじゃないし、持ち主以外からしたらただのガラクタ同然だから」
他人の神器はどうやったって装備することができない。
持ち主以外が持ったところで恩恵が一切宿らず、神聖力も発揮しないので飾りと変わらないのだ。
せいぜいできることと言えば性能を見ることくらいだろう。
それなのにどうして背教者たちは冒険者の神器を盗んでいるのだ?
他人の神器なんて荷物以外の何物でもないだろう。
「あっ、もしかしてなんですけど、神器の見た目を気に入って、鑑賞用として飾るために盗んでいるとか?」
「うーん、お金に換えているよりかは、まだ可能性は高いかも?」
でもそれもかなり物好きな盗人だよね。
確かに綺麗な見た目の神器は眺めているだけでうっとりしてしまうけれど、それだけのために盗みを働くとはちょっと考えにくい。
それに話を聞いた限りだと、盗みを実行しているのは背教者みたいだし、連中が何らかの目的を持って神器盗難をしていると考えるのが自然だ。
それが鑑賞用のためだけだとは思えないな。
まあ、背教者に盗みの依頼を出すくらいの、狂ったような神器愛好家が、この世にいないとも限らないけど。
「では、神器の研究をするために、色んな人たちの神器が必要で盗みをしているとか?」
「うーん、無くはないかもね」
神器はいまだに謎に満ちている。
その謎を解き明かすために神器奪取の依頼を背教者に出し、研究を進めている学者とかがいるのかも。
まあそれも物凄く低い確率だと思うけど。
ともあれここでいくら知恵を絞ってもピンと来る回答は得られないだろう。
そう思って再び歩き始めようとすると、不意にダイヤが……
「あっ、それとももしかして……」
「んっ?」
「他人の神器を使えるような人が現れて、この世のすべての神器を自分のものにしようとしている、とかじゃないですかね?」
「……」
他とはまた色の変わった、四つ目の可能性を口にした。
これまた荒唐無稽な超低確率の可能性。
だと思いながらも、僕は人知れず背筋を凍らせた。
その可能性は、絶対に無いとは言い切れないし、正直考えたくもないことだった。
神器は謎に包まれている。いつ、どこで、どんな能力の神器が、誰の前に顕現するかさっぱりわからない。
だからダイヤの言ったような、『他人の神器を使えるような人』が突然現れても不思議ではないのだ。
実際、僕の【呪われた魔剣】は魔人の神器を取り込んで付与魔法を奪うという能力がある。
それに類似して『他人の神器を奪う』なんて能力の神器が、運悪く悪しき心の持ち主の前に顕現したとなれば、背教者たちに神器盗難の依頼を出していても、何ら不思議ではない。
ダイヤは『まあ冗談ですけど』なんて言って口元を綻ばせているけれど、僕は内心冷や汗で一杯だった。
まあ他の低い可能性よりさらに低確率の可能性だと思うので、あまり気にしても仕方ないかな。
結局、神器盗難の目的はわからずじまいということだ。
「とりあえず、神器を盗まれることがないように、充分に気を付けるようにしよっか。神器を失くしちゃったら『祭壇破壊』も満足に出来なくなっちゃうからね」
「そうですね。お互いに気を付けていきましょう。特にラストさんは、なんだかいつもより気が緩んでいるみたいですので、一層注意してくださいね」
「……あいっ」
ダイヤのお姉さんぶったような微笑ましい視線を受けて、僕は反省しながら頷き返した。
そして改めて気を引き締めて、情報収集のためにグリンダの町を歩いた。




