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【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました  作者: 万野みずき
第三章

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第九十一話 「意地」


 よかった。

 どうにか間に合ったみたいだ。

 今にもヘリオ君は意識を失って倒れてしまいそうだけど、まだちゃんと生きている。

 氷山の上から危険域(エリア)を一望して、ヘリオ君の足跡を見つけた。

 もう随分と雪を被っていて、時間が経ってるのがわかったので、急いで駆けつけてみたらこの有様だ。

 あと少しでも到着が遅れていたら、ヘリオ君は確実にあの魔人の餌食になっていたことだろう。

 なんてことを考えていると、遅れて後方からダイヤとアメジストがやってきた。


「大丈夫ですかラストさん!」


「あんたねぇ、先に突っ走る癖直した方がいいわよ」


 各々の台詞を背中に浴びていると、羊のような姿をした魔人が気の抜けた目を向けてきた。


「誰かなぁ、君たち? ひょっとして槍使い君のお仲間さんかなぁ?」


 という間延びした問いかけに対し、僕は偽りのない答えを返す。


「冒険者のラスト・ストーンだ」


「ふぅーん、冒険者かぁ」


 あえて仲間と言わなかったのは、僕なりの意地みたいなものだ。

 別にヘリオ君とは仲間じゃない。これだけははっきりしている。

 ではなぜこの場に駆けつけて、心の底から安堵したのかというと、魔人の後方に『邪神の祭壇』らしきものを発見したからだ。

 まだ誰にも壊されていない祭壇だ。あれを破壊して神玉を持ち帰れば依頼達成である。

 どうやらここは徒党(レギオン)の隠れ家でもないみたいだし、障害となるのは目の前の魔人一人だけだ。


「冒険者って仲良しなんだねぇ。魔人とは大違いだぁ。それで今度は、君が私と戦ってくれるのかなぁ?」


 魔人は右手に握った白い枕(おそらく神器)を構える。

 対してこちらも『その通りだ』と言わんばかりに愛剣を構えて、戦う意思を強く示した。

 こいつを倒さず、祭壇だけを破壊して逃げるという選択肢もあるけれど、それはできない。

 おそらくこいつがヘリオ君の仲間の二人を眠らせた犯人だからだ。

 この魔人を倒さない限り、昏睡の呪いは解けることはないだろう。

 だから魔人を倒すために戦おうとすると、ヘリオ君が僕の後方で苦しそうな声を漏らした。


「ふざ……けんな……! 俺はまだ……戦える……!」


「……ヘリオ君」


 僕が代わりに戦うことを心底嫌がっている様子だ。

 体に鞭を打って立ち上がろうとしていると、羊魔人が面白がるように笑みを見せた。


「君はもうやめておいた方がいいんじゃないかなぁ? だって君、弱いからさぁ」


「……」


 ヘリオ君の体が石のように固まる。

 顔には翳りが落ち、血の滲んだ口許からは食いしばった歯が覗いていた。

 傍から見ている僕にも、その悔しさが痛いほど伝わってくる。


「体はボロボロだしぃ、もう眠くて眠くてしょうがないんじゃないかなぁ? 私には絶対勝てないと思うよぉ」


 魔人の物言いは無礼そのものだったけれど、それが事実であることに変わりはない。

 ヘリオ君の体はもう限界だ。

 今こうして意識を保っているだけでも奇跡だと言えるほどに。

 こんな状態で目の前の魔人に勝てるとは、どうしたって思えない。

 そう考えていると、ヘリオ君は槍の神器を杖のようにして立ち上がり、傷だらけの体を揺らしながら掠れ声を漏らした。


「神器を向け合っての戦いに、“絶対”なんてものはねえんだよ」


 覚束ない足取りで少しずつ前進しながら、なおも言葉を続ける。


「どんな凄腕冒険者だろうと、神器を取り落とした時点でただの人。最恐の魔王だろうと、神器を取り上げた時点でただの獣だ。始めから決まっている勝負なんてありはしねえ」


 小さな石にすら躓きそうになりながら、ヘリオ君はおもむろに長槍を構えた。


「勝ち目は誰にでも用意されている。死なねえ限り負けじゃねえ。槍を振れるなら、俺は何度だって掛かってやる……!」


「……」


 その姿を見て、羊魔人は意外そうに目を丸くした。

 そして僕も、今の台詞を傍で聞いていて、心臓がドクッと跳ね上がるのを感じた。

 今の台詞、聞き間違いじゃないよね?

 もしかして、ヘリオ君……


「わぁ、かっこいいこと言うんだねぇ。そっかそっかぁ、そんなに死にたいならぁ、私が一思いに殺してあげるねぇ」


 挑発気味にそう言う魔人に、ヘリオ君はゆっくりと近づいていく。

 転びそうになるところを槍で支えたり、意識が飛びそうなところで唇を噛み締めながら、じりじりとにじり寄って行く。

 僕はそんな彼を止めるように、目の前に立ち塞がった。


「どけよラスト。あいつは俺が倒す。てめえは黙ってここで見てろ」


 ここでもし僕がヘリオ君の声に気圧されて、退いてしまったとしたら、確実に彼は目の前の魔人に殺される。

 別に、ヘリオ君がどうなろうと知ったことではない。

 僕には関係ないことだし、昔いじめてきた相手なのだから、むしろせいせいすることではないか。

 …………と、ちょっと前まではそう思っていた。

 でも、今は違う。

 アメジストの言った通り、僕がヘリオ君を助けることで恥をかかせる、というのも目的の一つではあるけれど。

 彼を助けたい何よりの理由を、僕は見つけた。


「君に死なれちゃ、困るんだよ」


「はっ?」


「今ここで、君があの魔人と戦って、勝手に死なれちゃ困るって言ってるんだ」


 当然、ヘリオ君は首を傾げた。


「俺がてめえに何をしたか、忘れたわけじゃねえだろ」


 昨日とほとんど同じ台詞を浴びせられる。

 あの時は上手く答えることができず、取って付けたような理由を返してしまった。

 憎い相手だと思っていたのに、どうしてわざわざ手助けしたのだろうかと。それが自分でもよくわかっていなかったからだ。

 けれど、今度は本音で答えることができる。

 なんで僕はヘリオ君を助けたんだろう?

 なんで僕はヘリオ君に死なれると困るのだろう?

 そんな自問を繰り返して辿り着いた、確かな答え。


「たぶん、見返してやりたいんだと思う」


「……見返す?」


「ヘリオ君には、僕がかっこいい英雄になるところを見せつけてやりたい。それで見返してやりたいって思ってるんだ」

 

 英雄になった姿を見せたい人。

 それは母さん、ルビィ、ダイヤ。そして……ヘリオ君。

 今までたくさん面倒を見てくれた母さんは当然として、恩人のルビィにも英雄になったところを見てほしい。

 そして冒険者になってからずっと一緒に旅をしているダイヤにも、かっこいい英雄になったところを見せたいな。

 じゃあヘリオ君に見せたい理由は?


「今まで君がいじめてきたラスト・ストーンは、本当はすごい奴だったってことを、いつか君にわからせてみせる。かっこいい英雄になって見返してやるんだ。だから、勝手に死なれちゃ困るんだよ」


「……」


 僕が英雄を目指している理由は、尊敬する幼馴染に追いつくためであり、かっこ悪い自分を変えたいからだ。

 その証明のためにも、ヘリオ君には生きてもらって、僕がかっこいい英雄になったところを見てもらう。

 いじめられっ子の意地として、いじめっ子を見返してやりたいって思っているんだ。


「まあ、とりあえず今は……」


 僕は右手の魔剣を強く握りしめて、魔人に魔剣の切っ先を向けた。


「かっこいい英雄に近づいたところを、黙ってそこで見ててよ」


 瞬間、ヘリオ君の返事を待たずして、羊の魔人に斬りかかった。

 それと同時に後ろに向けて声を掛ける。


「ダイヤはヘリオ君をお願い! アメジストは後方から別の魔族が来ないか見張ってて!」


「了解しました!」


「任せておきなさい!」


 二人の声が響くと共に、それを上塗りするように『ドゴッ!』と重々しい轟音が鳴る。

 お互いの神器がぶつかり合った音なのだけれど、とても枕を斬りつけたとは思えない手応えを感じた。

 重い。それに硬い。枕というより鉛を詰め込んだ麻袋のようだ。

 やっぱりこの“枕”がこの魔人の“神器”か。


「せ……やあっ!」


 僕は、鍔迫り合いのようになっていた枕を前に押し、魔人を奥へ突き飛ばそうとした。

 だが奴は、足に踏ん張りを利かせて、逆にこちらの魔剣を押し返してくる。

 瞬間、氷の床に足を取られて、僕は咄嗟に後方へ飛び退った。

 力負けしたことに僅かに悔しさを覚えながら、改めて羊魔人の神器に目を向けて驚く。

 魔剣の一撃を受けて、傷一つ付いていない。

 耐久値もさることながら、かなりの神聖力があるみたいだ。

 それに今さら気付いたけど、よくよく見ればあの神器、すでに付与魔法(エンチャント)を纏っているではないか。

 どうりで一撃が重いはずだ。


「君、よく眠くならずに攻撃を止められたねぇ。呪いへの耐性がすごく高いのかなぁ?」


「……?」


 呪い? 眠くならずに?

 いったいどういう意味なのだろう?

 そういえばヘリオ君の仲間の二人は、この魔人の力で眠らされたのだった。

 もしやあの付与魔法(エンチャント)が、対象者を眠らせる“呪い”なのだろうか?

 その可能性は大いにある。

 そしてもしそうだとしたら、奴の攻撃を受け続けるのは非常に危険だ。

 あと何回の攻撃で呪いの影響が出始めるか想像もつかない。

 気が付いたら意識を失っていた、なんてことにもなり得てしまうから。


「君、今まで会った人間の中で一番強いかもぉ。殺したらすごく寝心地が良くなりそうだなぁ」

 

 なんて意味不明なことを言いながら不気味な笑みを浮かべ、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。

 枕を槌のようにして振り上げて、重々しい風切り音と共に振り下ろしてくる。

 僕は咄嗟に横に飛んで回避したけれど、攻撃の余波を受けて僅かに飛ばされる。

 予想以上の力と速さ。

 この魔人、かなり強い。

 七大魔人のオニキスほどではないけれど、それに近い潜在能力を有しているように見える。

 特に膂力が凄まじい。何らかの能力なのだろうか、魔剣を装備している僕と変わらないくらいの力がある。

 魔剣の恩恵に慣れる以前の僕だったら、まるで太刀打ちできなかっただろうな。

 というかヘリオ君は、よくあんなボロボロの体で、この魔人と斬り結んでいたな。

 僕も負けていられない。


「……ふぅ」


 僕は一息吐いてから、右手の魔剣をゆっくりと正中線に構えた。

 魔剣の使用制限も気になる。

 時間を掛けている場合ではない。

 最初から全開で行かせてもらうとしよう。

 出し惜しみはなしだ。


付与魔法(エンチャント)――【黒炎(ヘルフレア)】!」


 凍てつく大地に熱を与えるように、漆黒の豪火が吹き荒れた。

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