第九十三話 「ごめんの一言」
僕は拾い上げた羊魔人の神器を、とりあえず懐に仕舞っておくことにした。
すでに半壊しているため、特に問題なくコートの内側に収めることができる。
この神器には付与魔法が宿っているので、あとで神器合成するか、ギルドに持ち帰って提出するか考えておくことにしよう。
それよりも先に済ませておくべきことは、邪神の祭壇についてだ。
これが本当にくだんの祭壇かどうか確かめる必要がある。
どうやら祭壇の内部には、『神玉』と呼ばれる核が眠っているらしい。
それをギルド本部まで持ち帰ることができたら依頼達成となり、報酬金が支払われるという仕組みだ。
僕は改めて、目の前の氷の台座をまじまじと見つめて、きつく眉を寄せた。
「本当にこれが『邪神の祭壇』なのかな? それっぽい見た目はしてるけど……」
「どう……なんでしょうね? とりあえず壊しちゃったらいいんじゃないですか?」
大人し気な顔をしていて、ダイヤからなかなかに大胆な意見を頂戴した。
でもまあ正直、そうする以外に確かめようがないんだよね。
仮にもし僕たちの早とちりだったとしても、自然的に出来上がった氷の台座を、ただ破壊しただけってことになるし。
別に誰も損はしないよね。自然界に対しては無礼をすることになるけど。
とにかく僕は、一度鞘に収めた愛剣を再び抜いて、台座を壊してみることにした。
だが、背中の柄に手を伸ばすよりも早く……
「【紫電】!」
後方から、濃紫の稲妻が迸った。
それは僕とダイヤの間を高速で抜けていき、激しい光と音を放ちながら台座に直撃する。
粉々に散った台座に唖然としながら、僕はおもむろに後ろを振り返った。
「武器系の神器って、やっぱり色々と手間よね。いちいち取り出さなきゃいけないんだから。特にあんたの神器なんてその典型」
「……そりゃどうも」
皮肉に対して何か憎まれ口の一つでも返してやろうかと考えたが、感謝の言葉を返すだけにしておいた。
今さらながらに思うけど、やっぱり触媒系の神器って小柄でいいなぁ。
無骨な武器をぶら下げていないだけで、なんかかっこ良く見えちゃうんだから。
なんて益体もないことを考えていると、壊れた台座からガラス玉のようなものが出てきた。
それはコロコロと氷の床を転がって、コツッと僕の靴に当たる。
拾い上げてみると、その玉はまるで生きているように、不可思議な熱と光を帯びていた。
間違いない。これがギベオンさんが言っていた変な玉――『神玉』だろう。
ということはこの氷の台座は、『邪神の祭壇』で間違いなかったみたいだ。
ちなみに神玉には傷一つ付いていない。
紫電の魔法で少しばかり欠けたかと思っていたが、その辺は上手くアメジストが加減したみたいだ。
ともあれこれで、一回目の祭壇破壊の依頼は無事に完了だ。
と思ったのだが……
「あっ……」
神玉を手にした僕は、遅まきながらあることに気が付いた。
次いで気まずい思いで後方を一瞥する。
正確には、片膝をついてうずくまっているヘリオ君の方を見た。
本当に今さらなんだけど、これって僕たちがもらっちゃってもいいのかな?
先に祭壇を見つけていたのはヘリオ君だし、これだと僕が横取りしたみたいになってないかな?
いくら魔人が障害になっていて、僕がそれを取り除いたからといって、それとこれとは話が別な気が……
そんな危惧を見透かされたかのように、ヘリオ君がドスを利かせてくる。
「……何見てやがる」
「えっ? いや、その……」
「どうせくだらねえことでも考えてんだろ。それはてめえのもんだ。誰がどう見てもな」
「……」
思いがけない言葉を受けて、僕はしばし呆然としてしまった。
まさかヘリオ君の方から手を引くとは思ってもみなかった。
それに僕の考えていることが筒抜けになっているなんて、本当に意外である。
ヘリオ君は僕なんか眼中にないと思っていたから、まさか顔色を読まれる日が来ようとは。
まあ、ヘリオ君がそう言うなら、僕はその言葉に甘えさせてもらうだけだ。
少し躊躇いの気持ちがありながらも、僕は右手に握ったガラス玉を、腰に下げた布袋にそっと収めたのだった。
そのあと僕たちは、ヘリオ君の仲間の呪いがちゃんと解けたかどうか、帰って確認することにした。
氷雪地帯の雪花壇を後にして、林を進んでいく。
その間、当然のことながら、ヘリオ君を交えた四人で帰路を歩むことになった。
気まずい空気になったのではないか? と誰もが危惧することだろう。
しかしながらその不安はただの取り越し苦労となった。
理由としては、林を歩いている最中に突然、ヘリオ君が気を失ったからだ。
「うっ……!」
ほとんど前触れもなく、彼は地面に倒れ込んだ。
心配して駆け寄ってみると、寝息を立てて深い眠りについていた。
相当眠気が溜まっていたらしい。
それもそのはずで、ヘリオ君は昨日から休み無しで動き続けて、果てにあの魔人から散々睡魔の攻撃を受けていたのだから。
むしろここまで起き続けることができていたのがもはや奇跡である。
奇跡というか、ヘリオ君なりの意地だったんだろうな。
ともあれ倒れたヘリオ君を担いで行こうとすると……
「このまま放っておく?」
とアメジストが悪戯な笑みを浮かべながら、物騒な台詞を横から入れてきた。
さすがにそれはまずいでしょ。
いくらまだいがみ合っている間柄とはいえ、一つの難題を乗り越えた後なのだから、とりあえず肩を貸すくらいは許容してもいいじゃないか。
どんだけヘリオ君のこと嫌いなんだよ。
そんなアメジストの物騒な意見は無視し、僕は眠りにつくヘリオ君を背中に担ぐ。
そのまま林を抜けようとしたのだけれど、途中で力が尽きてしまい、泣く泣く【呪われた魔剣】を解放して恩恵に頼ることにした。
そんなこんなあって村まで戻って来た僕たちは、まず先に治療院に向かうことにした。
ヘリオ君の仲間の安否確認である。
ついでにヘリオ君の体にも異常がないか、一応確かめてもらうことにした。
すると治療院の入口前に、くだんのお仲間さんたちがいた。
「「ヘリオっ!」」
二人は僕の背中でぐったりしているヘリオ君を見て、即座に駆け寄って来た。
するとその呼び掛けに反応したのだろうか、そのタイミングでヘリオ君も目を覚ました。
仲間の二人は、何が何だかわからないと言いたげな顔をしていた。
それもそのはずで、僕とヘリオ君は以前神器をぶつけ合ったこともある仲なのだ。
その光景を、二人は目の前で目撃していて、どうしてそんな相手がヘリオ君を担いでやって来たのか不思議そうにしていた。
だから簡単に事情を説明すると、二人はハッとしたように頭を下げてきた。
「すまない、助かった」
「ヘリオのことも守ってくれてありがとう」
直球なお礼を言われて、思わずむず痒くなってしまう。
そうだった。この二人はヘリオ君と違ってかなりまともな性格をしているんだった。
ともあれ三人の再会を無事に見届けると、僕たちは早々にその場を後にしようとした。
早いところ神玉をギルド本部に届けたいという気持ちがあるのもそうだが、何よりこのままこの六人で固まっていても妙な気まずさがあるだけだと思ったから。
そう直感するや、僕はダイヤとアメジストを連れてその場を立ち去ろうとした。
だが、寸前のところでヘリオ君に呼び止められてしまった。
「……おい」
「えっ? な、なに?」
「……いや、その」
邪神の祭壇も破壊し、仲間も救った。
この上僕に何の用があるのだろう?
それにいつものヘリオ君らしくなく、どこか居心地悪そうに顔をしかめていて、僕の中の疑念は膨らんでいく一方だった。
緊張しながら続きの言葉を待っていると、まるで予期していなかった台詞が耳を打った。
「今回は、助かった」
「……」
自分の耳を疑うとは正にこのこと。
思わず聞き返してしまいそうになったくらいだ。
ヘリオ君が、僕に対してお礼を言った。
幻聴や言い間違いなどではない。今回の件に対する確かな礼だった。
思わず呆気に取られて固まっていると……
「それと……」
さらにヘリオ君が、一層言いづらそうな様子で何かを言いかけた。
だが、続きの台詞が一向に出てこない。
彼は僕から目を逸らして顔をしかめている。
いったい何を言おうとしているのだろうか?
今までヘリオ君からは憎まれ口や罵倒しか受けてこなかったため、予想なんてまるで付かない。
どぎまぎする僕と、口ごもるヘリオ君。
そんな両者の気まずい沈黙を打ち破ったのは、意外なことに紫髪の少女だった。
「別に謝る必要はないんじゃない」
「……はっ?」
「昔あれこれあって、あんたがこいつに謝んなきゃなんないのは当然だけど、無理に謝罪する必要はないって言ってんの」
謝る?
ヘリオ君が僕に?
アメジストが言っていることの意味を、すぐに理解することができなかった。
そうして呆然としている僕を置き去りに、アメジストがさらに続ける。
「あぁでも、謝る必要がないっていうのは、言葉にする必要がないってだけで、『別の形』で謝意は示さなきゃダメよ。あんたはそれだけのことをしたみたいだしね」
次いで彼女は、どこか自嘲的な笑みを静かに浮かべる。
「それでね、言葉にする以上に謝意を示す方法はないって、改めて気付くことになるの。だから間違いなくそれは苦しい道になる。変な意地張ってるなって後悔することになる。特に相手には許されていて、自分で自分を許せない状況が一番しんどいわ」
先ほどからアメジストが何を言っているのか、僕はいまいちよくわからなかった。
でも、ふと彼女が、きょとんと佇んでいるダイヤを一瞥して、遅まきながら言葉の真意を理解する。
たぶんアメジストは、自分の境遇とヘリオ君の現状を、照らし合わせて教えているのだ。
いじめていた相手への“謝罪の方法”を。
たった一言、謝罪の言葉を掛けることができない気持ちをわかっているから。
だから無理にそれを口にする必要はないと教えている。
そして別の形で謝意を示していけばいいとも。
それは険しい選択になるということも。
「でもね、それも少しずつ積み重ねていけば、いつかは自分で自分を許せる日も来ると思うわよ」
アメジストは嫌っているはずのヘリオ君に、饒舌に助言を与えながらも、最後はやはり……
「とりあえずはまあ……」
心底さっぱりした様子で、端的に締め括った。
「目ぇ見て話せば?」
「……」
本当にヘリオ君は、僕に謝るつもりでいるのだろうか?
アメジストの早とちり、ということはないかな?
だって、あのヘリオ君だよ。
稽古と称して僕を地べたに転がしたり、見掛けたついでに突き飛ばして泣かせたりしてきた、あのヘリオ君だよ?
それなのに、今になって……?
信じられない思いでヘリオ君を見据えていると、やがて彼はアメジストの助言に従ってだろうか、逸らしていた目をこちらに向けて言った。
「『ブリリアント地方』の各危険域に、邪神の祭壇が大量に眠ってる」
「えっ?」
「噂じゃ、大して探索が進んでねえから、そこら中に祭壇が残されてるらしい。まあ、本当の話かどうかはわかんねえし、俺らは遠くて行く気になんなかったけどな」
唐突な発言に、僕は思わず呆然としてしまう。
邪神の祭壇が眠っている場所。その貴重な情報。それをヘリオ君の口から告げられた。
なんで……
「なんで、それを僕に……?」
「……別に、なんでもねえよ」
彼は再び不貞腐れたような顔をして、僕から目を逸らしてしまった。
そこで僕は、またも遅まきながら気が付く。
これはたぶん、謝罪をする代わりの有益な“情報提供”だ。
ごめんと言えない代わりに、邪神の祭壇がありそうな場所を僕に教えてくれた。
そこからヘリオ君の確かな謝意が伝わってくる。
事実、僕はそんな場所があることをまるで知らなかったので、これはかなり有益な情報になる。
だから『ありがとう』と言うべきだ。貴重な情報をくれてありがとうと。
でも不思議なことに、ヘリオ君の心境の変化を見た僕は、自分でも想定外の台詞を返した。
「『勝ち目は誰にでも用意されている。死なねえ限り負けじゃねえ』」
「……っ!?」
「実は、僕も読んでたんだ。槍の英雄『オーソクレーズ』の“冒険譚”。面白いよね、あれ」
今度はこちらが、ヘリオ君を呆然とさせる番だった。
羊魔人との戦闘中に、ヘリオ君が放った台詞。
一言一句違わず、冒険譚に登場する英雄の台詞だった。
偶然にしては出来すぎている。
だから思ったのだ。もしかしたらヘリオ君も、僕と同じで冒険譚を読んでいる人種なのではないかと。
そして愚直にも、英雄の物語に感化されて、冒険者を志してしまった“どうしようもない同類”なのではないかと。
そんな思いから鎌をかけてみたのだが、彼の見張った目を見るに、たぶん同類だ。
おくびには決して出さなかったけれど、密かに嬉しい気持ちになりながら、僕は『ありがとう』の代わりに伝えた。
「その……今度おすすめの冒険譚、教えてあげる。気に入ってもらえるかはわかんないけど」
「……」
ヘリオ君は何も言わなかった。
沈黙という形で頷いてくれた、のだと思う。
その代わりかはわからないけれど、チラリと彼の後ろを一瞥すると、仲間の二人がこくこくと頷いていた。
そして僕たちはそこで別れて、各々の道を進み始めた。
今回の件を経て、自然と考えさせられてしまう。
いじめっ子のヘリオ・トール君。
もし彼との出会い方が、少しでも違っていたとしたら?
いじめっ子といじめられっ子という間柄ではなく、別の関係を結べていたとしたら?
偶然にも共通していた趣味を、お互いに打ち明けることができていたとしたら?
もしかしたら、村長のベリルさんのお家で、一緒に静かに冒険譚を読んでいた過去も、あったのかもしれない。
なんて、もはや実現不可能で、特に望んでもいない妄想を馬鹿らしくも考えながら、僕はギルド本部への帰路を急いだ。
「結局、金級になるための手掛かりは何もわからなかったわね」
ギルド本部を構える町、クリアランドに帰還した直後。
一時的にパーティーを組んでいたアメジストと別れることになった。
今回の依頼について来るというだけの約束だったので、これにて解散である。
「あんたたちについて行った甲斐があったのかどうか、微妙にわからなかったわね。私の貴重な時間をどうしてくれるのよ、まったく」
「いや、そっちが勝手について来るって言ったんじゃん」
なんで僕たちのせいみたいにされているんだよ。
ほとんど無理矢理ついて来たくせに。
そんな不満を内心に抱いていると、アメジストが不意に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「なーんて冗談よ。それなりに面白い旅だったし、気分もそんなに悪くないからね。それにちょっとくらいは参考になったわ。まあ差し詰め、“運”がすべてってことみたいね」
それは参考になったと言えるのだろうか?
僕たちが金級になった理由を探るためについて来たというのに、そんな結論で果たしていいのかな?
運がすべてって、身も蓋もないような……
「あとはまあ……」
アメジストの出した結論に納得できずにいると、ふと彼女が小さな声で付け足した。
「ほんのちょっとの優しさ、とかね」
「えっ?」
首を傾げてアメジストを見ると、彼女は手を掲げて背中を見せた。
「じゃ、また機会があったら一緒に戦いましょう。お互い生きてまた会えたらの話だけどね」
「う、うん。また……」
「アメジストさんも頑張ってください」
悪戯っぽい笑みと物騒な台詞を残して、アメジストは去っていった。
突然依頼について来たかと思えば、文句の付けようのない活躍だけをして、終わればさっさと帰ってしまう。
まるで嵐みたいな奴だったな。
それにしても……
「“優しさ”って、どういう意味だったんだろう?」
最後にアメジストが残した言葉。
運がすべてと言っておきながら、ほんのちょっとの優しさがどうとか言っていたけど。
わからずに『うーん』と唸っていると、隣のダイヤが気を遣うように解説してくれた。
「私はわかりましたよ」
「えっ?」
「運が大事というのもありますけど、それだけを持っていてもたぶんダメなんです。優しさによる行動が、確かな成長に繋がっているのだと、アメジストさんは言いたかったんじゃないですかね」
優しさによる行動。
それが金級になるための手掛かりなのだろうか?
僕にはいまいちよくわからないんだけど。
「事実、ラストさんの優しさが無ければ、今回こうして邪神の祭壇を壊すことはできなかったと思います。幼馴染さんを助けに行かなければ、祭壇を見つけることもできませんでしたから」
……まあ、確かに。
ヘリオ君を追いかけて行ったことで邪神の祭壇が見つかったわけだから、ダイヤの言っていることは概ね正しい。
でも別にそれは、優しさからの行動だったわけじゃなく、ヘリオ君に恥を掻かせようという最低な目的がそもそもあったからで……
「他にも、金級冒険者になれたのも、シトリンちゃんを助けたいと思う優しさが招いた結果ですし、そもそもラストさんの優しさが無ければ、私たちはこうして出会いすらしていなかったと思いますよ」
「……う、うーん」
面と向かって『優しい優しい』と言われると、さすがに背中が痒くなってくる。
もしや僕のことをからかっているな、と疑わしい目でダイヤを見ると、彼女は面白がるようにクスッと笑っていた。
そういえば二人きりの時は、時折こうやってからかわれていたっけな。
ぼんやりとそんなことを思い出していると、ダイヤが一層元気な様子で言った。
「では、ギルド本部に神玉を届けに行きましょうか。失くしてしまったら元も子もありませんからね」
「うん、それもそうだね。報酬金だって馬鹿にならないし。それと今度そのお金で、アメジストに何かご馳走でもしてあげよっか」
そんな会話をしながら、僕たちはギルド本部を目指して歩き始める。
その道中、ダイヤがいまだに面白がるような笑みを浮かべながら、僕の顔を覗き込んできた。
「ちなみになんですけど、神玉を届けたら次はどこに祭壇を探しに行きますか?」
すでに僕の返答をわかっているかのような問いかけだった。
次の行き先。それはもちろん、『ブリリアント地方』。
だって、せっかく教えてもらったんだからさ。
邪神の祭壇が多数眠っていると噂の場所。
ヘリオ君を助けたことで得られた新たな情報。
もしかしたらこれも、優しさが招いた結果……なのかもしれない。
いいや、これもやっぱり運が良かっただけじゃないかな。




